3話 美人姉妹

「それでは、こちらの資料をご覧ください」


 リリーは俺のデスクにドサリと重ねた資料を置いた。


 面談の後に「ダンジョン事業について教えて欲しい」とお願いし、俺の執務室(ダンジョンができるまでの仮のオフィスだ)へ移動したのだが……覚えることは文字通りに山積みらしい。


「まず、ダンジョンとは『他の生き物を集めて生命エネルギーを奪い取る装置』となります」


 リリーは眼鏡をかけ、備えつけの黒板に『ダンジョンとは?』と大書した。

 なんと言うか……学生のころは座学なんて大嫌いだったのだが、教師が美人だとグッとくるものがあるな。


「指定されたダンジョン内は特殊なフィールドとなり、生命体――主に人間の冒険者ですが、こちらが滞在したり死亡するとエネルギーを吸い取り集積します」


 リリーは黒板に『冒険者→吸収』と図を描いていく。

 実に分かりやすい。


「この集積した生命力を魔王城に送り、エネルギー資源とするのがダンジョンの主な役割といえます」


 黒板には『ダンジョン→魔王城』と書かれていく。

 なるほど、魔王領では街灯や魔力コンロなど不思議な魔道具がたくさんあった。

 ダンジョンとは、それらの動力源を生み出す装置らしい。


「質問、このエネルギーを集積したり、送るのは専門的な魔道技術が必要なのではないか?」

「そうですね。でもそれらは専門の魔道技士が定期的にダンジョンコアを交換してくれますから、問題はありません」


 リリーは『ダンジョンマスターとは』と黒板に大書する。


「ダンジョンマスターの仕事とは技術的なものではなく、ダンジョンの運営全体になります。2冊目『マスターの仕事』の2章をご覧ください」


 リリーは黒板消しをキレイにかけ、新たな図を書き始める。

 真面目で几帳面な性格らしい。


「ダンジョンマスターの仕事は冒険者を呼び込むことです。モンスターを配置し、宝箱を設置します」


 黒板には『冒険者』『モンスター』『宝箱』と書かれる。


「ターゲットとする冒険者のレベルに合わせてモンスターや宝箱を設置しないと赤字になってしまいます。そちらの資料にもありますが――」


 リリーの説明では、罠やモンスターが強いのに宝箱がショボければ冒険者は訪れない。

 かといって宝を不相応に大盤振る舞いしては取られまくって赤字になる。

 バランスを調整して黒字にせよ、ということらしい。


「うーん、難しそうだな」


 俺は頭を抱えてしまう。

 これはまさに経営だ。俺には未知の経験である。


「大丈夫ですよ、エドならできます。何しろ無敵の『双剣エルドレッド』ですもの」


 リリーが発した言葉にドキリとした。

 それは若い頃の俺のあだ名だ。


(彼女は本当に真面目だな。俺のことを調べたらしい)


 若い頃の俺はそれなりに力自慢で、左右の手で長剣を振り回す戦いを好んでいた。

 今はさすがにやらなくなったが、その時の名残で『双剣』のイメージが俺にはあるらしい。


「双剣とはまた、懐かしい名前だな」

「はい、エドは覚えてないでしょうが、私は魔王城に凱旋する貴方をなんども出迎えたのですよ」


 嬉しいが、さすがにこれには苦笑してしまう。

 出迎えてくれた観衆を1人ずつ覚えることは不可能だ。


「ありがとう。とりあえず、今日は資料に目を通すことにするよ。優先順位は上からでいいかな?」


 俺は照れかくしに積み上げられた資料をポンと叩く。


「はい。下の方はダンジョン機能のカタログです。上の方の規約も覚える必要はありません、一度目を通していただければ結構です」


 リリーは言葉を溜め「そのために補佐役がいるのです」と豊かな胸を張った。

 自然と俺の視線も胸へと下がるが、これは仕方あるまい。


「ではまた明日」

「はい、私の方でもダンジョンの場所や構造に関する資料を集めておきますね。お先に失礼します」



「リリー、嬉しそうだね」


 自宅・・に帰り、書庫を漁っていたリリーに姉のマリーが声をかけた。


「あ、姉さん」

「リリーはホモくん好きだもんね。仲良くなれた?」


 マリーは「きしし」と奇妙な笑い声をあげ、リリーの脇を肘でつつく。

 隙のない美しさのマリーと、ふわっとしたかわいらしさのあるリリー、2人はあまり似てはいないがタイプの違う美しさがある。


「……うん、リリーって呼んでもらって、私もエドって呼んでね」

「まじっ? ホモくん私には素っ気ないのに酷くないっ?」


 真っ赤に頬を染めるリリーを見て、頬を膨らますマリー。

 この姉妹の男性の好みは似通っているらしい。


「私の名字を聞いても全然態度を変えなくて……やっぱり思ってた通りの人だった」


 リリーの家は魔王領ではずば抜けた名家だ。

 名乗ったとたんに態度を変えられたり、逆に陰で嫌がらせを受けたことも少なくない。

 少なくとも、あそこまで自然に握手をされた記憶はないのだ。


「もーっ、そんなに手が早いなら私もプライベートで声をかければ良かったなー」

「え、エドはそんなんじゃないないよっ、私がね――」


 リリーは嬉しげに今日の出来事を話す。

 それをマリーは楽しげに「うんうん、それで」と聞き入っていた。


 共通の知り合いについてキャピキャピと話す姿は親友のようですらある。

 この姉妹、実に仲がよい。


 姉のマリーは本名をマルローネ・レタンクールといい、現役の魔王なのであった。

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