「魔力の無い魔術師」5

  5


「この世に魔力の無い人間はいない」


 彼ははっきりした口調でそう言った。


 驚きが過ぎ去ると、今度は怒りが鎌首をもたげた。

 洗いざらい喋ったのに、隠すことなく喋ったのに、それでもそんなことを言うなんて。この人も同じなんだ。結局はぼくを馬鹿にするんだ。


「まあ、待て。怒る前に話を聞いてくれ」


 真剣な表情に機先を制され、ぼくはしぶしぶながら頷いた。


「そもそも魔力とはなんだろうか」


 彼が質問を投げかけてきた。


「え……?」


 言われてみればなんだろう。そういえば考えたこともなかった。


「魔力とは目に見えないものだとおれは思う」


 それはそうだ、とぼくは思った。


「似たようなものとして、体力がある」


 首を傾げながらも、ぼくは黙って聞いた。


「では、体力とはなんだろう。これも目に見えない」


 ぼくは頷いた。


「しかし、体力は確かに存在する。それは肉体を動かす力であり、肉体を通じて物体を動かす力だ。これがなければ人は自分の体を動かすこともできない。つまり、体力が無いということは、肉体的な死を意味する」


 なるほどそのとおりだとぼくは思った。


「では魔力はどうか。魔力も目に見えない。しかし確かに存在するのではないか」


 よく分からなかった。


「体力は肉体を動かす。肉体を通じて物体を動かす。では魔力はどうか。魔力は何を動かすのか。例えばこれを見てくれ」


 そう言って彼は、右肩に浮いているオーブに左手を伸ばした。両手で包み込むように胸の前に移動させる。オーブは両手の中で淡い光を放ちながら浮いていた。


「このオーブは、今魔力によって浮いている」


 ぼくは頷いた。


「しかし、魔力は見えない」


 そのとおりだった。


「だが、確かにある」


 なんだかおかしくなって笑いそうになったけど、彼は真剣そのものだった。


「では次に、これを見てくれ」


 オーブを右手の平に移動させると、彼は左手で傍らに落ちていた小枝をつまみあげた。


「これは何の変哲もない木の枝だ。しかし……」


 彼が左手を上に向けて指を離すと、小枝がオーブと同じ高さまで浮き上がった。右手にはオーブ、左手には小枝が浮いている。


「この木の枝も今、魔力によって浮いた」


 そう。彼が魔力を込めたんだ。


「こっちのオーブは、オーブそれ自体の魔力で浮いている。しかし、こっちの枝は、おれの魔力で浮いている」


 ぼくは頷いた。


「つまり魔力とは、体力と同じように物体を動かす力だ。このオーブは自らの魔力によって自らを動かしている。これは体力が直接肉体を動かすことと同じだ。一方、こちらの枝はおれが魔力で動かしている。これは体力が肉体を通じて間接的に物体を動かしていることと同じことだ」


 何かが分かりかけている気がした。


「では、おれは何を通じてこの物体を動かしているのか。それは実際とは違うのかもしれないが、おれはこう考えている。おれは精神を通じてこの物体を動かしている。つまり魔力とは、意思の力だ。体力は肉体に宿り、魔力は意思に宿る。おれはそう思っている」


 体力は肉体に宿り、魔力は意思に宿る……。ぼくは彼の言葉を心の中で繰り返した。


「体力がなければ肉体は滅びる。では同じように、魔力がなければ意思は滅びるのではないだろうか。とすれば、意思がある限り、魔力はそこに存在するのではないだろうか」


 ぼくには答えられなかった。胸が一杯で、何かが弾けて飛び出しそうで、何か言いたいのだけど、言葉にしたいのだけれど、あまりにも胸が一杯で、ぼくは彼の言葉を繰り返すことしかできなかった。


「意思がある限り、魔力は、ある……」


 ぼくは、やっとの思いでそう言った。

 彼は深く頷いた。彼が左手を枝の下からずらすと、枝は浮力を失って地面に落ちた。枝自体には魔力がないから。彼が右手をオーブの下からずらすととオーブは右肩の上に戻った。オーブ自体に魔力が込められているから。


「おれはそう思う。だから、この世に魔力の無い人間はいないと思う」


 真剣な目がまっすぐにぼくを見ていた。でも、納得しちゃいけない。これで納得しちゃいけないんだ。ぼくは必死にそう思った。多分、これを鵜呑みにしたら、ぼくの過去が、これまでのぼくがすべて否定されてしまう気がしたから。


「で、でも。みんながみんな魔法を使えるわけじゃないです」

「うむ」


 意外にも彼は素直に頷いた。ぼくは拍子抜けした。


「じゃあ、今の説明は……」

「うむ。確かにみんなが魔法を使えるわけではない。しかし断言しよう。魔力の源がどこにあるのかおれは知らん。しかし、この世界に生きる人間ならば皆魔力をもって生まれてきている。そして、それを魔法として使えるようになるかどうかは、その後の生き方次第だとおれは思う」

「どうして、そう言い切れるんですか」


 そう尋ねると、彼は当然のように言った。


「ディザリル以外の街で生まれても、魔術師になれるからだ」

「えええっ!」


 ぼくは思わず叫んでいた。

 

 

 

 

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