12月3週目 前編

「うーん……今日の晩飯どうしようか……」




先日千咲から送られてきたメッセージを読み返しながら会社から出る。




メッセージの内容はこうだった


『すみません先輩!今週ご飯作りに行くの無しでも大丈夫ですか?』




『ああ、それは別に構わんぞ』




『すみません、ありがとうございます!どうしても外せない予定が入ってしまったもので……』




ここ数カ月ほど毎週家に来ていた千咲が来ないということは、言い方は悪いが俺の晩飯のアテがないということである。




「まあ今日くらいはカップ麺で済まそう……バレなければ怒られないだろう」


そんなことを呟きながら帰路につく。




しばらく歩いているとスマホが振動する。




どうやらメッセージが届いたようだ。


「ん?何だこんなタイミングに……」


通知を見ると相手は斎藤先輩だった。




『私が前紹介したお店の前集合』


内容を確認すると簡潔にそう書かれている。




『なんですか?藪から棒に』




『なんでもいいの!とりあえず来て!』


こうやって強引に誘ってくる感じは、学生時代から変わっていないようだ。




「はぁ……めんどくさい……行きたくない……」


しかし以前紹介してもらった手前無碍にするわけにもいかない。俺はため息をつき踵を返すのだった。




☆☆☆




目的のホテルの前に着く。エントランスに入ると女性の中では高い身長の背中まで伸びた長い黒髪ストレートをなびかせながら目的の人物が近寄ってくる。


「あら早かったじゃない?」




斎藤美月さいとうみつきさん。俺の大学時代の先輩である。


猫を連想させるシャープな目つきと小ぶりな口と鼻をしており、美月という名前に負けない整った顔立ちをしている。




「まあ、帰っている途中でしたし……」




「あら?それなら遅いじゃない」




その発言には少しイラッとしたが、ここで下手に反撃してはそれ以上のカウンターが返ってくることは学生時代の経験から分かっているため、俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み答える。


