第3話 マジでヘラる五秒前
ドンドンドンと、ドアを叩く音がする。
鳴り止まぬ事は無く、こちらが開けるまで絶対にやめないという意志を感じる。
「カナデさーん?いるんですよねぇ〜?開けてくださいよぉ」
女の声がする。
艶がかった声だがどこか狂気を孕んでいそうな雰囲気だった。
俺はとある街のとある宿に泊まっていた。
俺は布団の中にガタガタと震えながら潜っていた。
「わたしと一生一緒にいましょう?誰もいない島に行って、小さな家を作って過ごすの!子供は二人欲しいわ!一人は女の子、もう一人は男の子がいいわ!もちろん、名前は一緒に考えましょうね〜!」
どうしてこんな事に……………
*******************************
時は二日前に遡る。
俺達はあのスウェット女神により異世界に送られた。
異世界……俺は昔小学生だった時冒険物が好きで、図書室でそういう本を読んでいた時期があったものだ。
読んでいた時図書室の地縛霊にネタバレを食らうようになってからは行くことがなくなったが。
だから大多君の言っていることも少しばかり分かるし、俺も異世界は中世のヨーロッパのような文明だと思っていた。
だが俺達がたどり着いたのは、創造の斜め上を行く物だった。
「ねーねー今度タティオカ飲みに行こうよー!」
「えーあたしホッタキ食べたーい!」
二人の女性が楽しそうに言う。
手には黒い玉が入った飲料、もう一方の女性も同じ物を持っていた。
「どうなってんの…?」
彼女達が持っていた物はどう考えてもタピオカだった。
さらに言えばチーズが伸びるようなジェスチャーをしていたことからホッタキとやらも俺達の世界の食べ物であるということもなんとなく分かった。
俺達は異世界に来たはず……渋谷とか新宿に来たわけではないはずだ。
「なあ、あれ……」
仁也は右腕を大きく挙げる。
彼の腕は混乱しているからなのか痙攣にも似た震え方で指で示した。
なんだなんだと皆が上を見上げると、驚くべき物がそこにはあった。
「「「「「「「えぇ……?」」」」」」」
街頭テレビが、あった。
何を言ってるか分からないかもしれないが、俺だって何を言っているのかわからん。
だが、画面の中に人がいて、大音量のBGMが流れているのを見て、アレはどう考えても街にある街頭テレビジョンだと思った。
俺はさらに疑問が浮かんだ。
世界観がめちゃくちゃじゃないか。
「え、えええええあばだひひひひひ!!」
「大多空運が発狂したぁー!?」
またか。
大多君が狂ってしまった。
「さっそく女神テレフォンでも使うか」
俺はスマホを取り出し、この訳の分からない状況を聞き出そうとした。
……したのだが。
俺達の周りに天使達が現れ、目を血走らせながら
「私達が答えますのでティアラ様には連絡する必要はありませんよしないでくださいお願いしますお願いします!!」
俺のスマホを握っている手を掴みながら必死そうに言った。
必死すぎて怖いんだが。
天使がしていい顔じゃないだろ。
「あ、ああ分かったよ。説明してくれ」
俺がそういうと天使達は心の底から安心したように胸を撫で下ろす。
どんだけ怖いんだお前達の
「実は、私達が働いてる天界では貴方達みたいに突然連れてくるというシステムではなかったんです」
天使達は申し訳なさそうな顔で言う。
「以前は現世で死んだ人間を別の世界に転生させ、特典をあげて魔王を倒してもらうというサービスだったのですが、誰も魔王を倒そうとする者はいなかったのです。やがて彼等は別の世界で第二の人生を始めました。特典を利用して漫画家になった方や、ラーメン屋を始めた方、劇作家になった方や洋画に出てくる面白黒人俳優になった方など、魔王を倒そうと真剣に考える人はほぼいなくなりました……」
天使達は悲しそうにぼやく。
なるほどな…死んだ人間も何かしらやりたいことがあったのだろう。
異世界なら出来ることがあるかもしれない、そう思って生前叶えられなかった夢を追いかける者が多かったおかげで魔王討伐よりも自分の夢を………いや面白黒人俳優ってなんだ?
クリス・タッカー?それともケヴィン・ハート?
「中にはエディ・マーフィに転生した方も……」
エディ・マーフィ!?
エディ・マーフィに転生したの!?
