「魔力の無い魔術師」3

  3


「ふむ。どうやら無事だな」


 白地に金の刺繍を施した、最高位の魔術師だけが着ることを許されたローブ。頭にはふんわりと紺色の羽根帽子を乗せている。右肩には金色の宝玉――太古の英知を秘めたといわれるオーブが浮き、両手の指には水色の石が嵌め込まれた指輪がズラリと並んでいる。

 耳飾りの宝石も同じ色。おそらくウェルゼ湖の湖底で採れる最高級の魔法石。術者の魔力を増幅し、魔法の効果を高めるという。


 まだ若い。だけど、その姿はまごうことなき最強位の魔術師。


「下位魔術師か。随分と軽装だな。油断していたか?」


 ぼくの装備、といっても外衣――ローブしか身に着けていないぼくの姿を見下ろして、彼が感情を感じさせない声で言った。


 ぼくはすくんでしまった。


「あ、いえ…」


 すると、不思議なことが起こった。最高位魔術師が首を傾げたんだ。


「ふむ。何か悪いことを言ったかな?助けない方が良かったか?」


 ぼくは慌てて首を横に振った。


「そ、そんなことはないです。あ、あの…。ありがとうござい…ます」


 最後は消えそうな声になってしまった。だって、最高位魔術師と話をしたことなんて、なかったから。


「そうか。それならば良かった。とりあえず、立てるか?」


 伸ばされた右手を掴む。魔術師とは思えない、力強い手。その手の強さに驚きながら、引き上げられるように立ち上がる。

 立ち上がっても、視線は彼のほうが10センチ以上も高かった。


「一応、話を聞こうか。ここで何をしていた?この辺りは滅多に人が来ない。ゆえに、魔物も多い。ガンティサプアなどかわいいものだが、下位魔術師なら追い払うくらいできたろう。背中を向けて逃げるとは思わなかったぞ」


 彼に問い詰められて、ぼくは言葉を失った。なんと説明すればよいのだろう。何も、言えない。

 すると、またも不思議なことが、いや、驚くようなことが起こった。


「あ~、その、なんだ。言い方が悪かった。すまなかった」


 彼が困ったように頭をかき、両手を合わせて頭を下げたんだ。


 最高位魔術師が、謝っている?下位魔術師にすぎない、このぼくに?

 そんなことがあり得るのだろうか。ぼくは夢を見ているのだろうか。着ているローブの色で絶対的に差別されるこの街で、この魔術師の世界で、雲の上の存在ともいえる最高位魔術師が、このぼくに?


「口調がきつい、責めているようだ、といつも言われるんだ。そんなつもりは無いのだが、そう聞こえるらしい。気を付けてはいるのだが、すまなかった。おれも駆け出しの頃は、上位の奴に下に見られて悔しい思いをしたものだ」

「あ、いえ…」


 ぼくは慌てて否定した。彼の言っていることは間違っていない。間違っているとすれば、ぼくにはそもそも追い払う力すらなかったという事実だ。


「まあとにかく、この辺りに来るときは気を付けることだな。おれも滅多にここには来ない。腕試しなら人の多い南がいいだろう」


 ぼくは迷った。彼の忠告を聞く振りをしておけば、この場はそれで収まるだろう。改めてお礼を言って、彼は去っていく。事実を知らずに去っていく。そして、二度と会うことはない。


 それでいいはず。

 だけど…。

 だけどぼくは、なぜか真実を伝えたい気持ちになっていた。


 なぜなのかはぼくにも分からない。

 ただ、彼になら、言ってもいい気がした。

 だからぼくは言ったんだ。


「腕試しじゃないです。油断していたのはそうですけど、追い払えなかったわけじゃないです。あ、えっと、そもそもぼくは、追い払うことができなかったんです」


 何を言っている?という風に彼が首を傾げた。

 ぼくは一息ついてから続けた。

 その言葉を。


「だってぼくは、魔法が使えないんですから」

 

 

 

 

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