第47話 蓋然性


『秀樹おにいちゃん』などと恥ずかしげもなく子供のころの呼び名を使った涼子に何かあったののだろうか?



『吉田少佐に縁談が持ち上がっています』


「ワンセブン、あまり人のプライベートには立ち入らない方がいいぞ」


『了解しました。ただ、重要人物についての動静は確認して、常に予測を修正していく必要がありますので、情報収集は続けます』


「ほう。涼子はワンセブンが情報収集する必要があるほどの重要人物だったのか?」


『もちろんです。吉田家はいまや皇国での序列は実質二位です。その後継者の可能性があると同時に、村田家にとっても重要な人物です』


村田家うちにとって?」


『村田家当主の配偶者の可能性が高いという意味です』


「俺と涼子がか?」


『そうです。蓋然性を数字でお教えしましょうか?』


「いや、いい」


『縁談が持ち上がり急に「秀樹おにいちゃん」。どうです? 考えさせられませんか?』


「……。もういい」


『了解しました。

 最初の特殊探査艦の就役予定は二週間後になります。その後一週間毎に就役し、最終的には総数二十四隻の就役を見込んでいます。作戦予定宙域の精密星系探査図の製作完了は十カ月後を見込んでいます。その後空いた造船設備については、武装資源開発艦の建造に取り掛かります』


「分かった。スラビアの大華連邦内の戦力についてはどうだ?」


「こちらの予測どおりスラビア軍は司令部を置く大華連邦旧首都星系から、侵攻艦隊を大華連邦新首都星系エンアンに向けて出撃させました。わが方は作戦通り第1遊撃艦隊が先回りして、スラビア艦隊の進出の妨げになる軍艦および防御施設をある程度無力化しています。最終局面においてスラビアの侵攻艦隊に随伴する補給艦を破壊し撤収する予定です。

 大華連邦につきましては、一両日中にわが方の提示した講和条件を受諾するものと思われます」


「大華連邦もこれで新首都星系周辺部だけを残す中小国に成り下がるな。しかも、スラビア軍の主力も作戦能力を失って、策源地に撤収もままならなくなるわけか。一石二鳥、夷を以て夷を制すとはこのことだな」




 大華連邦新首都星系方面に進出したスラビア軍決戦艦隊に対し、大華連邦では散発的な迎撃を試みたが、そのほとんどが空振りに終わっている。決戦艦隊の出現位置から大華連邦側でも決戦艦隊の作戦目的は理解しているはずだったが、迎撃はちぐはぐで不十分だった。


 スラビア軍の決戦艦隊はさらに進出を続け次のジャンプで新首都星系エンアンの安定宙域にジャンプアウト可能な位置まで進出した。


 今回の遠征においては突入用のダミー艦を伴っていないため、突入時それなりの被害が予想されたものの、複数ある安定宙域に対して大華連邦側が十分な迎撃用の戦力や施設を用意しているとは考えられないため、致命的な損害を受けることはないと考えられている。



 スラビア軍決戦艦隊は現在安定宙域内で、次のジャンプに備えている。


 ここは、決戦艦隊旗艦、巡洋戦艦クズネスク。


「提督、当星系の中心恒星方向より接近する艦隊を捕捉しました。質量的には中型の巡洋艦、それが四隻編成です」


「大華連邦にまだ巡洋艦が残っていたのか? まさか、敵はわが方の輸送船団を襲っていた例の異常なまでに高い錬度を持った艦隊ではあるまいな。ここまで来て迎撃戦闘はなるべくならしたくはないが、敵首都星系に突入後後方から攻撃を受けたくはない。艦隊は反転し、敵艦隊を撃破する」


「艦隊、敵艦隊方向に回頭!」


「本艦、敵艦隊方向に回頭します」


「補給艦は後方に移動」


「敵艦隊反転始めました!」


「なに? 一体どうした? まさか、超遠距離から誘導弾攻撃でも仕掛けてきたのか?」


「誘導弾と思われる質量は敵艦隊から分離していません」


「それでは、連中は、われわれに恐れを抱いて逃げ出したというのか? よくわからん連中だな。たかだか巡洋艦四隻でこちらの艦隊に挑むということは自殺行為ではあるか。少し理性があったということだろうな。逃げ出したものを追う余裕はないが、敵首都星系にジャンプアウト後、駆逐艦を安定宙域に配置して警戒はしておいた方がいいな」




「司令、輸送艦CR01より通信入りました。読み上げます『CR01、中口径砲弾多数を被弾し大破。機関故障、操舵不能。艦長以下死傷者多数なるも、爆沈のおそれなし』以上」


「中口径砲弾多数・・とはなんだ?」


「異常に錬度の高い敵艦隊がわが方の輸送艦隊を襲撃しているといううわさがありましたが、やはり先ほど反転した四隻がその艦隊だったのでは」


「バカをいうな、いくら錬度か高くとも、あの距離で砲撃が多数・・命中するはずはないだろう。攻撃を受けたとか言っているが、CR01は本当に攻撃を受けたのか? まさかサボタージュじゃないだろうな。観測室にCR01の状況確認をさせろ」


「了解。観測室、輸送艦CR01の状況を確認せよ」


『観測室、輸送艦CR01の状況を光学観測により確認します』



「先ほどの敵艦隊は反転後惑星帯に逃げ込んだようです。現在捕捉不能です」



『こちら、観測室、多数の直撃弾によると思われる破壊により、CR01の外装は完全に破壊されています』


「司令、CR01はいかがいたしましょう?」


「連れていけないなら、拿捕されぬよう、自沈させるしかなかろう。乗員は駆逐艦に移乗させて、自沈させよ」


「了解しました」


 ……。


「CR01、乗員退避完了しました。艦長以下18名が戦死したようです。外科対応が必要な負傷者は設備の揃う大型艦に移送しています」


「仕方がない。轟沈して全員戦死しなかっただけ良しとしよう。艦隊各艦はジャンプ準備急げ」


 ……。


「司令、CR01を除く、艦隊全艦ジャンプ準備完了しました」


「CR02一隻だけでは、今後の作戦遂行に支障が出るが、ここまで来て反転はできない。われわれは敵首都星系に突入して作戦目標を達成する」


 大型艦でもある輸送艦は停止中だったこともあり、多数の被弾を許してしまった。


 敵首都星系でジャンプアウト後に先ほどの通り魔のような小艦隊に後背を突かれると厄介だが、作戦行動中の小型艦には長距離砲撃の砲弾はまず命中しないだろうし、大型艦は中口径砲弾が数発命中するくらいでは撃破されることはない。輸送艦だけは打たれ弱いが、ここまで来てしまえば、そこは目を瞑るより仕方がない。



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