「ですが、彼等はや・り・過・ぎ・ま・し・た・……」
「やり過ぎた…?それってどういうことだ?」
「彼等は、元の世界の文化をこの世界に大量に持ち込み、歪めてしまったのです。中世のヨーロッパのような風情があった街は新宿、渋谷、歌舞伎町、ゴッサムシティのような街が生まれてしまいました……」
最後悪化してない?
「そこで、ティアラ様がある事を思いつきました。『どうせ死んで何も未練がない人より突然連れてこられて魔王倒すまで帰れま10!をやればさすがに真剣にやってくれるんじゃない?』と……」
やってくれるんじゃない?じゃねぇよ勝手に巻き込むな鬼畜か?
「…そういうわけで、貴方達はこの世界に召喚されたのです」
……なるほどな。
死んだ人間は未練が無いから魔王を倒すという大仰な事をやるより、自分の夢を追いかけるほうがいいと判断したのか。
たしかに魔王討伐という危険を伴う使命よりも、漫画家やらラーメン屋やらそっちのほうが安全だし楽しいのだろう。
……そして何も知らない学生を突然連れ出し、魔王を倒すまで返さないという女神のくせに外道な作戦を思いついたのか。
「でも、女神様は困ってんだろ?だったら俺達が何とかなるするしかねぇじゃねぇか!」
「あぁそうだな。どのみち魔王を倒すまで帰れねぇんだ、こっちの世界で活躍して、伝説を遺してやんよ!」
普通は帰りたがるだろ。
家族とかペットとかはどうするんだ、今頃大パニックだぞ。
「もしご家族や以前の生活の心配をされているのなら大丈夫です。戻る時には依然と同じ時間のまま転送しますので、ご安心ください」
天使達が安心させるように言う。
それを聞いたクラスメイト達は安堵する。
だが皆肝心な事を忘れてないか?
「あの、ちょっといいか?」
俺は俺を担当?する天使を呼びつける。
それに気づいた天使は「なんでしょう」と言ってこちらに寄ってきた。
「俺達が魔王を倒せば、元の世界に帰れる。これは良くわかった。だがもし怪我人がでたり、死傷者が出たりした時は?生き返らせてくれたりするのか?」
俺は慎重に、すがるように聞いた。
いきなり連れてきてもし死んだらはいおしまい、また来世で会いましょうみたいな事にはならないよな?
大丈夫だよな?
「……」
天使が顔を背け、顔が下にうつむいた。
「オイ今なんで顔を背けた?こっちを見て話せ」
だが天使はこちらに顔を向けず、神妙な顔をした。
なんかムカつく顔だな。
「すみません、よくわかりません」
siriみたいな言い訳しやがって……
「それでは、ここで立ち話もなんですし、とりあえずあちらに向かいましょう」
天使はとある方向に指で示した。
そこにあったのはひときわ大きい建物だった。
よく見ると冒険者ギルドと描かれた看板が下げられていた。
「おお!冒険者ギルドですか!そうこなくては!」
大多君が興奮気味に言う。
大多君も発狂したり興奮したりと大変だな。
あといい加減覚えてやれ、大多君が自分の名前を呼ばれるたびに微妙な表情してるぞ。
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冒険者ギルド。
腕の立つ冒険者が集まり、地域の住人の悩み事を解決したり凶悪なモンスターを討伐して報酬を得たりなどやることは多岐に渡る。
まぁ、天使達が言っていたことを俺がかみ砕いて説明するとこんな感じか。
分からないことや詳しいことは後で大多君に聞こう。
「まずは冒険者ギルドに登録するために水晶かなんかそこらへんのなんか不思議な雰囲気のアイテムを使って隠された能力が暴かれて周りに人が集まってなんか凄いワッショイされる流れですねこれは!!」
大多君がまたもや興奮気味に語る。
というか急に語彙力が下がったな。
「各自メガーミフォンを出してください。その中にこの世界の電子マネ…もとい魔導マネーが入っています。受付に提示して入金してください。それで冒険者ギルドに登録完了です♪」
メガーミフォン……?
