6話 マスター・ゴンザレス

「おっ、気合いはいってるじゃん、さてはホモくんに見せるためかにゃー?」


 朝、出社前の身支度を整えるリリーに、姉のマリーが声をかけた。

 この姉妹、城に住んでるわりに居住スペースが狭いのだ。


「いつも通りだよ」

「いーや、そんなことないね。私の目は誤魔化せないあるよ! 恋する乙女の香りがプンプンある!」


 マリーは訳の分からないテンションでリリーにチョッカイをかける。

 ウザがらみというやつだ。


「もうっ、そんなんじゃないってば。ちょっと他のダンジョンに見学に行くから失礼の無いようにね――」

「ええっ!? ホモくんとお出かけすんの!? やるじゃーん、ダンジョンデートだ!」


 ちなみにマリーは職場が魔王城、つまり在宅ワークのために朝は余裕がある。

 忙しいリリーが反撃できないのを知ってからかっているのだ。


「もっと胸元の開いた服で誘惑しなよ。せっかくオッパイ大きいんだし」

「だから仕事だってば! え、エドは真面目だから仕事中に変な目で見ないよっ――あん、ちょっと変なとこ触らないでよっ! 聞いてるのっ!?」


 この騒ぎはしばらく続く。

 こうして、リリーの出社は毎朝わりとギリギリなのである。



「おはようございますっ。すいません、遅くなりました」

「いや、まだ始業時間前だ。おはよう、リリー」


 走ってきたのか息をはずませ、リリーが執務室へ入ってきた。

 ただいまの時刻は8時26分、遅刻ではないだろう。


 リリーがパタパタと荷物を下ろし、向かい合うとピッタリ8時半になった。


「エルドレッド・ホモグラフト、リリアンヌ・レタンクール、以上2名。ただ今の時刻をもって始業とする」

「はいっ、今日もよろしくお願いします」


 向かい合って気づいたが、今日のリリーからはふわっと良い香りがした。


(あ、香水かえたのかな)


 とても素敵な香りなので褒めたいところだが、リリーから「セクハラです」とか「キモいです」とか言われたら立ち直れない気がする。

 触らぬ神に祟りなしだ。


「さて、今日は他のダンジョンへの見学だったな」

「はい、運良く地理的に近く、初心者向けコンセプトの11号ダンジョンとアポイントが取れました。早速ですが9時からの予定ですので転移ルームに向かいましょう」


 リリーと連れだって公社内を移動し、転移室と書かれた部屋に入った。

 中には転移用の魔法陣と碁盤のようなモノが設置されている。


「ここはダンジョン公社専用の転移陣ですね。慣れればエドも使えますよ」

「すごいな……専用転移陣か」


 転移魔法はとんでもない高等魔法である。

 どのくらい高等かといえば、軍でも数人のみが使えて、全員が伝令として働いている程度に貴重だ。


 一度設置してしまえば誰でも使える魔法陣はまた違う系統の技術ではあるが、それでも貴重なことには変わりはない。


「11号ダンジョンとはどんな特徴があるんだ?」

「そうですね、一言でいえば、細かく階層分けをされ、初心者からかなり上級の冒険者までが挑む大迷宮です。ダンジョンマスターはペドロ・ゴンザレス氏です」


 リリーは俺の質問に答えながら何やらスイッチを入れた。

 あまり邪魔をしないほうが良さそうだ。


(なるほど、初心者むけのダンジョンなら参考になるか。さすがはリリーだ)


