1月1週目 前編

今日は12月31日大晦日である。町全体にゆったりとした時間が流れているこんな時に俺は一人駅前で暇を持て余していた。




しばらくすると


「すみませーん!おまたせしましたか?」


慌てた様子で千咲がこちらに駆け寄ってくる。




予定決めの際に俺はマンションの前で集合しようと提案したが


「えー!それじゃあ雰囲気台無しじゃないですかー!」


とよく分からない理由で断られてしまい、駅前集合となった。




前も同じ理由で駅前集合であったことを千咲に伝え説明を求めるも


「ふーん!分かんないならいいですよーだ!」


とそっぽを向かれてしまい、結局理由は聞けず仕舞いである。




「いや、俺もさっき着いたばかりだから気にするな」




「そうですか、それならよかったです!それじゃあ気を取りなおして向かいましょう!」


そう言い千咲は駅に向い歩き出すのだった。




ホームに着くと千咲が思い出したように口を開く。


「そういえば、電車降りたらどうやって向かう予定なんですか?」




「ああ、そういえば言ってなかったか。宿の最寄り駅に着いたらそこまで迎えに来てくれるらしい」




「ほー!なるほどー!そこまでやっていただけるなんてやっぱり流石人気店なだけありますね。私今から楽しみです!」




「そうだなー。どんなところなんだろうな、俺も楽しみだ」




「へー!先輩が素直にそんなこと言うなんて珍しいですね」




「……おい、それは俺が無感情な人間だといいたいのか?」




「……やだなー!そっそんなわけないじゃないですかー!」




「なんだ今の答えるまでの間は?」




「き、気のせいじゃないですかー?ていうか、そんなことより電車きましたよ!早く乗りましょー」


千咲は、そう言うと俺のことを置いてさっさと電車に乗り込んでいく。




置いていかれは俺は、勢いに誤魔化された気しかしなかったが先に入った千咲に


「なにしてるんですか先輩!早くしないと電車出ちゃいますよー」


と急かされるままに乗り込むのだった。




☆☆☆




電車に揺られること約2時間。


辺りもだんだんと暗くなりはじめたころ、雪がチラつく最寄り駅に到着した。




しかし、そんな雰囲気を楽しむ暇もなく、俺と千咲は目の前で起きていることを信じられず、目を見合わせていた。




「おい……車で迎えに来る、とはあったがまさかあれじゃないだろうな……あんなの目立つなんてもんじゃないぞ……」




「まさかー……あのリムなんとかなわけないじゃないですか先輩……ち、違いますよね!ねぇ先輩!」


ゆさゆさと俺の体をゆすりながら懇願してくる千咲。




しかし、次の瞬間俺たちの願いは簡単に裏切られる。




1人の燕尾服を身につけた初老の男性が車から降りてきたかと思えば、


”歓迎 高杉様 森田様”


と書かれた紙を持ち立ち始めたのである。




しかも、年末年始の温泉街・観光街の中心地ということもあり多くの人がその男性の方見る。




「おい……この空気のなか出て行けって言ってるのか……」




「せんぱい……私無理ですよ。耐えられないです!」


しかしこの千咲の声が思いのほか響いたからか、運転手の男性がこちらに近づいてくる。




「高杉様と森田様ですね。お待ちいたしておりました」


仰々しく頭を下げられ慣れた手つきで俺たちの荷物を受け取る。




その丁寧すぎる対応にあたふたしていると周りの人たちにジロジロとみられていることに気が付く。


俺たちはその視線をかいくぐるようにして、急いで車に乗り込むのだった。




中に入ると、テレビなどでよく見る長いシートが広がっており俺と千咲は思わず


「「おおお……」」


と声を上げてしまっていた。




すると運転手の男性が声をかけてくる。


「先ほどはあのような形でお呼びしてしまい申し訳ありませんでした」




「いえいえ!お気になさらないでください!」


そう千咲が答えると、こちらを振り向き


「お気遣いいただきありがとうございます。そういえばご挨拶がまだでしたね、私は高田と申します。今回の送迎を務めさせていただきます。ご希望がございましたらなんなりとお申し付けください」


にっこりとほほ笑んできたのだった。




「わかりました!ありがとうございます!」




「それではそろそろ発進いたします。到着までおくつろぎください」


そして車がゆっくりと発進する。




「みてください先輩!こんなにおっきなモニターがありますよ!」


普段乗ることのない車を興味深そうに千咲が眺める。




「そうだな。このシートの座り心地もすごくいいぞ……」




「ですよねー!」




そんなことを話しているとあっという間に車が止まる。


「こちらでございます。扉を開けますのでそのままでしばらくお待ちください」




「はい」


そうして、高田さんはこっちに来ると、ゆっくりとした動作で扉を開く。




その格好がいちいち格好よく俺と千咲は


「すごいですね先輩。最初はなんだか照れ臭かったですけどプロってすごいですね」




「そうだな……俺も同感だ」




「おまたせいたしました。足とも砂利になっておりますのでお気を付けください」




「ありがとうございます」


「ありがとうございます!」


俺に続き千咲も車から降りる。




「わぁ!すごいですねー!」




「ああ。そうだな」




車から降りてすぐに目に飛び込んできたのは、どこか近代的な雰囲気も感じさせられる大きな木造の建物だった。宿の周りが木で囲まれているからか、外の様子を見ることができず別世界に来たようにも感じさせられた。