なんだそのふざけた名前は。
天使達がジェスチャーで説明しながら言う。
なんというか、結構現代的だな……ファンタジー要素がかなり排除されている。
「あ…………はぁ…………ふぇぇ…………?」
……がんばれ、大多君。
「えぇ!?剣聖!?」
受付嬢が驚きの声を上げた。
「え?え?」
驚かれていたのは俺の友人、伴田仁也だった。
そういえばアイツの能力剣聖とかだったな。
「素晴らしいですよ子のスキルは!全ての数値がほぼ限界マックス!剣を持てばもう無敵!あーもう何かすごい!抱いて!」
後半結構褒めるのが雑だったな。
「凄いです!鍛えたんですか!?それとも才能ですか!?」
「……まぁ、なんつーかッ……両方?」
調子に乗るな
ついさっきまでわけわからんみたいな顔をしていたくせに巨乳の冒険者に腕をつかまれ、胸を押し付けられた瞬間、表情はすぐにとろけだした。
「け、賢者!?す、すごいです!」
同じような容姿の受付嬢が大多君の手をつかみながら彼の目を見て話す。
またか。
というかワンパターン過ぎやしないか?
「ぼ、僕ですか!?」
大多君はオドオドしながらも彼女の話を聞いた。
「賢者といえばどんな物も作れてどんな魔法も使い放題!どうやって賢者のスキルを手に入れたんですか!?たくさん努力されたんですか!?それとも約束された運命!?」
受付嬢はカウンターから身を乗り出し、彼女が少しゆるゆるな服から無防備な胸がさらけだした。
「……まぁ、なんつーかッ……両方?」
調子に乗るな
その後、様々な能力を持っていたおかげでちやほやされたクラスメイト達はニコニコ笑顔で登録していった。
魔王女神に拉致されてきたのに褒められた瞬間すぐにほだされるとは……まったく単純な奴らだ。
そしてついに俺の番が来た。
別に俺は期待なんてしていないがまぁ、例外もあるかもしれない。
今のうちにリアクションでも考えておくか……
「次の方どうぞー!」
俺はカウンターへと向かった。
スマホ(メガーミフォンとは死んでも言いたくない)をかざし、登録の準備をする。
そして水晶が光りだし、俺の全身をスキャンし始めた。
水晶そこで機能するの…?
「えーと、貴方のスキルは……霊能力…?へぇ~すごいですねぇすごいすごい」
シバイタロカ?
いや、落ち着け。
今までもこんな感じだったじゃないか。
『霊能力?へぇ~すごいね!』で済まされる胡散臭い能力……期待なんてしていないが、期待なんてしていないが、(大事な話なので二回言った)さすがにここまで微妙な反応をされると少し傷つくな。
「特筆すべき能力は特にないですね。……はい、以上で登録は完了しました。これでいつでもクエストを受注出来ますよ」
と、営業スマイルで言われた。
さて、宿に行ってとっとと寝るか。
「だ、大丈夫ですよ!ティアラ様も言ってたじゃないですか!どんな能力も使いようだって!」
そう言って俺からスマホを取り上げ、俺に画面を見せてきた。
そこには俺の能力の詳細が事細かく載っていた。
まぁ、霊視しかできないからホントはそれ以外載っていないと思っていたが、意外なことに霊視以外に二つあった。
「解像度設定、シェア……なにこれ?」
「えーとなになに……?幽霊の見えやすさを設定できる?」
なんだそれ。
「シェアは?」
「シェアは~……他人と霊視を共有できる、と書かれていますね」
使えるのかどうか分からん能力だな。
せいぜいドッキリにしか使えない能力じゃないか。
もう疲れた……休みたい。
「あぁうん、とりあえず今日は休む。今後のことは後で考える……」
俺は一人、近くの宿を探すためぶらついていた。
「あっちょっと……あれ?そういえばなんでこんなにスキルの獲得が早いんだ?」
俺は天使の話を最後まで聞くことはなく、宿を探すため前へと迷いなく進んでいった。
……あっ、そういえば母から作ってもらったお弁当を手に持ったままだったな。
あとで食べよう。
「う……うぅ………」
「ん?」
ふと道端を歩いていると、目の前に女の子が倒れていた。
「うぅ……誰か、食べ物を…………」
なにやら食べ物が欲しいようだ。
そして俺の手元にはお弁当、タイミングが不自然なくらいちょうど良いな。
まぁ、見て見ぬふりもできないか……
俺は目の前で倒れている女の子にお弁当をちらつかせた。
「…食べる?」
女の子はしばし俺とお弁当を交互に見ながら逡巡した後、目をグリンと開き、
「食べます!!」
と言ってパァッと笑顔になった。
後に俺は……この女の子にお弁当を上げたことを死ぬほど後悔することになる。
だが、この時の俺はそんなことは知る由もなかった。
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