風銀立神 篇

~秋~


「突然、酔った男が入ってきて……」


 コンビニ内の従業員用の控え室。人が三、四人、一度に中に入れるかどうかの狭い部屋。監視カメラの映像を映しながら、怯えた様子でコンビニ店員が誰かに喋っている。会話の相手は、いかにも刑事らしい男だ。


「店の中を滅茶苦茶めちゃくちゃに荒らしまくりました。酒だ! 酒はどこだ、とか騒いで……」そう言いながら店員はモニターの映像を早送りさせ、店内の棚を力任せに破壊するサラリーマンを映した。「あぁ、ここです。もう少ししたらかな……、今度は若い男の子が入ってきました」


 店員は、更に映像を早送りさせる。若い男の子が入店するところが画面に映った。


「その男の子、酔っ払いを背中から蹴ったんです。そしたら酔っ払いが吹っ飛んで……」


 監視カメラの映像は、若い男の子が酔っ払いを背中から蹴った様子を映し出す。蹴られた方は、大型の空気砲くうきほうでも食らったみたいに吹っ飛んだ。酔っ払いは、そのまま監視カメラの映像からフェードアウト。低解像度の映像だが、一連の様子が確かに確認できた。


 店員が別の監視カメラの映像に切り替えると、ドリンクを冷蔵しているガラス張りの冷蔵庫に頭から突っ込んでいる酔っ払いが映った。若い男の子の蹴りは、大の男を一蹴ひとけりで四、五メートルはふっ飛ばした算段さんだんになる。壁がなかったら、もっと遠くまで飛んでいたかもしれない。


「そのあと駐車場に男の子が出て行きました。酔っ払いもすぐに起き上がったと思ったら、物に八つ当たりをしながら、その子を追いました」


 酔っ払いの男は、頭をガラス張りの冷蔵庫から引っこ抜くと、体に触れるもの、進路をさまたげるもの、全て蹴散けちらしながら雑誌などが置かれている棚とガラスの壁を突き破り、駐車場に飛び出した。


 さながらブルトーザーとか。

 重機に例えた方が早いかもしれない。


「あとは」コンビニの店員がそう言いかけたとき、監視カメラの映像を食い入って見つめていた刑事が、「刀……?」と言った。


「はい……、あっという間に、サラリーマンが倒されました」


 刑事は、その後に駐車場で起きた出来事を把握はあくしているようだった。


「わかりました。ご協力感謝します」刑事は、店員に向かって軽く敬礼をした。「ひとまず、店員さんに怪我がなくて良かった。店のこと、しばらく大変かと思いますが、こちらも警備を置いておきますんで。とにかく命があることが何よりです」

須賀すがさん」別の警官が、部屋のドアを開けた。須賀の背中に話しかける。「鑑識かんしき、回していいですか?」

「おう、ちょっと待ってくれ」


 須賀すがは返事をしてから、となりにいるコンビニ店員の背中を優しくさすった。


「あ……、す、すいません」コンビニ店員は恐縮した。


 須賀すがは、商品とガラス片が散乱したコンビニの店内を抜けて駐車場に出た。駐車場には4台ほどのパトカーと鑑識の車両が停まり、赤と青のランプをそれぞれに光らせている。駐車場の少しはしの方。黄色のテープが囲んでいるのは、灰色の粉の山が二つ。子供が砂遊びをした後みたいに残っている。


しゅう……」須賀の温かい口調だ。憂うような目で、粉の山を見つめている。「お前がもし死んだら、天国の親父さんになんて言えばいい」


    *


 午後四時。夕方と言ってもまだ陽は高い。月に場所をゆずる気は全く無いと言わんばかりに、図々ずうずうしく、暑苦しく、太陽が地面を照らしている。


 立神秋たちがみしゅうは自宅でもある寺院の中、庭に面した縁側えんがわの上で寝転んでいる。枕も置かずに仰向けになって、ただただ熟睡している。


 庭は、砂利じゃり庭石にわいしとで埋め尽くされた枯山水かれさんすいで綺麗に整えられている。石や砂だけで、山や水の流れを表現する日本庭園にほんていえんの様式だ。もし、その綺麗な模様で整った砂利を足で踏もうものなら、砂利を熊手で整えた人間から、お叱りを食らっても文句は言えない。


