第8話 “神速”の槍

 大将が、陣の最前列中央で突撃を仕掛けているなど、レーヴェンあたりはあきれ返るかもしれない。しかし、これこそが神速ゼラの戦だった。

 砂風を感じていた。後方の一万の騎兵は一糸乱れずに付いてきている。気を抜けば、ゼラですら追い越されてしまうだろう。戦場に於いてこれほどの疾走を見せる軍は、大陸中でゼラの軍だけだった。

 ユウの姿が見えた。敵陣中央。ゼラの軍は旋回しながら疾駆し、前後を逆転させていた。今は、ユウの軍の後方をとらえている。ゼラは無心に横並びに走っていた騎兵から、槍を奪い取っていた。手に持っていた得意の長剣は、捨てた。


― 一気に、刺す ―


 ゼラの騎兵一万が、一振りの大槍のようになった。恐らく、シン・カシアムですら舌をまくような鋒矢の陣だった。

 突き刺していく。ユウの軍が反転しようとしたが、もう遅い。他の兵には目もくれず、ただ槍で薙いでいった。

 届く。ユウに、槍先を向けた。


「ユウ!覚悟!」


 ユウが振り返り、目を見広げた。殺れる。

 ゼラは、ユウの心臓目掛けて神速の槍を突き出した。しかし――


「無礼者!」


 またしても、ユーリだった。ゼラの槍は剣で弾き落とされていた。二撃目は、腰に差した短剣を抜きながら受けるしかなかった。


―良い。このまま貫く―


 短剣をもう一つ抜いた。抜刀の勢いのままユーリの馬の頭を切り落とし、そのまま敵陣を駆け抜けた。ゼラにとってはこれで充分だった。これで、後方の瓦解は防げた。ユウもここで足止めすることができる。

 喊声が上がっていた。ユウの陣を突破しきった後、レーヴェン本隊の方を見ると、信じ難いことにトマの騎兵がユアンの本隊の横腹に突き刺さっていた。トマの騎兵はわずか三千にも満たなかったはずだが、レーヴェンの策が嵌ったというのだろうか。ゼラは自軍の策士に末恐ろしい思いを抱いた。しかし、それはゼラの買い被りと言わざるを得なかった。なぜなら、この突撃はレーヴェンの思惑とは別のものであったからである。

 その三千の騎兵は、神聖王国騎士団第二軍軍団長 ロンド・タナシィが率いていた。

 馬鹿な。ゼラは思わずつぶやきそうになった。ロンド・タナシィは首都リアのさらに奥地でゲリラ軍の鎮圧にあたっていたはずだ。ゼラの馬が疾駆で駆けたとしても、三日はかかる旅程である。


「そうか…トマか!あやつめ、たばかりおって!」


 トマが自分の兵に紛れ込ませていたに違いないとゼラは思った。あきれ返るほどだった。シンの時といい、この男の智謀はレーヴェンに匹敵するかもしれない。敵を欺くにはまず味方からというが、ここまで鮮やかに騙されては腹の立てようもなくなる。レーヴェンも、恐らく腹を立てるどころか不謹慎にも剣を振るいながら笑いが止まらないのではないかとゼラは思った。


「よし、このままレーヴェン将軍の後方に着く。我が軍は支援に回る。トマに花を持たせてやろうではないか」


 アリィのことも気になってはいた。イリーナと合流した方がよいかもしれない。ここは、レーヴェンの後方を固め、ユウに反撃の機会を与えないことだ。ユウは明らかに焦っている。捨て身の突撃を仕掛けられることも考えられなくはないのだ。

 ユアンの軍が、見る間に瓦解していく。五万の軍がだ。トマの智謀には恐れ入ったが、ロンド・タナシィ。この男の指揮の破壊力もすさまじい。率いているのは間違いなくトマの騎兵なのだが、別の軍にも見える。

 コキアの軍も、ようやく収拾を取り戻しているようであったが、既に機は逸している。今度はトマの軍が、良くコキアの軍を抑え込んでいるのだ。この戦況を見るに、大勝利と言えた。これほどの勝利が、この戦で得られるとは、誰もが思っていなかっただろう。


 ゼラはイリーナと合流を果たした。アリィの様子は、少しずつ落ち着いてきているとのことだった。少し安堵はしたがまだ気は抜けなかった。


「ゼラ様。ユウ・セセイですが。ここで叩きますか?」

 

 イリーナは、あくまで冷静である。


「それもいいかもしれないと思っている。しかし、下手に動いて逆撃されてもかなわないな」


 ここは、守勢にあった方がいいかもしれない。ユウの軍もまた、体制を立て直している。攻めてを考えているのだろうが、ここでゼラが陣を固めれば、最早打つ手はなくなるのだ。そして、その間にユアンの軍は締め上げられていく。

 一刻半もした時だった。ユアンの軍がたまらず撤退を開始していた。ここは、追撃の一手しかない。トマもそれを分かっているようだった。コキアの軍を捨て置き、ユアンの軍に襲い掛かっていく。ロンドは、敵陣の中で暴れまわっているようだ。

 突撃の準備をしていると、レーヴェンがゼラの前に現れた。


「ゼラ。ユウへの一撃は見事だったな」


「初めから折込済みであったのでしょう。ザセイダ様も貴殿も、私を過剰に評価しておられるのです」


「まぁ、今回はトマの手柄だったな。ロンドのおっさんがびっくり箱からでてきたら、俺でも飛んで逃げ出すさ」


「確かに」


 少々笑えた。ロンド・タナシィの強面は、此度の戦で大陸全土に知ら占められるだろう。だが、それはゼラの“神速”の異名とともにではあったが。


「して、ゼラ」


「はい」


「このまま、敵首都まで進行しようと思うのだが」


 ゼラはそれを聞いて、二度笑うことはできなかった。






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