俺たちが一通りその風景を堪能し終えると高田さんがこちらに近づいてくる。


「それでは、フロントまでご案内いたしますので私についてきてください」




言われるがままに、高田さんの後ろをついて歩く。




砂利道を少し進むと一際大きな木々に囲まれた入り口が見えてくる。


そのまま中に入ると、着物を着た40代くらいの女性が駆け寄ってくる。




「高杉様ですね。お待ちしておりました。私、若女将の広田と申します。宿泊中なにかお困りごとがございましたらなんなりとお申し付けください」




「はい。ありがとうございます」




「長旅でお疲れだと思いますので、早速お部屋の方にご案内させていただきます。私に続いてお進みください」


広田さんはそう言うと、高田さんから荷物を受け取り綺麗にワックスのかかった廊下を歩き始める。


エレベーターに乗りしばらく歩くと、広田さんが立ち止まる。




扉にカードキーを差し込み中に入ると簡単な説明をされる。


「お部屋は最上階のこちらになります。お部屋の中にある備品はどうぞご自由にお使いください。それと温泉ですが、こちらの廊下をまっすぐ進んでいただいて左手にございます。他になにか、ご不明な点はございますか?」




「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」




「かしこまりました。こちらがルームキーになります。夕食の時間はご予約通り18時にお部屋にて、朝食は6~9時の間食堂にてお願いいたします。明日お帰りの際には、フロントまで鍵をお持ちください。それではごゆっくりおくつろぎくださいませ」


広田さんはそう言い、ゆっくりとお辞儀をすると部屋を出て行ったのだった。




「じゃ、とりあえず荷物を中に置くか」




「そうですねー。それと私ちょっと休憩したいです」




「ああ、同感だ……」


そうして居間に続く扉を開ける。




すると、目の前に飛び込んできた光景を見ておもわず立ち止まり声を出してしまう。


「おお……壮観だな」




「ちょっとなんですか先輩?急に扉の前で立ち止まらないでくださいよ!」


千咲は俺の行動を不審に思ったのかひょこっと首元から俺の顔を覗きこんでくる。




「すまんすまん。ちょっと景色がよかったもんでな」




「えー!私もみたいですー!早くそこどいてください!」


女性の中でも小柄な部類に入る千咲には、俺の背中で景色が見えていないようでバシバシと背中をたたいてくる。




「叩かなくってもいいだろ……ほらよ」


部屋に入り体を横にずらす。




すると千咲もその光景をみることができたようで、


「おー!なんですかこの景色!冬の温泉街ってこんな綺麗なんですか!」


と歓声を上げる。




確かに歓声を上げてしまうのも無理はない。目の前に広がっていたのは、うっすらと屋根が雪で覆われポツポツとオレンジ色の街灯が並び幻想的な雰囲気を醸し出す温泉街であった。その奥に見える山々も雪化粧をしており、壮観と呼ぶに相応しい景色をしていた。




「すごい綺麗ですね先輩!」




「そうだな。こんな景色普段じゃなかなかお目にかかれないないな」


俺はそう言うと窓際へと歩み寄り、そこに置いてあった椅子に腰かける。




こんな景色が見れるのなら旅行に来るのも悪くないな……そんなことを考えながらくつろいでいると、千咲がバタバタとこちらに駆け寄って来て


「先輩そんなところでなにしてるんですか!?こっちもすごいですよ!」


手を引き他の部屋へと案内してくる。




それをみて


「すごいのはわかったが、お前さっきからすごいしか言ってないぞ……」


と思わずつぶやいてしまう。




するとそれが千咲の耳に入ってしまったようで、途端に頬を膨らませ不機嫌になる。


「うっさいですよ!すごいんですから仕方ないじゃないですかー!先輩はそういう風に冷めてるから女の子にモテないんですよ!」




「もうモテるなんてあきらめたさ……」




「何達観しちゃってるんですか……ちょっと引きます」




「二十代後半にもなってモテた試しがないんだからこうもなるだろ」




「ふーん……先輩はモテたことないんですねー」


俺の不幸話がそんなに面白いのかと言いたくなるような目つきでこちらを見てくる。




「おい……いつも思ってたけど、お前俺がモテてないって話するとニヤニヤするのやめろ。その視線だけでも十分傷つくんだよ……」




「あっ!気づいてました?気づかれてたのなら仕方ないですね!次からは気をつけまーす!」




「自覚あったんならちょっとは自重してくれ……」




「はーい!次からは気を付けまーす!」




「本当にわかってるのか……?」




「気を付けるって言ってるんですからもういいじゃないですか!それより、私温泉に行きたいです」




すこし強引に話題を変えられた気がしないでもないが、千咲の提案は魅力的なもので


「それには俺も同感だ」


すぐに同意してしまう。




「ですよねー!それじゃあ、夕飯まで時間ありますし温泉に行っちゃいましょう!」




チラリを時計を見ると17時を指していた。1時間もあれば問題ないだろうと考えた俺は首肯し、温泉へと向かうのだった。

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