第22話 ロアン家(1)
辻馬車を使って駅までたどり着いたエリオットとデイジーだが、普段駅をよく使わない二人でも駅の中が人でごった返していることに気づく。二人が疑問に思いながら中へ入ろうとすると、入り口付近で駅員へ止められてしまう。
「悪いね神父さん。丁度今汽車が壊れちまったもんで…。中に入れないんですよ。」
「え…?」
「まぁ…。」
丁度今しがた蒸気機関車が故障してしまった様で、ホームの中にいる駅員が大声を上げ、人々を外へと誘導している。人だかりの原因はそれだった。エリオットは横でぱちぱちと瞬きをしながらその様子を見ているデイジーを覗き見る。
以前デイジーが持っていたロザリオはベルゼブブの一件で破損しており、今は代替えのものを使用している。悪魔にも天使にも好かれる体質だという異質なデイジーを守るにしても情報は不可欠。善は急げで、早くデイジーの実家に向かいたかったのだが、最速手段である汽車が動いていないのであれば他の手段を当たるしかない。だが、この手段は出来れば使いたくないものだった。
「…はぁ。しょうがない…。行くぞ。」
「あ、はい…。」
エリオットはどこへ行くかも伝えず踵を返すが、デイジーは特に問いかけることもなくエリオットの後を追った。再び辻馬車を捕まえたエリオットは、ある住所を伝えると、デイジーをエスコートして馬車の中へと乗せる。
「…先ほども思ったのですが、エリオ神父はエスコ―トが手馴れておりますね。」
「…は?」
「いえ…、呼吸をするかのように自然に手を差し伸べてくださるものですから…。」
「呼吸って…。」
女付き合いがいい加減だと以前言われたのだ。褒められているのか貶されているのか判断に困る。
「ふふ。紳士的だとほめているのですよ。」
「……こういうことは家族以外にはしたことないぞ…?」
「あら。そうなのですか?」
笑顔で言葉を紡ぐデイジーだが、エリオットは居心地が悪い。
にこにこと外の風景を楽しんでいるデイジーをよそに、エリオットはどうしてこんな気持ちにならなければならないのかと、自身の感情が理解出来ずにいた。
◇
「はい。神父さん、着きましたよ。」
「助かりました。ありがとうございます。」
「わお!またご贔屓に~。」
目的地に降ろしてもらったエリオットは、御者に少し多めの賃金を支払い、乗り込んだ時同様、デイジーの手を取って『
デイジーはエリオットへ感謝を伝え、視線を目の前の屋敷に移すと、そこに縫い留められているかのように視線が動かなくなった。それもそうだろう。
「…あの、…この大豪邸は…?」
「……俺の実家だ。」
ロアン商会の主の屋敷。この辺りでは類を見ない大豪邸が目の前にあったのだ。
大きな門に、門の前には兵士が2人。門の奥には緑が広がっており、門から屋敷まで距離があるのがありありと分かる。そして、門の前に立っていた兵士が目を見開き、口をあんぐりと開けてエリオットを見ていた。何が言いたいのか分かるからエリオットはうんざりしてため息を吐く。
「エ…、エリオット様…!?」
「エリオット様が…、女性を…っ!?」
「うるさい。黙れ。頼むから騒ぐな。」
「…?」
わなわなとしている門兵2人とエリオットを交互に見つめながら、一人きょとんとして、何の会話をしているのか理解していないデイジーがエリオットの唯一の救いだ。
「いいか?中の人には何も言うな。自動車か馬車を貸してくれ。馬車だと御者も必要になるから、できれば自動車が良い。」
「え…、旦那様達には会っていかれないのですか?」
「それはまた今度な。今は会いたくない。」
「はぁ…。」
納得いかない様子だったが、門兵にそう伝えると、二人は視線だけで会話したのか、一人がエリオットに一礼をし、屋敷の中へと駆けていく。
「…ご家族にお会いしなくても良いのですか?」
「ついこの間も会ったんだ。別に良い。」
絶対今この状況で会うとデイジーのことを根掘り葉掘り聞かれるため、面倒くさいことしか予想できない。エリオットはその様子を想像し、げんなりとしたまま返事を返す。
「…ついこの間と言われても、半年ほど前ですよ。」
すると、エリオットとデイジーの会話を遠くから聞いていた門兵がぼそっと呟いた。
「…そうだったか?」
「あの時もアレクシス様がエリオット様を引きずってきた様なものだったじゃないですか…。」
門兵、基ロンにそう言われ、なんとなく思い出す。あれは確か雨が降り続いており、悪魔の動きも活発で忙しかった時期。自宅マンションに相も変わらずノックもせずに訪れた弟に、自動車に有無を言わずに押し込まれて屋敷まで連れ込まれたのだ。
「エリオット様がご自身でこの屋敷に戻られるなんて、明日のフォルテミアは晴天ですね。」
「…そこまででもないだろう…。」
「いいえ。あなた様が呼び出し以外の理由でこの屋敷に戻られるなんて、私の記憶の中では右手で数える程度しかございませんよ。」
「お前の記憶がおかしいんじゃないのか?」
「そんなことはございません。」
ロンのあまりの言いように記憶をさかのぼっていると、エリオットは屋敷の奥から土煙を上げながらこちらに向かってくる人物に気づいた。
「エーリーオットーーーー!!!」
「…っ!?」
見計らったようにタイミングよく開いた鉄製の門を突破してきた何かに、エリオットは思いきり抱き着かれた。誰と言わずともエリオットには心当たりがある。
「父さん…。」
父親の背中越しに見えるのは、こちらに駆け寄ってくる自動車か馬車を取りに行かせた門兵その2、ジェイだ。驚いた表情でこちらを見てくるものだから、エリオットとしてはなぜおまえが驚くんだと睨みつけるしかない。
「いや、私は何も言っていませんよ…!自動車の鍵を受け取ってこちらに戻っていると、旦那様が私の横を勢いよく通り過ぎて行かれて…。」
エリオットの睨みに、何が言いたいのか悟ったジェイは手をぶんぶん振りながら焦った様子で返事を返す。
「お前が父さんに知らせたんじゃないのか?」
「いえっ!違います…!」
「何だ…、エリオットは俺に会いたくなかったのか?」
「いや、そういう訳じゃ…。」
「じゃあ、どういう…ん?」
今までエリオットに意識が集中していたエリオットの父親は、デイジーを視界に入れるとピシッと固まった。
「エ…、エ…、エリオットっ!!」
「違います。」
「いや、まだ何も…――、」
「とりあえず違います。それだけは確かです。」
「母さーん!!エリオットがお嫁さんを連れてきたぞー!!」
「だから、違うんですってっ!!!」
エリオットは全力で父親の口を手で塞ぎ、声を遮るが遅かった。そしてエリオットの父親に手を引かれ、屋敷の中に連れ込まれていくデイジーを助けるのも遅かった。気づけば門兵であるロン、ジェイ、そしてこの屋敷の長男であるエリオットが、ロアン家の屋敷の敷地内にも入っていない公共の場所で、静けさの中に取り残されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます