第31話 参考にならん


 

 訓練を終えてのランチタイム。

 近くのファミレスに足を運んだ五人は思い思いのメニュー頼み、昼食にありついていた。

 因みに冷士さんの奢りである。

 この程度の出費は痛くも痒くもないのだ。


「むぅ……」


 平たい皿に盛り付けられた和風パスタをフォークに絡めながら、午前中のことを思い出して唸る。

 というのも、だ。


「あれ? ひょっとして拗ねてます? 拗ねてますよね? 返事くらいしてくださいよー」


 視界にチラチラと映り込むミルクティ色の髪、癇に障る声音。

 左隣に座る天音が全ての原因だったりする。


 午前中の訓練の際に、俺は一撃たりとも天音に有効打を与えることが出来なかった。

 未だこの身体での動きに不慣れなのだとしても、実戦経験を考えれば有り得ない結果。


 有り体に言えば、凹んでいた。


「……ああ、ウザい」

「反応が死んでいますね。ついでに語彙も」


 隣でケラケラと笑い続ける天音に悪態をつくと、海涼からも言葉の槍が投げられた。

 否定できないのが悲しいかな。

 ため息も自然に出てしまうというものだ。

 そのままパスタを口へ運び気を紛らわせる。


「天音さんって戦えたんですか?」

「陽菜ちゃんの質問にはイエスでもありノーでもあるって感じですかね? だってボク、実戦とか無理ですし」

「俺だって初めて知ったよ……なんか最高難易度の格ゲーやらされてる気分だった」


 表現としてはこれが一番しっくりくるかもしれない。

 どんな攻めも全部読まれて受け流され、逆に相手の攻撃は読みを外して当てられる。

 後出しジャンケンで勝てないことが道理のように、根本から間違っているような感覚。

 そもそもの話、全部の行動を読んで対処出来る天音のような人間が珍しいわけで。


「ハッキリ言って参考にならん……」

「いやいやボクなんてまだ人間基準の動きしかしてないつもりですよ? 呪術師連中は上空5000メートルからパラシュートなしでスカイダイビングしても死なないでしょう?」

「いやそれ極一部だからな? 普通は身体がバラバラになって死ぬからな?」

「いるんだ、極一部……」


 なんか陽菜が遠い目をしているが、俺も気持ちはわかる。

 その辺の境地に至るようなやつは大概まともじゃないけどな。

 出来るとしても実際に行動に移すか? 正常な思考回路を持ってたらやらないだろ。


「でもまあ、成果がなかったでもない」


 ふと、天音との稽古を思い出す。

 少なくとも前との差異を確認するという意味でいえば、十二分に有益だったと言える。

 届く距離、届かない距離。

 歩幅の差や目線の低さ、それに伴っての動き方。

 小回りが効くようになった反面、膂力の低下やリーチの短さが目立つ。

 それらの感覚をチューニングしなければ先が厳しいことに変わりはない。


「遥斗くんは大変そうだね。こっちの二人も中々、直ぐにレベルアップとはいかないけれどね。僕の最愛の妹の可憐さはとどまるところを知らないけれど」

「それ以上喋らないでくれませんか、鳥肌が止まりません」


 海涼よ気持ちはわかるがストレートに言うのは少しばかり可哀想かなって思うんだ。


「陽菜はどうだった?」


 聞いてみると考える素振りを見せた後に、やけに神妙な面持ちになって口を開いた。


「……うーん。なんて言えばいいのかな。自分についていけてない? って感じ」

「どういうことだ?」

「――僕の予想でよければ話そうか?」


 要領を得ない発言に助け舟を出したのは、海涼ショックから蘇った冷士さんだった。

 ……前より立ち直るの早くなってない?

 海涼の方を横目で見れば、何かを察したのか小さく首を横に振っていた。

 処置なし、手遅れか。


「で、予想って?」

「当たり前のことだけど、人間誰しも成長する。それは呪術、ひいては呪力に関しても同じ。今の陽菜ちゃんは成長に身体と意識がついてきていない状態だろうね。最近何かあった?」

「最近……あっ、ありました。『呪魔』との戦闘で死にかけて……頑張ったんですけど力及ばず、はるちゃんがいなかったら――」


 ――死んでいた。

 陽菜はその先を言葉にはしなかったが、意図は伝わったのだろう。


「多分それだね。身体を限界まで酷使したというのなら急激な成長も説明がつく。その時、何か願ったことがあるんだろう?」

「――はい」

「願いは時に強い呪いとなる。鍛錬を続ければいずれ、陽菜ちゃんの力として身につくはずだよ」

「安心しろって。冷士さんはこう見えても特級なんだ、頼りにしていいさ」

「こう見えてもってどういうことかな……? ねえ、どうして僕の最愛の妹は僕と目を合わせてくれないんだいっ!?」

「ド変態シスコン野郎と合わせる目なんて持ち合わせちゃいねーんですよ」


 白桃のパフェをつつきながら、ケラケラと天音が呟きを放つ。

 この自称天才は誰にも止められない暴走列車。

 脱線横転なんのその、傍迷惑な天才だ。

 甘味を食べているからか口数は少なくなっているのが救いだろうか。


「それなら、海涼はどうだったんだ?」

「私の方はあまり変わりませんでした。斬れなかったですし」

「はははっ、僕の最愛の妹に斬られるのは本望だけれど、まだ死ぬ気はないからね。少なくとも最愛の妹が嫁に出るまでは……出る、までは……」

「悔しすぎて凄まじい形相になってんぞ」

「当たり前じゃないか。下手な男なら僕が斬り捨て……そうだ! 遥斗くんが最愛の妹を貰ってくれれば――ちょっ、その目はやめてっ! 嬉しいけど嬉しくない!」


 絶対零度にまで冷え込んだ海涼の眼差しが冷士さんを真正面から貫いていた。

 太陽の光に焼かれる吸血鬼のような反応で顔を両手で覆い隠す。

 指の隙間からチラチラ海涼を見てる時点で頭がアレであることを認めざるを得ないけれど。


「あのバカの言葉は忘れてください、先輩」

「えっ、でも」

「――忘れてください」

「あっハイ」


 なんでだろうな。


 有無を言わせない迫力ってこういう場面で出すものじゃないと俺は思うんだ。


「年下の尻に敷かれてますね」

「お前は少し黙れ」


 空いていたスプーンで掬ったパフェを天音の口に突っ込んで物理的に口を塞いだ。

 なんかニヤけてたのが心底悔しい。

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