「……もう家が近かったので……」




「ふーん、そうなの。それは申し訳ないことをしたわね。まあいいわ、じゃあそろそろ行きましょう?」


俺がこらえた様子は全くもって伝わっていないようで、なにも気にしていない様子でツカツカと歩き出す。




俺はそんな背中を見ながら


「はぁ……もうどうにでもしてくれ……」


無意識にため息をついてしまっていたのだった。






店に入ると前回と同じ席に案内される。


分かってはいたが、最高クラスの席だったようだ。




「ご注文がお決まりになられましたら、お声がけください」


お辞儀をして去っていく店員さんのうしろ姿を眺めていると正面に座る斎藤先輩が口を開く。




「悪いわね、いきなり呼び立ててしまって」




「まあ、先輩には前このお店を紹介してもらった貸しもありますし、これくらい大丈夫ですよ」




「そう。それならよかったわ」




「はい。でもなんでいきなり……?」




「あなたにこのお店紹介してから私も行きたくなっちゃってね」




「なるほど、それで……」


先輩もそんな理由でお店を選んだりするんだな……そんなことを考えていると、こちらに鋭い視線を感じる。




「なに?子供っぽいとか思ってるんじゃないでしょうね?」




「そ、そんなわけないじゃないですか」


図星を突かれ、思わず返事する声が上ずってしまう。




「ふーん……まあいいわ。ていうか、あの時に聞きそびれちゃったんだけど、ここには誰と来たのよ?」




急に浮かべていた笑みが止み、こちらをジト目で眺めてくる斎藤先輩。


こんな表情をされる理由が俺には理解できなかったが、あの存在感のある目で見つめられると正直に答えるしか道はないように感じてしまう。


「あー、えっと……会社の後輩と……」




「ふーん……君に仲の良い後輩なんて居たんだ?」




「失礼な……それくらい僕にだっていますよ」




「でも、3年も同じ会社にいるのに去年はそんなことなかったじゃない。どんな子なの?」




「なかなか言葉にするのは難しいんですけど……会社内でも人気者なのに、俺みたいな日陰者にも平等に接してくれるとてもいいやつですね。あ、あと料理がうまいです。」




「ん?人気者?それってもちろん男の子だよね?」




「えっ?いや、女性ですけど……なんでそんなこと聞くんです?」


そう言い小首をかしげる。




すると先輩は目を大きく見開いたかと思えば机をたたき立ち上がる。


「はぁ!?相手が女の子なんて聞いてない!」




「ええ?いやまあ、言ってないですし……ていうか、それってそんな大事ですか?」




「めちゃくちゃ大事よ!私はてっきり男の子と行くんだと思って紹介したのに……」


なにかに打ちひしがれたような表情になるとうつむき、ブツブツとなにかを呟きだす。




「なんかすみません……」


そう謝るも先輩には聞こえていないようでガブガブと水のように手元にあったワインを飲み始める。




「あ、あの、先輩。お酒はそのあたりでやめませんか?」




「うーるーらーいー!私に許可取らずに女の子とご飯に行くような人の話は聞きたくありませんー!あならは黙って私のグラスにお酒ついれればいいのよ!」


お酒が弱いにもかかわらず、一気にアルコールを摂取したためかうまく呂律が回っていない。




かなりお酒が回ってしまっているようで正直面倒に感じるが、唯一いまの先輩の良い点は、この状態になってからの記憶がないということである。




「あーもう分かりましたよ……」




「なによその投げやりな返事!……ていうか、かわいいの?」




「……はい?」




「だ・か・ら!その女の子はかわいいのかって聞いてるのよ!」




「ああ。まあ顔は整ってると思いますよ」




「ふーん!そうなんだ!ちなみに私とどっちがかわいい?」


この問いは学生時代にも言われたことがある。あの時は適当にはぐらかして叩かれた思い出があるため、ここは慎重に答えなくてはならない。




「そっ、そりゃもちろん。せ、せんぱいの方がかわいいっすよ……」


自分でもこの言い方では信憑性に欠けると思った。




そしてそれは、さすがに酔っぱらっていても先輩には気づかれるようで


「あー!いま気持ちこもってなかった!きっとその子の方がかわいいんだ!もー知らない!」


子供のような駄々をこね、またワインを流し込むようにして飲む。




これは先輩が酔った時に出る癖で、こうなってしまうと人の言葉を全く聞かない我儘お嬢様になってしまう。普段はしっかりしていて頼りがいのある性格をしているだけに余計にもったいない。


だからこんな美人なのに彼氏の一人もできないでいるんだぞ……と心の中で悪態をつきながら延々と話し続ける先輩の話を聞き流す。




「って話聞いてる!?」




先輩の大きな声で我に返る。


「あ、はい。聞いてましたよ」




「そう?じゃあ私今なんて言ってた?」




「えーっとそれは……」




「ほらやっぱり話聞いてないじゃない!もう一回言うからちゃんと聞いて!」




「は、はい」




すると先輩は少し緊張した面持ちになり


「そのーよかったらでいいんだけど……来週の金曜日ってクリスマスイブじゃない?」




「ああ。あんまり意識してなかったですけどそう言われれば」




「うん……だから来週も一緒に出掛けてくれないかなって……?」




「先輩、そういう相手いないんですか?」




「何よその言い方!えっ……もしかして君には彼女いるの?ていうかさっき言ってた後輩の子だったりしないわよね!」


追求するような目でこちらを見つめてくる。




「いや……そういうわけではないですけど……」




「じゃあいいじゃない!行こうよー!」




「いやー。その日って金曜日ですよね?」




「そうよ!クリスマスイブ!」




「うーん。金曜日はちょっとわからないです……」




「なんでわからないのよ!やっぱりそういう相手がいるのね……」




「そうじゃないって言ってるじゃないですか……」


このままでは埒があかないと考えた俺は軽くため息をつき、これまでの千咲との経緯を説明する。


話が進むにつれて先輩の顔色がだんだんと悪くなり、最終的には真っ青な顔になり机に突っ伏してしまった。




「あのー先輩?大丈夫ですか?」




「ううっ……なんで私にこんな話したのよ……」




「いや、ですから。今週は例外ですけど来週は向こうに連絡しないといけないので……」




「じゃあ今すぐ確認して!は・や・く!」




「はいはい……分かりましたよ」




そして、先輩に促されるまま千咲にメッセージを送る。


『来週末の飯もなしでいいか?』




送るとすぐに既読がつく。


『えっ!?なんでですか?できれば来週は断っていただきたいです……なにか絶対に外せない用事なんですか?』




『いや……おそらく今ならまだ断れるとは思うが……』




『ほんとですか!じゃあ断っていただけると嬉しいです……』


千咲が涙目で懇願してくる様子が脳裏によぎる。




こんな風に書かれては断るわけにはいかないと感じてしまった俺は


『そうか、了解』


と気が付いたら送信していた。




スマホから顔を上げ先輩を見る。


「すみません。今回は無理みたいです」




「なんでよー!やっぱり私よりも後輩ちゃんの方が大事なんだ!」


手足をジタバタさせてまたも駄々をこねる先輩。




「落ち着いてください。この埋め合わせはまたしますから」




「ふーん……それならいいわ。絶対だからね!私忘れないから!」


その後も色々なことに我儘を言う先輩を何とかなだめながら食事をしなんとか先輩をタクシーで家に送り返すことに成功したのだった。






この時の俺には放っておいても忘れるはずなのに、きっちりと先輩とのクリスマスの約束を断ったその行動の理由に気づかずにいたのだった。

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