 いずれ拡張した時のために高レベル向けの見学ができるのもありがたい。

 まさに俺が見学するのにうってつけのダンジョンだ。


「えーっと、11号だから赤を3つ……斜めに白と、あとは――」


 リリーが転移表を見ながら碁盤に色々な石を並べていく。

 どうやらあれが座標指定になるようだ。


 待つことしばし。

 リリーが「できました」とニッコリ笑う。


「それでは転移しますがよろしいですか?」

「手土産も各種資料もメモも筆記用具もある。大丈夫だ」


 リリーが魔力を流すと、碁盤が輝き俺たちは転移をした。



「あらぁー、いらっしゃい。ようこそ4番ダンジョン『試練の塔』へ」


 転移先は執務室のような空間があり、背の高い男が出迎えてくれた。

 年のころは俺よりやや若く、30代半ばのスラッとした長い睫毛まつげのハンサムだ。

 妙にピッチリとした服装と大きな金のイヤリングが少々気になる。


「はじめまして、エルドレッド・ホモグラフトと申します。こちらは補佐役のリリアンヌ・レタンクール女史。本日は急な見学の申し出を受けていただきありがとうございます」


 俺が「つまらないものですが」と手土産を差し出すと、リリーが横で優雅にお辞儀をした。


「まあまあ、こんなにお気を使っていただかなくても。あらっ、老舗洋菓子店のクラシカルスイーツじゃない。せっかくだからご一緒ましょ」


 どうやらつかみはオッケーのようだ。

 舞台衣装のようなキラキラとした服装の男性従業員が紅茶と持参したクッキーをだしてくれた。


 俺とリリーは促されるままテーブルにつき「頂戴します」と紅茶をいただく。

 なかなかうまい紅茶だ。


「いいのよ、私はダンジョンマスターのウェンディ。ホモグラフトさんとは親近感わくわぁ。でも残念ね、私はガチムチ苦手なの。体育会系の汗臭い感じがダメなのよね」

「はあ、左様ですか。私のことはエドとでもお呼びください」


 たしかリリーの情報ではダンジョンマスターはゴンザレス氏だったはずだが、通称がウェンディなのだろうか。

 本人が呼ばれたいように呼べばよい。


「外部組織から招かれたマスター、久しぶりの新しいダンジョン、しかもあの・・レタンクールさんが補佐役ですものね、私も注目してるわよ」

「マスター・ゴンザレス、今はその話題は関係ありません。エドは私をただの補佐役として扱ってくれます」


 ウェンディが「ウェンディよ」とリリーに含み笑いを見せ、リリーは少し眉をひそめた。


(はて、2人には面識は無い様子だが……『あのレタンクールさん』とはリリーの実家か。有名なんだな)

 

 俺は「んん」とわざとらしく咳払いをし、話題を変えることにした。

 喧嘩を売りに来たわけではないのだ。

 おかしな空気になられても困る。


「実はウェンディさん、今回お邪魔しましたのは――」


 俺は新しいダンジョンを作るにあたり、コンセプトや攻略難度を伝え、1階層の構造で少し悩んでいることなどを話した。


「なるほどねえ。私は前任者から引き継いで拡張を続けただけだけど、一から作ると基準が分からないわよねえ」


 俺は資料から図面を取り出し、ウェンディに見せる。


「ふうん。レベル10でしょ? 悪くないわよ。でも、もう一工夫ほしいと欲張るエドっちの気持ちも分かるわね」


 ウェンディは「ダンジョンマスターってそういうものよ」とリリーに向かってウインクする。

 リリーは優雅な仕草で紅茶を飲み、それを黙殺した。


「ウチの図面を見てみて」


 ウェンディは従業員に用意させていた図面を広げる。

 ここまで親切にしてもらえるのかと俺は少し動揺した。


(いや、盗めるなら盗んでみろという余裕だな。悔しいがこちらは素人だ)


 俺は「拝見します」と図面に視線を落とした。

 1階層はかなり単純な構造だ。


「ウチは10階層あるのよ。初めは初心者むけの5レベルに設定しているわ。でもね、これでも命を落とす冒険者はいるわよ」

「これで、ですか……」


 出現モンスターはゼリー、スケルトン、ジャイアントバットとある。

 こんなものに殺されるのかと驚いたのは事実だ。


「そうね、体験するのが早いかもね。1度チャレンジしてみたら? 1階層上がるごとに5レベル上げる設定になってるわ」


 俺の反応を見たウェンディがマイクつきのヘッドセットを取り出した。

 珍しい魔道具だがリリーの分まである。


「迷宮で迷わないようにマスタールームから誘導するわよ。ダンジョンバトルって訳でもないから気楽に挑戦してね」


 ウェンディは「どうかしら」と不適に笑う。


「いや、他の冒険者もいるでしょうし、私は斥候職ではありません。迷宮探索は――」

「罠や仕掛けは私がサポートします。エドなら攻略できますよ」


 リリーもなぜか乗り気だ。


「できるかしらね?」

「できますよ。エドと私なら」


 両者の視線が交差し、激しく火花を散らすのを俺は幻視した。

 どうやらこの2人、相性が良くないらしい。


 こうして、俺は有名ダンジョン試練の塔に挑む。

 まあ、これも勉強だろう。

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