悪を狩る獣たち

XX

第1話 プロローグ

★★★(噂話)



「最近見ないよね〇〇パイセン」


「あー、これは聞いた話だけど、いきなり家出して行方知れずなんだって」


「えー? 資産家のボンボンなのに? ……おやさしーおウチの力に頼らずに1人で生きていく? そんなタマだったっけ?」


「……これは噂だけど、魔界から来た魔物に殺されたんじゃ? って話だよ。〇〇パイセン、おウチの力を嵩に着て恨みを買いまくってたから」


「魔界から来た魔物?」


「アンタ知らないの? それはさ、こんな話で……」



★★★(とある不良少年)



 あれ……俺……?

 何してたんだ?


 確か、転校して、初日に話した連中と早速気が合って、放課後ノリでそのまま一緒にカラオケに行って……

 盛り上がってきたところで、便所行きたくなって、部屋を出て……


 そこから、どうしたんだ?


 というか、何で俺は外で寝てるんだ?


 そこは、コンクリの床の、明らかに外だった。

 風が吹いていたから。


 カラオケは?

 あいつらは?


「……目が覚めたらしいな」


 声がした。

 男の声だ。


 年は多分、高校1年の俺とあまり変わらない。


 俺はそっちを見た。


 そして、ここがどこかを理解した。


 ここは、どっかのビルの屋上だった。

 飛び降り防止か、外周がフェンスで仕切られており、あるのは昇降口のみ。

 そんな、飾り気の無いつまらない屋上。


 その昇降口のドアの前に、そいつは居た。


 背丈は多分180センチあるか無いか。

 体格は悪くない。

 目立ってガタイがいいわけでもないけれど、痩せているわけでもない。


 ちょっと、勝てる確信が持てず、喧嘩を売るべきか迷うタイプ。

 服装は学ランだった。どこの高校かはちょっと分からない。


 顔は見えなかった。


 黒いヘルメットめいた、目がゴーグルみたいなもんで完全に隠れる被り物をかぶっていたから。

 漫画に出てきそうな感じのやつだ。目が隠れて、口元だけ見えるやつ。


 ……思い出した!


 こいつ、俺が小便して手を洗ってる時に、いきなり背後に現れたんだ!

 そして、そこからここまでの記憶……


 ……無い。


 こいつにさらわれた?


「何だよお前! お前が俺を攫ったのか!?」


 そこに思い当たったとき、俺は反射的にそう言っていた。

 正直、ビビってた。


 だって、異常だし。

 いきなり便所に現れて、そのまま攫ってどっかのビルに俺を連れてくるなんて。


「……ああ」


 ……認めやがった!


 こいつ、絶対まともな奴じゃねぇ!


 俺をどうするつもりだ……!!?


「な、何の用だよ……!?」


 言いながら、俺は尻のポケットを探っていた。

 俺のスマホ……


 警察に電話して、回線繋ぎっぱなしにして、助けてもらう……


 それしか、ここを切り抜ける方法を思いつかなかったから。


 でも……


「探しているのは、これか?」


 目の前のヘルメット男はそう言って、見覚えのあるスマホケースのスマホを見せてきた。

 あのシリコンケース……俺のだ!!


「返せっ!」


 絶対に今必要なものだったから、俺は反射的に飛び出して、そいつに掴みかかっていた。

 でも、ヘルメット男は全く焦った様子もなく、軽く体を動かして、いなすように俺をかわした。


 躱された瞬間、俺はぶっ倒れた。

 どうも、躱しざまに俺の足をヘルメット男が払ったらしい。


 コンクリに肩から落ちて、痛みに呻く。


「何の用か? と言ったな。教えてやるよ」


 そんな俺の耳元に、ヘルメット男はしゃがみ込んで、こう言ってきた。

 聞いた瞬間、俺には理解できなかった。


「……ちょっと、このビルから飛び降りてもらおうと思って。それさえ済めば後は自由にしていい」


 ……は?


 何で?


 俺はヘルメットの言ってる内容が理解できなかった。


「……お客さんからの指示なんだ。ウチの子と私が味わった苦痛と絶望を、是非あの親子にも味わってもらいたい、ってな」


 すごく淡々とヘルメットは続けた。

 そこで、俺は思い当たってしまった。


 ……あれか?




