朝の一杯

 翌朝、といっても時間という概念が存在しなくなったので朝なのか昼なのかは分からなかったが、ぼくは目を覚ました。目を開けるとそこには見慣れた天井があった。

「あれ……」

 どこかで同じようなことがあったような、そんな感じがする。それもつい最近に。

 そしてこのすっきりとした目覚め……そうか、僕は今ベッドで横になっているのだ。

「また研究中に寝ちゃったんですか?」

 横を見るとマミが椅子に座っていた。

「それにこんな変な絵まで描いてたし……」

 彼女は一枚の紙を取り出して、ひらひらさせてこちらに見せてきた。

「変な絵なんかじゃない。大事な研究資料だ」

「これがですか?」

 彼女が笑ってこちらを見てくる。

「もともと絵が下手くそなんだよ……」

 ゆっくりと体を起こすと、彼女から紙を奪い取った。

 彼女は「返してくださいよー」とか何とか言っていてが、諦めたようで椅子から立った。

「それで、今日も行くんですか?」

「もちろんだ」

 僕はそう言うと、インスタントコーヒーを淹れるために、やかんを用意した。

「私も紅茶飲んでいいですか?」

 ついでと言わんばかりに彼女が言ってきた。少し考えた後、マグカップを二つ用意した。


「紅茶って言ったじゃないですか!」

 目の前に出されたコップを指差して、彼女が叫んだ。

「そんな嗜好品、ウチにはない」

「コーヒーだって嗜好品じゃないですか!」

 もっともなことを彼女は言ったが、スルーした。

「それにコーヒーは大人への入り口だ」

「だからっていきなりブラック出します?」

 若干涙目になりながら彼女が必死に訴えてきたので、後ろの戸棚を指して「砂糖が入っている」と言うと、一目散に取りにいった。

「ミルクはありますか?」

「牛がいないんだからあるわけないだろう?」

彼女がこちらを睨んでいるような気がしたが、「同じくそこに粉乳が入っていると言うと、先ほどと同じように探し始めた。

「あった!」

 どうやら見つかったようで、嬉しそうに二つのビンを抱えながら彼女が戻ってきた。

 彼女は粉乳と砂糖をビンから直接ドバドバと入れていった。

「こんなものかな……」

 そう言って彼女が手を止めると、コーヒーの色は薄い茶色へと変色していた。

「入れすぎじゃないか?」

「これくらいがいいんですよ」

 僕の指摘を何ら受け入れることなく、彼女は今やコーヒーかミルクか分からない液体を飲み始めた。確か昔、どこかのローカルドリンクにコーヒーよりも練乳の割合の方が高いコーヒードリンクがあったのを思い出した。


 朝の一杯を終えると、早速出かける準備をした。

「本当に行くんですか?」

 コップの底に残った砂糖をスプーンで取りながら彼女が聞いてきた。

「このまま未確認のままだったら一生後悔することになる」

「そうですか……。でも、さすがに丸腰で行くのは危険じゃないですか?」

 彼女が茶色い砂糖をまた一口、口に運んでそう言った。

「そう言うだろうと思ってさ、ちゃんと準備してある」

 その質問に待ってましたと言わんばかりに答えた。

「何をですか?」

「それは着いてからのお楽しみだ」

 僕はそう言うと、バイクのカギを持ってガレージに向かった。彼女も慌ててコップを片付けて付いてきた。

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