第三話 展示室にて

「隣のガラスケースを見てごらん」

 ピクシーに意識を持っていかれていた慶太は、主の言葉に反射的にノームのいたガラスケースの隣を見た。そこには手のひらに収まりそうなヘビが一匹、とぐろを巻いて寝ていた。不思議なことにそのヘビは炎に包まれている。火の中で快適そうに寝ているヘビが珍しく、ついマジマジと見てしまう。すると、パチリと目を覚ましたヘビと真正面から目が合ってしまった。ヘビなど、テレビの中でしか見たことがない。その上、火に包まれてるいるのだ。思わず身構えると、ヘビはクワッと大きな欠伸をしたあと、ハフっと炎を吐き出してまた寝始めた。炎を吐き出した時に数歩下がれば、「防火ガラスだから気にしなくていいよ」と主に背を支えられた。

「このヘビは何ですか?」

 慶太の問いに軽く笑いながら、主は「サラマンダーだよ」と答えてくれた。サラマンダーと言えば火の精霊だったはず。なるほど、だから炎に包まれているのか。だが、サラマンダーとは火を吐くドラゴンを想像していたので、少し調子が狂う。この、手の上に乗ってしまいそうなヘビが、サラマンダー……炎が無ければ普通のヘビと勘違いしそうだな、と慶太は思った。

 サラマンダーへの関心が薄れてきたのを察したのか、主はシルフィードの隣にあるガラスケースを指さした。

「あの子はちょっとマイナーかもしれないね」

 指された方を見ると、まず目に入ったのは鮮やかな赤い花だった。視線を上げていくと、その上にまだ幼い少女が居た。正確には、花から少女が生えていた。少女の目と髪は鮮やかな緑で出来ており、茨を身体に巻き付けているのが特徴的だった。

「あの子は、誰ですか?」

 花から生えている少女ということに、反射的に身構えると、主はカラカラと笑った。

「アルラウネと言うのさ。聞くのも初めてかい?」

「……はい」

 少なくとも、慶太の知っている漫画やゲームには出てこない。その姿の歪さに、慶太は主の影に隠れた。その様子にまたカラカラと笑い、主は慶太の頭を撫でる。子供扱いだと普段はいきどおるところだが、今はなぜかそれが心地よかった。

「アルラウネはマンドラゴラの女性版とまで言われているが、ここの子は無害だよ。ほら、構って欲しそうにこちらを見てる。手を振ってあげてくれないかい?」

 主の影からひょっこりと顔だけ出すと、ガラスケースの向こうで、少女が嬉しそうにこちらを見ている。ソロリと手を振ると、少女は嬉しそうに両手をブンブンと振って答えた。ガラスケースの中の音は慶太にはちっとも聞こえない。だが、何となく、嬉しそうな声をあげているのだろうと口の動きで分かった。

「……近付いても、大丈夫ですか?」

「もちろんだとも! 久方ぶりのお客様に喜んでいるようだ。残念ながら会話は出来ないが、きっと構わないだろうさ」

 主の言葉を信じ、慶太はおそるおそるアルラウネへと近付いた。彼女はよほど嬉しいのか、下半身の花をフワッサフワッサと動かす。それに一瞬驚いたが、そっとガラスケースに手を当ててみた。そうすると、少女は嬉しくて堪らないと言う顔で、慶太の手に自分の手を当てた。

 愛らしい、少女だった。

 慶太が見てきた女子は、まるで鬼のように思えたが、この子は違った。『無害』だった。

 それに、なぜか救われた気がした。

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