 切っ掛けは、そいつが毎日弁当を作ってもらってることだった。

 俺は毎日200円程度のパンひとつなのに。

 そいつは、毎日母親に弁当を作ってもらってる。

 チビのくせに。


 妬ましく感じて、そいつの仇名を「チビマザコン」にしてやったんだ。

 そいつ、黙ってた。


 怒らないのがムカついたから、軽くぶん殴ってやった。


 それでも何もしない。


 金を出せと言ってやった。

 別に小遣いが足りてないわけじゃなかったが、ちょっと興味あったんだ。


 こいつ、どこまで俺に従うのかな?と。


 じゃあ有り金出してきやがったよ。

 思わず笑ってしまった。どんだけヘタレなのよ。


 毎日毎日有り金奪って、ある日、そいつの財布が空になった。

 聞くと、もう貯金も何も無いんだ、とか。

 俺は言ったね


「明日までに財布をいっぱいにして来い。そうしないと叩きのめすぞ」


 そしたらさ


 そいつ、ビルから飛び降りて、死にやがったのよ。


 さすがに、問題になった。

 俺は学校に居られなくなって、転校した。


 そのときに、俺に興味がないと思ってた母ちゃんが、チビマザコンの母親から俺を守ってくれて。

 嬉しくて、胸がいっぱいになった。


 俺は愛されていたんだ、ってやっと分かったんだ。




「……心当たりがあったか? まぁ、どうでもいいけど」


 目の前のヘルメットは、心底興味なさそうにそう言ってきた。

 そして立ち上がり、スタスタと近くのフェンスに近寄って。


 手に持ってた、俺のスマホを、ブン! と振るった。


 すると。

 俺のスマホが、日本刀に化けたんだ。


 どうやったのか全く分からない。

 俺のスマホを何かに捧げて、代わりに日本刀ひとつと瞬時に交換したみたいだった。


 そして、ヘルメットはその刀を振るった。


 フェンスが斬られ、大きな穴が開いた。


 そして、言ってきた。


「さぁ、ここから飛び降りろ。それで僕の仕事は完遂する」


 ……冗談じゃない!嫌だ!!


 俺は逃げようと身を起こした。

 幸い、昇降口が今は無人だ!逃げられる!!


 だけど。


 ドスッ!!


 俺のふくらはぎに、何かが突き刺さった。


「ぎゃあああああああ!!!」


 痛みにのたうち回る。

 のたうち回りながら、見た。


 ふくらはぎに、忍者の投げる十字の手裏剣が刺さっていた。


「……手裏剣はまだあるぞ。今『創った』からな」


 フェンスの穴の傍で立ったまま手裏剣でお手玉しながら、そいつは淡々と言った。


「まだ立てるよな?さっさと飛び降りろ。ここは7階建てビルの屋上だが、絶対に死ぬと決まったわけじゃない」


「運が良ければ助かるよ。まぁ、一生車椅子は避けられんだろうけど」


 そいつの言い方に、俺は震えた。

 脅しじゃなく、事実を言ってるだけだ。それが肌で分かってしまったから。


 嫌だ……嫌だ……!


「……悪かったと思ってる……羨ましかったんだ……だから……許して!!」


「僕に言われても。お客さんが判断したことだしな。まぁ、諦めて飛び降りてくれ」


 ……話が通じない!

 嫌だ……助けて……母ちゃん……!!


 俺は泣いていた。恐怖で。

 気が付いたら嗚咽を漏らして泣いていたんだ。


 でも、あいつは何も感じないようだった。


「……まだ手裏剣が足りないのか?」


 ドスッ!