 庭の裏口から、しゅうが寝ている縁側えんがわに向かって、砂利の上に一人分の足跡がついている。足跡の主は秋だ。


 その踏まれた砂利を、熊手で直す一人の女性がいる。彼女は足下まである深い紺色の和装に身を包んでおり、彼女の頭髪は綺麗きれいり上げられている。


「秋は、昨日も闘ったのですね」女性が誰かに話しかけた。しかし、秋は寝ているし、他に人の姿は見えない。


「あれくらいの下位魔かいまなら、秋の敵じゃぁないよ」老人の声が応える。「おじいさん。頭の上に乗られると、くすぐったいですよ」女性はそう言って自分の頭に手をやった。


 白く、綺麗な手にひょこっと乗ったのは一匹のハムスターだ。全身、白黄色はくおうしょくの毛並みで、背中には濃い茶色の毛並みが尻尾から頭に向かって、細く一直線に伸びている。一般的にはイエロージャンガリアンと言う種族に該当がいとうする。


「おぉおぉ、すまんの。つい居心地がよくてな」


 おじいさんと言われたハムスターは、坊主の女性の手に運ばれ、秋が寝ている縁側えんがわにひょこっと小さな体をおろされた。そのまま秋の頭の横まで可愛らしく歩き、ころんと座る。自分の顔を両手で毛づくろいをした。喋らなければ普通のハムスターと何ら変わりはない。


「昨日は、どんな悪魔だったのでしょう」

「さしずめ酔っ払いに毛が生えた悪魔じゃろうて」

「酔っ払いですか」

「そうだよ。秋、全く動いとらんかったようじゃ」


 老人ハムスターは、秋の服や靴が全く汚れていない事に気付いていた。もし激しい戦闘をしていたのなら、衣服が少なからず痛んでいるはず。


「さすが先輩は違いますね」

「なぁに、わしなぞ先輩でもなんでも、ないよ」

「おじいさんもお酒、よく飲まれていましたね」

「よう飲んだ。一生分は飲んだの」

「この子もいずれ、お酒を飲むのですかね」

「どうじゃろな、血は争えんと言うからの」


 秋の頭の左右。

 左耳からは、坊主の女性の声。

 右耳からは老人ハムスターの声。


「うるさいな…」幾分いくぶん平和なステレオ音声を左右の耳から聞かされた秋はたまらず目を覚ました。いや、二人はわざと秋を挟んで会話をして起こそうとしたようだ。


「秋、おはよう」庭の女性が声をかける。

「今……、なんじ?」秋は寝ぼけている。

「四時じゃよ」老人ハムスターが言った。

「朝の?」秋は真顔だ。

「夕方よ」と女性が応える。


「夕方?」

「うん」

「夏だから、どっちかわからない」

「夏と言っても、朝はこんなに暑くないわよ」

「そっか……」

「ごはんたべな? そうめんでるから」

「まだいいよ。ありがと」


 親と子の会話のように聞こえる。

 坊主の姿をした女性は、秋の母。

 名を〝立神たちがみかすみ〟と言う。


「母さん」

「ん?」

「火は?」

「大丈夫よ」

「そっか…」


 秋は安心したような、しかしどこか不安そうな顔で少しうつむいた。「秋は寝ても覚めても、火を心配しとるのぉ」老人ハムスターがわざとらしく言った。その言い方は、はよわすれい…、と言いだけだ。秋はうついたまま黙ってしまった。老人ハムスターの声が耳に届いていないようだ。


 秋の自宅である寺院の本堂ほんどうには緑色の火が常に灯っている。その火は代々、立神家の悪魔祓いの力を増幅させ、夜に活発になる悪魔の襲撃から寺院を守る結界の役割をになっている。


 数時間毎すうじかんごとまきをくべ、朝晩に決められたきょうを読むことで、秋の悪魔祓いとしての力を維持している。本堂の火を消さないために、日夜、火を守り続ける者。その者たちを火守ひもびとという。かすみは、秋の母であり、この寺院の火守り人だ。


「秋……」


 かすみが小さな声で名前を呼ぶ。三人は全く同じ景色を思い出していた。十年前、秋がまだ七歳の時。一度だけ寺院を守る緑色の火が消え、秋の父が、その命を落とした日のことだ。




 刀闘記


 ~秋~






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