リモコン 4

 その日はそれから一度も早送り機能を使うことなく帰宅した。

 ベッドに入っても、なかなか眠ることができない。何が起きたのか考えようと、必死に気持ちを落ち着かせた。

 携帯の画面に表示された日付を見る。やはりぼくは3日後に飛ばされてしまったらしかった。


 考えられる原因としては、落としてしまってヒビが入った事以外にない。

 通常のリモコンと同じならば、あのボタンは長押しで早送りに、一瞬だけ押すとスキップになるはずだ。だが、壊れていないか確認しようとしてボタンを押した3日前のあの時は、すぐに指を離すようなことはしていないはずだ。


 スキップの機能は今までに一度も使ったことはない。早送りにしながら自分が戻るタイミングを見て決めなければならないからだ。そうしないと人生の辛い部分だけでなく、楽しい瞬間も逃してしまう。スキップの方を使うなんて考えたこともなかったくらいだ。


 ぼくはじわりと汗をかいていた。それはぼくの今後に関わる大きな問題だった。

 早送りにした時とは違って、3日間の記憶が全くないのだった。


 翌日も職場にはいつもの通りリモコンを持って行ったが、それを使うことは恐ろしくてできなかった。たった3日間でも、記憶の無い間の自分というのは全くの別人のように思える。同僚との話や仕事の面で大きく食い違うことは今のところはなかったが、それでも身に覚えのないことはちらほら起きていた。


 いつも仕事の間はほとんどずっと早送りにしているので、いざじっくりとそれに取り掛かろうとすると、気持ちの面では新入社員も同然だった。仕事内容ややるべきことなどは分かっていても、時間がたてば疲れも出るし、集中力も切れてくる。そうなれば、ささいなミスでも大きなものへとつながった。


 ぼくは上司に呼び出され、怒られていた。

 きっかけは記憶の無い3日間のあいだに頼まれていた仕事をすっぽかしてしまったことだった。はじめはそれについて軽く叱られて催促されただけだったのだが、それに急いで取り掛かろうとして小さなミスを連発してしまったのだ。

 これまでならこんな時間はさっさと早送りにするのだが、今はリモコンを使う勇気はなかった。次に何日後に飛ばされるか分からないし、その間の記憶の保証もない。

 人に怒られるのは久々の感覚だった。かなりのストレスを感じだが、じっと耐えるしかできなかった。


 いつもよりも遅れて職場を出ると、携帯に一件のメールが届いていた。見ると、歯科医院からだった。

 内容は初診の予約の日程が近づいているという知らせで、これもぼくの記憶にはないものだった。

 急に時間が飛んだことで動転しっぱなしだったのだが、実は昨日から時々奥歯にしみるような痛みを感じていた。多分3日の間のどこかの自分が、長年検診に行っていないからいい機会だと思って予約を入れたのだろう。

 予約が入っていたのは明日だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る