「あぎいいい!!!」


 手裏剣が、俺の頬に突き刺さった。

 苦しむ俺に、そいつは続けた。


「……そこで失血死するまで、手裏剣を浴びたいのか? それならそれでもいいが、僕はできればお客さんの要望は叶えたいんだがな?」


 フゥ、とため息をつきつつ


「……いいか? そこにいる限り、お前は死ぬまで手裏剣を身体に浴び続けることになるんだが、飛び降りればワンチャン、超低確率だが生き残る目があるんだぞ?」


 やれやれ、といった感じで、そいつは言い放った。


「どっちの選択肢が賢いのか、そんなことも分からないくらい、頭悪いのかね? お前?」




 ひゅうううううう


 風が吹いている。


 怖かった。

 足を引きずりながら、ヘルメットが開けた穴から、フェンスの外に出て。


 屋上の縁に立ち、下を見下ろす。


 30~40メートルはあるのだろうか?

 そんな気がした。足の震えが止まらない。

 涙も止まらない。


 ここから飛び降りて、生き残る未来が想像できない。


 踏み出せば、確実に死ぬ。


 でも。


 そうしなかったら、もっと確実に、「殺される」


 この、ヘルメットに。


 だからもう、やるしかないんだ……


 チビマザコンのやつが勝手に死んだせいで、こんな目に遭うなんて……!

 なんで……なんでだよ……!!?


 怖くてたまらなかった。だから、叫んで、自分を奮い立たせた。


「うおおおおおおおおおおお!!」


 声が尽きるほど叫んで、身を投げ出した。


 重力が、無くなる。


 落ちながら、思い出した。

 母ちゃんが、全く構ってくれなかった人生を。

 ずっと愛されてないと思ってた。

 でも、そうじゃなかったとやっとわかったのに。


「母ちゃん……」


 これから、だったのに。


 ドチャ!!!



★★★(下村文人)



 地面に激突した金髪の不良少年の姿を見下ろして。

 僕は一仕事終えたので相棒に連絡を入れる。


 この仕事用ヘルメットには、動画撮影機能、暗視機能、通信機能、様々な機能が内蔵されている。

 通信機能を起動させて、僕は相棒に連絡を入れた。


 1コール後に、すぐに相棒と連絡が繋がる。


 明るい少女の声だ。


「あやと~? 終わった?」


「……徹子、こっちは終わった。今、動画データを送る。後は頼む」


「ハイハイ~! こっちはやっとくから、明日、またいつものファミレスでね。じゃあ、お疲れ様」


 相棒が僕を労って、その後通信が切られた。

 これから、相棒が今下に居る不良少年の母親に、さっき撮影した動画を見せ。

 その反応を撮影した後、そのまま母親を始末することになっている。


 息子と自分の苦しみを味わわせてやりたい。


 お客さんからの要望だ。

 そういうことはなるべく叶えるのがプロの仕事ってものだろう。


 僕は殺し屋をしていた。

 一応、プロだ。

 ファルスハーツという組織に属する、プロ。


 そこの中の、とあるグループ……「セル」と呼ぶのだが……そこに属している。

 ファルスハーツという組織は、理解しがたい面がある組織で。

 所属員は、各々の欲望を追求することを生涯の目的にしていて。


 ウチのセルは……こういう復讐の依頼殺人を請け負うことに、欲望を、生き甲斐を感じてしまってる連中……そういうやつらの集まりだった。


 いいことをしている気は全くない。

 ただ、やりたいからやってるだけだ。


 ついでに言うと、金も貰ってる。

 今回の仕事に関しては、報酬で一人300万円。結構な額だろう?


 お客さんの本気の復讐を感じられる額を毎回要求するから、毎回たんまり貰っている。

 まぁ、使い道が無いから嬉しくもなんともないのだが。


 毎回、仕事の後のファミレスでのだべりは、いつもそれが話題だ。

 明日も多分、そうなるだろう。生きてれば。


 ……下の奴、まだ生きてるかな?

 ふと、思った。


 まぁ、救急車を呼ぶ気はないし、ここに都合よく誰か来ることもまずないから、仮にまだ生きててもどのみち結果は変わらんか。


 ミラクルに期待してくれ。生きてれば。


 ……申し遅れた。


 僕の名前は、下村文人しもむらあやと、コードネームは虐殺の刃ジェノサイドブレード

 職業は、高校生(2年生)。兼ファルスハーツチルドレン。シンドロームはモルフェウス/ノイマン。

 所属「闇の虎セル」の、薄汚い人殺しだ。

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