第16話 悲しい別れ

 あの人との生活はたった3年ほどしかなかった。

もともと家門のための婚姻だったが私にはさほど抵抗感はなかった。

そんな時代だったから。


 でも、私はその夫にすぐに惹かれていった。

麗しい目元に穏やで優しい声、私を包み込む大きな手のひら。

一緒に眺めた都が朝陽に照らされる景色は美しく、このまま同じ時を同じ思いで歩いていくのだと感じていた。


 でもそれは私一人の勝手な恋心だった。

そのことを知ったのは私自身が毒殺されたときだった。

なんと哀れなのだろう。

なんと愚かなのだろう。


 穏やかな日々が奪われたのは急に父上が亡くなり兄上が家督を継いだ直後だった。

物静かで優しい兄上は政敵に陥れられ罪なき罪を問われた。

それからあまり時を待たずに私は実家に戻された。


 そう、そして蝋梅の咲く寒空の下で一人肩を震わせながら泣いていた。

家門を守るためには私を捨ててしまう夫の冷たい眼差しを理解していたし、そうすることがこの時代においては正論であったとも分かってはいた。

 でも、心のどこかでいつか夫が迎えに来てくれるのではないかと微かな期待もあった。その夫に殺されるなんて甚だ自分が馬鹿らしくなる。


 泣き続けて何日目のことだっただろうか。

夫から見舞いの菓子が届いたと侍女が届けてきた。

やはり私のことを思ってくれていると受け止めて、一緒に暮らすことができない身の上に更に泣いた。泣きながらその菓子を一口含んだ。

直後に喉が焼けるように感じ息ができなくなった。最大限の苦痛と共に身をよじり口から泡を吹き私は息絶えた。


 記憶が蘇ったものの今の私には何も出来ない。

過去の私に忠告することや毒菓子を池に捨てることもできなければ、夫を罵ることもできない。


 何かに触れることも声を出すこともできない。

過去の時代に関与することは何もできない。

ただ、記憶を見つめるだけなのだ。

 

 




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