3章

第10話 過去

薄暗い雑居ビルの中、琴音ことねは陰に身を潜ませ拳銃を構えていた。右の方には望月もちづきがいて、少し離れたところに島本しまもとと突入隊がいる。ターゲットを囲うようにしたこの構図は、琴音の提案だった。

相手は5人。人数としてはこちらが有利だ。


「くそっ、あいつらどこ行きやがった…!」


相手は拳銃を持ち、焦った様子で琴音たちを探していた。


(……今だ)


琴音は飛び出した。相手の拳銃を正確に撃ち落とし、威嚇射撃を数発行う。素早く弾を交換し、そのまま突っ込んでいった。

そのすぐ後ろを望月が続き、島本率いる突入隊も走り出す。

予定通り、ターゲットを囲うことができ、勝利は見えていた。

が、


「きゃっ」


琴音がつまづいた。横転し、倒れ込む。

突然の出来事に、望月たちはフォローができなかった。

その隙をついて、男はスペアで持っていた拳銃を琴音に突きつけた。


「止まれぇ!」


島本が隊員に向かって叫ぶ。張り詰めた空気がその場に流れた。

琴音は倒れたまま動かない。


「くっ…」


桜花おうかは焦った。琴音のミスなんて初めてだった。それに、メンバーのミスのカバーは大体琴音がやっていた。

どうする…どうする…全員が考えていた。


その時、琴音が拳銃を突きつけている男に蹴りを入れた。その勢いで立ち上がる。


「い、いけぇ!」


島本が叫び、止まった時が動いたようにまた全員が動き始めた。

交戦が始まる。ハプニングにより、一度流れが止まってしまったため、相手側に余裕が出来てしまった。

相手の応援部隊が加わり人が増え、敵も味方もぐちゃぐちゃになった。


琴音の手は震えていた。恐怖と不安に駆られ、動悸が激しくなり、正常な判断ができなかった。


パァンと乾いた音が響く。

倒れたのは望月だった。

琴音の拳銃から煙が上がっている。


「あ……ぁ……」


琴音は、倒れた。



それからだった。琴音は自信をなくし、現場に行っても身体が硬直して動けなくなった。

望月の怪我は幸い浅かったのですぐに回復したが、琴音はよく一人で泣いていた。


……半年前の出来事だった。




「……っ?!」


琴音は飛び起きる。自宅のベッドの上にいた。目覚まし時計がけたたましく鳴っている。

カーテン越しに朝日が差し込む。無意識に頭を押えた。


(夢……)


重い身体を起こして1階に降り、コップに水を汲んで飲んだ。


(そうだ、あの後…)



パーティーで例の組織と対峙した後、峰崎みねざきに支えられ、桜花のビルに戻った。

誰も、琴音を責めることはなかった。

その後、着替えて望月の車に乗り自宅に送られた。


「あとは私がやりますから、ゆっくり休んでください」


望月は、優しく笑っていた。



冷水で顔を洗い、パンパンッと頬を叩く。


「クヨクヨしてちゃダメだ…!今日、みんなに謝りに行こう」


失敗した後、萎縮してしまっては今までと変わらない。そこから前を向くのがせめてもの成長としたい。


ピンポーン……


インターホンが鳴る。見ると、弘人ひろとが立っていた。


「……!学校!!」


「すぐ行く!」と弘人に言って2階に駆け上がり、身支度を始めた。


______________________________________________


放課後、久々に琴音は弘人と下校していた。

望月に、メンバーに謝りに行きたいとメールをしたら、昨日、ビルに帰ってきた時に吹っ切れた顔をした琴音が謝罪をしていたから、今日は真っ直ぐ帰宅するようにと言われてしまった。


(そんな記憶、残ってないんだけど…)


メールの最後には、


『メンバー全員、成長した琴音さんが見れて嬉しそうでしたよ』


と書かれていた。


(……頑張ろう)


その文を読んで、琴音は意気込む。


「琴音の両親が亡くなったのって、去年だったよな」


ふと、弘人が言う。


「え?うん、そうだけど…」

「2人ともいないって、大変だよな」


弘人は寂しそうな表情になった。


「…案外、そうでもないよ」


琴音は持っていたカバンを抱き抱える。


「お父さんとお母さんは、私の近くにいると思うの。それで、いつも私を見守ってくれている。そう思うの」


弘人は優しく笑った。


「そっか……そっか、そりゃいーな」


琴音は弘人の顔を覗き込んだ。


「弘人のお母さんだってきっと…」

「ああ、それなんだけど」


と、弘人は琴音の言葉を遮った。


「母親は……俺の母親は、死んでいないかもしれないんだ」

「えっ……」


琴音が足を止めた。弘人も、数歩先に進んだところで立ち止まる。


「昨日、父さん酔っててな…ノリで聞いてみたんだ。『母さんは本当に死んだのか』って。今思えば、なんでそんなこと急に聞くんだって感じだけどな」


弘人が再び歩き出す。琴音も小走りで追いつき、横に並んだ。


「真剣な顔で話してくれたよ。『お前がずっと小さい時に、突然いなくなったんだ』って。大勢で捜したけど、見つからなかったって。『本当に、突然だったんだ』って、父さん泣いちまって」

「そう、だったんだ…」


弘人は頭の後ろで手を組む。


「人生、何があるかわからねぇな。お前も、俺も」

「……そうだね」


まさか自分が、まだ子供のうちに、社会の裏で活動する組織のトップに立つなんて、思いもしなかった。


「もしかしたら、どこかで母さんに会えるかもしれねぇんだな」


弘人は少し嬉しそうに言った。

琴音も、嬉しかった。


まだ16年しか進めていない人生。何があるか、わからない。

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