6.3通目と4通目と5通目
「素敵なお店ね! 早く行ってみたいわ!」
ほらほら早く日時を決めてデートに誘いなさいな。もう目の前よ、色々と。彼女に会いたいでしょ? 彼女の方もきっと同じ気持ちよ。
「明後日の金曜日の夜はどうですか?」
今回はすんなり打ってくるじゃないの。これはもう決めていたのね。いいことだわ! あたしまでドキドキしてきた。彼女の返事が気になるわね。
もしその日がだめでも別日を用意するのよ。諦めたり、へこたれちゃダメよ!
「ごめんなさい。その日は別の予定がもう入っているの。他の日にしてもらえない?」
金曜日の夜だものね。そりゃ予定が入っていても仕方ないわ。次よ、次!
「それなら来週の金曜日でどうですか?」
次の予定がすぐ出てくるのはいいわね。あたしなんか予定もないのにいつもここに居なくちゃいけないんだから。華の金曜日という日に、外へ出て行けるあなたたちがうらやましいわ。
「OK! 学校があるから18時くらいでいいかしら?」
このくらいの英文だったら中学生でも分かるでしょ! なんでいちいちあたしに打ってんのよこの子は! あたしはあなたの恋の行方が分かって楽しいけど!
「もちろんです。僕は英語があんまり話せないので、つまらないお話をしてしまうかもしれませんが、楽しみにしています」
待ってよ待って。そんな文章で本当にエンターキーを押すつもりなの!? こんなの自分が痛くないように安全圏を広げただけの言い訳じゃない! こんなのでエンターキーを押されたらあたし、全然違う文章に変換してやるんだから。
最近ではAIと同期してこの文章から言いたいことを推察できるようになったの。あなたの言いたいことなんてお見通しよ。こんなへたれな文章打ったら承知しないんだからね。さっさと打ち直しちゃいなさい!
「もちろんです。僕はあんまり英語が話せないですが、次に会うまでに少し勉強しておきます」
あら~、良い文章じゃない。そうよね。やっぱりあたしなんかを通さないで、直接コミュニケーションが取れた方がいいもの。あたしがいることで世の中は便利になると思うわ。
でもね、結局は人間と人間の気持ちの問題だと思うのよ。あたしは言葉が分からない国の人間同士でも、努力や能力に関係なく意思疎通ができるようにするためにここにいるわけだけど、相手が何を考えているかとか、どういう気持ちでいるかっていうのまでは分からないもの。
話し言葉で文章を書かれると上手く翻訳できないのよ。ほら、話し言葉ってさ、時代や地域によって全然違った意味になったりするじゃない? だからそういうことは難しくてできないの。これがあたしの限界。
だけど人間はすごいわ。相手を思う気持ちがあれば、その壁を越える努力して、実際超えちゃうんだから。
今回も、始まりはあたしの力で意思疎通ができたけど、ここからはこの子たちのお話。もうあたしみたいなオカマの出る幕じゃないわ。
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