第11話 確信犯か

 


「――なーんか協会のことを嗅ぎ回ってる連中が居るみたいなんですよね」

「おい、それって……」

「声が大きいですよ。恐らく敵は、はるはるの今を知っている。だからノコノコと鴨がネギしょって来たんですよ」

「俺のせいかよ」

「そういう可能性もあるって話ですよ早とちりしないでくださいって。ボクは絶対絶命完全完璧完膚なきまでにそうだと思いますけどねっ♪」


 ほんと揚げ足取りが容赦ないなコイツ。

 ケラケラと笑い転げる天音は心底楽しそう……もとい愉しそうに見える。

 天災的な天才の思考は俺には理解出来ない。


「……ん? なんでそんなことを榊が知ってるんだ?」

「そりゃあボクが誰よりも先に見つけて泳がせたからですけど?」

「確信犯か」

「褒めないでくださいよー。大して嬉しくもないので」


 言葉とは裏腹にめちゃくちゃ嬉しそうに身を捩りながら黄色い声を上げていた。

 天音が優秀なのは周知の事実ではあるものの、基本的には気分屋でムラっけがある。

 徹夜で部屋に籠って仕事をすることもあれば、打って変わって一日中寝ていることもしばしば。

 とはいえやることはやってる物だと思っていたが、今回のはどうなのだろうか。


「あー、別に気にしなくていいですよ。話は本部の協力者に送ってありますし、ボクは『何もするな』と釘を刺されていますから」

「それなら安心――」

「まあボクは承諾した覚えはないので好き勝手やりますけどね」

「急に不安になってきた」


 考えるまでもなく、その程度の注意でコイツが静かになるなら誰も苦労はしていない。

 天音と付き合う上での大原則。

 もぞりと芋虫のように擦り寄ってきて、何を思ったか俺の太ももへ天音の頭が乗っかった。

 横を向いているため顔は見えず、形の良い耳に流れたミルクティー色の髪がかかる。


「なにしてんの?」

「なにもナニも美少女の膝枕ですよ? 嬉しくないんですか?」

「それ言うの普通俺だと思うんだけど」

「はっ、つまりはるはるは自分こそが美少女だと世界中に叫びたい、と」

「どう曲解して紆余曲折を経たらそうなるんだ? ってか嗅ぎ回ってる連中の話はどうなったんだよ」

「そんなこともありましたねー。興味無さすぎて頭の隅っこに追いやったのでばっちこーいですよ」

「お前と普通の会話が望めないのはよく理解した」


 天音は話が二転三転して蛇足に逸れたかと思えば一回転して元に戻り、勢い余って突き抜けるような感じと表せばいいのか。

 赤子のように身体を丸めてテンションの高い語調で顔も見せずに話す天音は、思えば昔と変わらない。

 素を見せない、あるいはこれが彼女の素。

 知らないことだらけの関係。

 なんとなく、右手が天音の頭へと伸びる。

 僅かに硬いミルクティー色の髪を手櫛すと、彼女の肩が跳ねた。


「――っ、いきなり髪触るとはなんですか。セクハラで訴えてヒモにしますよ?」

「あ、悪い。つい手が伸びてた」

「手癖の悪い売れないホストじゃあるまいし。ほら、続けないんですか?」

「嫌なんじゃないのかよ」

「明言した覚えはありませんけど?」


 言って寝心地のよい場所を探すように頭の位置を変え、落ち着いたのか動きが止まる。

 天音が退く気がないのを悟った俺は猫を撫でるように再開した。

 途切れた会話。

 珍しく黙りこくった天音を珍しく思っていると、気づけば静かな寝息が聞こえてきた。


「おいおい……堂々と居眠りかよ」


 寝つきがいいのは知ってたがここまでか。

 さっきまで口が止まらなかった天音とは思えない静かさ……ずっと寝ててくれないかな。

 平和だ、あまりにも平和だ。

 問題があるとすれば俺自身が動けないことだが、二人が戻ってくるまでなら寝かせておこう。

 俺だって鬼じゃない。


「……嗅ぎ回ってる連中、ねぇ」


 細い髪を手で梳かしながら、天音が言っていたことを思い出す。

 危惧していたことが現実問題として迫っているとなれば、こちらも対策を進めておくべきだろう。

 少しでも使える手札は増やしておきたい。

 二人には……言わないでおこう。

 余計な心配を掛けたくないからシスコン野郎に丸投げだな。

 妹のことが関わるとポンコツを通り越して不審者と化す冷士さんだけど、本人の能力は疑いようがない。

 あの人が来たのもコレに関係しているだろうし。


「俺は俺が出来ることをしよう」


 独りで意気込み時計を見た。

 午後の6時を回っているようで、窓の外は深い青の帷が下りようとしている。

 薄明照らす街並みは平穏そのもの。

 しかし、呪術的に夕暮れ時は逢魔が時――呪いが活性化してくる時間。


「……あっ、帰りに夕飯の材料買ってかないと」


 ほどなくして報告を終えた二人が帰ってきたため、俺は長椅子に天音を放置して帰路につく。

 二人の目が怖かったがあれはなんだったのだろうか……謎は深まるばかりである。

 因みに夕食はカレーを作った。

 中辛を辛そうに食べる海涼がなんか可愛かった。



 ■



「――狸寝入りかい?」


 協会の休憩室に響いた男の声。

 長身で革ジャンとジーパン姿の優男が長椅子で眠る天音へ声をかけた。

 すると彼女は機敏な動きで起き上がり、


「乙女の秘密を暴こうとするのは感心しないですよ」

「おや、乙女なんて自覚があったのかい?」

「まだこちとら20なもんで。冗談は言葉と趣味の悪い格好だけにしてくれませんかね」

「これは手厳しい。僕は気に入っているんだけどね。残念ながら趣味が合わないみたいだ」

「ド変態シスコン野郎と趣味が合うくらいなら舌噛んで死にます」


 好意的な笑みを浮かべて天音は優男――氷上冷士へ言う。

 時刻は8時過ぎ。

 天音が休憩室で寝たフリを続けていたのは、冷士に話があったからだ。


「それで――首尾はどうでしたか」

「下っ端らしき人を3人ほど捕まえたけど、めぼしい情報はなかったね」

「期待はしてなかったですけどね。それで、今後の動きは?」

「予定通り宇宙一愛してる妹と至福の時を過ごしながら適当にゴミ掃除をしようかな」

「はるはるが使い物にならないので裏は任せますよ。支援が必要なら連絡を下さい。片手間にやっときます」


 天音の打診に冷士が少なからず動揺したように彼女を見た。


「……おや、協力してくれるのかい?」

「普段なら見向きどころか気にも留めないですけど、今回は別です。はるはるをあんな可愛い女の子に変えた奴へ丁重にお礼をしないといけないので」

「キミは他の人に興味が無いと思っていたが、遥斗くんは別なんだね」

「意外でしたか? ボクだって人間ですし人の情に飢えているんですよ、多分」


 ヘラヘラと笑いながら毛布を脱ぎ捨て、ばさりと長椅子に落ちる。

 いつものように狂気の仮面を貼り付けた天音は十分だとばかりに休憩室を出ていった。

 扉を閉めて明るい廊下に出た天音が伸びをしながら呟く。


「――はるはる成分も補充しましたし、たまにはお仕事頑張りますかねー」

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