謎の少女と同居したら、「カルピス原液か」ってほど甘々な世界線に分岐した話

猫目少将

 

1 天使(自称)の同棲志願

1-1 「世紀末救世主伝説」……じゃなかった「新世紀巨乳天使伝説」だった

「あなたはもう死んでますよー」


 どこかで聞いたことのあるセリフだ。


 言い放ったのは「七つの傷を胸に持つ男」ではなく、「ふたつの胸が大きな女の子」だったが。


 春の日曜日、一人暮らしボロアパートの朝のベッド。寝てる俺の上にまたがって、にこにこ微笑んでいる。俺、「いろいろ盛り」の高校生だし、極まってエロ夢見てるのかな。


「……誰だよ、お前」

「天使さんですよー」

「なんだそれ。なんの冗談だよ」


 俺は寝起きの頭をかいた。くそかったるい授業のない日曜に、朝からわけわからん女が部屋に侵入とか、冗談かよ。


「風俗の人なら、多分隣のおっさんだよ。あんた部屋間違ってるぞ」


 あのおっさんも、日曜の朝早くから風俗呼ぶとか、どんなだよ。


「フーゾクってなに?」

「それに俺んちの鍵、どうやって開けたんだよ。俺昨日、鍵掛けずに寝ちゃったか」

「天使は空から降りてこられるから」

「天使?」

「そう」


 マジ顔じゃん。アブない人だなこれはw


 よくわからないが、天使ってのは、なんやら白いふわふわした衣を身に纏い、輪っかとか羽とかくっついてるもんじゃないのか? こいつは衣こそなんかふわっふわしてるけれど、羽も輪っかもない。


 それに肩とか太ももとか丸出しの超絶露出だし。なんか天使というより色魔というか。もう少しでパンツ見えるだろ、これ。それも「穿いてれば」の話で。


「やっぱ風俗じゃん」

「だから、それなに?」


 とはいえ、よく見てみれば嬢にしては若すぎる。年齢は俺よりふたつほど若いくらい。十五になったかどうかくらいだろ、これ。長い髪はウエーブがかかっており、金髪というよりも黄金こがね色。瞳は赤く、奥のほうが金色に輝いている。日本人かも微妙だ。


「要するにやっぱ夢ってことだな」


 横になったまま手を伸ばすと、自称天使の胸を揉んでみた。やはり大きい。それに下着は着けてないようだ。どうやらパンツも怪しいな。


「なっなにするんですかっ!」


 あわてて胸を覆って、俺を睨んでいる。まあ今さら手遅れだが。反応鈍いな。


「夢だったら、ほっぺつねるだろ」

「こっこれは、ほっぺじゃなくて胸だもん」

「なら……」


 天使(自称)の頬をひっぱった。びよーんとよく伸びる。


「ひたいひたいー」


 手をばたばたさせている。裾をまくってパンツを確認しようとしたが、思いっ切り服を押さえられた。


「……どうやら夢じゃないみたいだな。あんた誰だよ」

「自分のほっぺをつねってよ」

「はあ? また胸揉むぞ」

「えっええっと、あなたはもう死んでますよー」


 涙目じゃん。


「それ聞いた。……ていうか、そろそろ俺の腰から降りろ。エロコスプレ」

「えっ……。あっ。なんであなた私のパンツの下にいるのよ」

「知るか」(そうかパンツは穿いてたか)


 腰を掴むと、まっかになって暴れる女をベッド脇の椅子に座らせてやった。クレーンゲームかっての。あと、たしかに白いパンツを穿いてた。レースのフリルが全周に施してある奴。女は胸の隙間に手を入れると、なんやら知らんが革の書類を取り出した。


「はあはあ……。なになに……えーと海士直哉あもうなおやよ」


 目を細めて書類を睨んでるな。てか俺の名前、どこで調べた。郵便受けにも書いてないのに。


「汝、入滅にゅうめつせし身はすみやかに往生おうじょうせよ。未練遺恨……えーと……煩悩を滅して冥府道標を辿り、……えーとなんて読むのこれ……もって泉下せんか御霊みたまとなれ」


 なに言ってるかわからんが、棒読みだ。本人も意味わかってないんじゃね。


「わかりましたか」


 にっこり微笑んだ。


「わかったから、もうどっか行きな」

「えっええっとあの、は、話を……」


「アレな人」を、俺は玄関から叩き出した。


 なんだよあいつ。どこの隙間から入ってきたんだ。Gかよ。まあ生まれて初めて女子の胸を触れたから、ラッキーではあったけど。……あんなに柔らかいんだな、粘る感じで。


「まあいいか。ラッキーではあったし」


 自分にそう言い聞かせるとジャージを脱いで、Tシャツとデニム姿となった。カーテンを引くと、まばゆい朝の陽が射し込んでくる。


「いい天気じゃん。春の日曜は気持ちいいな。……まあ寝起きは最悪だったが」


 このボロアパートは気に入ってる。部屋は古くてガタガタだが、陽当たりがいい。おまけに安い。それもこれも隣が墓場だからだ。


 俺は幽霊の類をまったく信じていない。墓場だから見通しもいいし、それに静かだ。たまに線香臭い程度が難点のこの部屋は、まさに理想の住まいだった。


「さて、飯だ飯」


 朝飯代わりのヨーグルトとバナナを食べ、スマホをチェックする。意外にも妹のしおんからメッセージが来ていた。俺は東京でひとり暮らしだが、あいつは長野で母親と住んでる。志望の高校に入れたのはいいが「数学が難しい」とか泣き言が書いてあった。


「知るかハゲ」


 ――的なスタンプを送ろう思ったが、思い直して「数学は大事だから、人より遅れていいので頑張れ」と送った。


 ひとつ下の妹の前でだけは「いい兄貴」でいたいんだ。一緒にいるとウザいけど、離れてるからかな。知らんけど。


 残ってたペットの茶を飲みながらごろごろ。ふと思い立ってアパートの玄関を開けると、さっきの「アレなヒト」が外廊下に座り込んでた。


 なんか知らんが泣いてるし。膝を抱えているからパンツ丸見えだ。人が見たら、俺が泣かせたみたいじゃん。


「……なに泣いてんだ、あんた」

「だ、だって。あなたが天国に行けなくなっちゃう……。そっそれに、わっ私もまた怒られる……」


 訴えるように俺を見つめる大きな瞳から、透き通った涙の粒が次々に湧いて出ては、こぼれるように落ちてゆく。


 言ってることわけわからんが、このままにしてなんか通報されたりしたら面倒だ。親に連絡するとかなったら、超困るし。引きこもり気味でサボってばかりだから、ただでさえ学校から睨まれてる。余計なトラブルはごめんだ。


「怒られる?」

「いっ、行くところない……。追い出されたから」


 すがるような目つきだ。


「仕方ねえなあ……」


 思わず溜息が漏れた。


「……まあいいや。退屈な日曜だし。とりあえずお茶飲んでけ。昨日の余りもんだけど」


 扉を大きく開いてやると、泣き顔のまま微笑んだ。




 あとあと考えたんだが、ここで入れてやったのが、世界線の分岐フラグだったんだ。天国のような地獄のような俺の甘々な日々というね。

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