新皇国編

　ワンセブンによると、今回、敵を文字通り殲滅（せんめつ）したことにより、竜宮星系への直接侵攻は当面心配する必要がなくなり、戦略オプションの選択肢が広がったということだ。要は、迎え撃つだけでなく、こちらから打って出ることも可能ということらしい。いいかえれば、身に覚えのある国は、こちらかの侵攻に備える必要があるわけだ。フェイント？をかけると面白そうだと思ったが、効果は限定的なうえ予測の揺らぎが大きくなるという理由で国外に対しては積極的な動きは当面控えるということだった。

　来週は、ここＵＲＡＳＩＭＡで軌道エレベーターの起工式だ。工事関係の作業船などもぞくぞく竜宮星系に集まりつつある。それ以外の工事も請け負っている総合建設業者の事務所もＵＲＡＳＩＭＡに開設済みだ。そういえば、乙姫の開拓コロニーの市長を起工式に招待しているが、ＵＲＡＳＩＭＡまでの足があったかな？　まあ、それくらいは自分で何とかするだろうから心配する必要はないか。

　今後、乙姫には発展してもらわなければならないが、市長はその要（かなめ）になる人物だ。これまでは接点はなかったが、地上での評判もそこそこいい人物なので関係は良好に保ちたい。問題があるような人物なら、早い段階でワンセブンが何らかの手をうっていただろうから、今も健在であると言うことはワンセブンの認めた人材なのだろう。

　軌道エレベーターに目途が立てば、地表の諸施設のほか、ガス巨星、ＳＳ－７２－cにガス採集用井戸の建設が始まる。これも実質軌道エレベーターだから、かなり大規模な工事になる。これがないと、燃料、推進剤をよそから持ってくる必要があるから早めに欲しいところだ。

　あと、宇宙関係では、本格的工廠の建設だが、それはもう少し先の話になるだろう。当面は工作艦ＡＫＡＳＩで間に合わせることになる。

　ここは、乙姫コロニー行政府、市庁舎の中の市長室。

　安物のスチール製のデスクの後ろのこれも安っぽい椅子に腰を掛けた市長の西田幾一郎（にしだきいちろう）が難しい顔をして、机の上に広げられた書類を眺めていた。

　黙って座っていれば哲学者然とした顔立ちから周りの人間は知的なイメージを西田に描くのだが、黙って座っているわけではないのでそのイメージは往々にして崩れてしまう。

「うーん」

「市長、先ほどからうなってばかりですが、どうしました？」

　西田の秘書を務める伊藤清美（いとうきよみ）が構ってほしそうな西田にやれやれと思いながらも声をかけた。

「いやー、清美ちゃん、聞いてくれる？」

　わかりやすい市長の反応に苦笑しつつも伊藤が、

「それで、どうしました？」

「来週開かれる軌道エレベーターの起工式なんだけど、乗っていく連絡艇がないんだよね」

「いままで、連絡艇など必要ありませんでしたし、予算も有りませんから仕方ありません。市長が起工式に出ようが出まいがおそらく村田侯爵さまは気になさいませんよ」

「えー、仮にも僕は市長なんだけれど、僕が起工式に出なくていいの？」

「かまいませんよ。それではお断りの連絡をいれておきますね」

「ちょっ、ちょっと待ってくれるかな？　僕は、連絡艇がなんとか都合つかないかなーと思っただけなんだけど」

「それでしたら、先方にお願いして、連絡艇を出してもらえばいいんじゃないですか」

「それじゃあ、みっともないじゃない」

「余分なお金がないのはどこも一緒ですから妙な見栄を張っても仕方が有りません」

「この前、村田家からいただいたお金がだいぶあると思うんだけどそれを使っちゃダメなのかなー？」

「いただいたわけでもありませんし、議会も通さず使えるわけないでしょう。村田家からのお金がもう一年遅ければこの開拓団は破綻（はたん）していた可能性が高かったんですよ」

　乙姫では、期待された鉱山開発が暗礁に乗り上げ、現在軌道に乗っているのは、石灰石鉱山と鉄鉱石鉱山だけなのだが、これらは価格重量比の関係で輸出は出来ない。あとの有力産業は農業、漁業のみだった。一次産業である農、水産物も価格重量比を考えると輸出には向かない商品である。そのため、乙姫開拓団の財政はひっ迫していた。そこに、干天の慈雨のごとく村田家からの融資があり破綻が避けられたうえ、村田人気にあやかり新規の開拓団を受け入れることもできるようになった。

　新規の開拓団員を受け入れると、受け入れ人数に応じて国から補助金が出る仕組みがあるため、徐々に乙姫開拓団の財政状況は改善されつつあるのは確かである。

「いま、予算化作業中ですから妙な気を起こさないでくださいね。それに今からでは連絡艇の購入なんて間に合いません。あと、村田家から開拓コロニーの北方の丘の周辺の土地５キロ四方の購入申請がありましたので許可しておきました」

「へー、あんなところに何を作るつもりなのかねー」

「公示価格の５倍でのお買い上げです。村田家がわれわれに不利益になるようなことをする訳ありませんし、何が出来てもいいじゃないですか。市長、そんなことより、そろそろ重機の運転をお願いします」

　そんなお金があるのなら、連絡艇くらい買って欲しいと思ったが言わないでおいた。そのかわり、

「どこの開拓コロニーで市長が工事現場で働いているのかなー？」

「どこの開拓コロニーでも市長が現場で働いていますから安心してください」

「ほんとかなー？　というより、現場の意味が違うんじゃない？」

「うそでも、本当でもいいから、早く工事現場に行ってください。週末には開拓団の第二次募集分の第１陣が来ますからしっかりお願いします。受け入れ式の準備も有りますから急いでくださいね」

「わかりました。行ってきまーす」

　名前だけは市庁舎である安普請の建屋（たてや）から、市長室の帽子かけにかけられたいわゆる麦わら帽子をかぶり、『ＲＯＣＫ　ＡＮＤ　ＲＯＬＬ　ＨＥＲＯＥＳ』と書かれた白いＴシャツの首周りに黄色いタオルを巻いた西田市長が、壁にかけられた重機のキーをもって、駆け足で市庁舎の前に留めてある多目的建機に乗り込みエンジンをかけた。足には長靴（ながぐつ）風の黒い安全靴を履いている。すぐに、ズボンのポケットから取り出した、音楽スティックをプレイヤーに差し込み、大音量で音楽を流し始めた。

　この週末やってく第二次開拓移民の第１陣５０００名の当面の住処（すみか）を作るための土地の整地はあらかた済んでいるのだが、細かいところの仕上げがまだ必要だった。整地された地面に置いてボタンを押すだけで出来上がる簡易住居は中央から輸送船で運ばれて、大型連絡艇で先日到着している。整地が終われば、移民団の到着前にそれを設置していく必要がある。

［あとがき］

桑田佳祐 – ROCK AND ROLL HERO（Full ver.）

https://www.youtube.com/watch?v=iKdMAKXba8M&list=RD8aQmql5XeqA&index=14

これを聞きながら書いていました。

［宣伝］

ＳＦ短編『敵は弱いに越したことは無い』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054912670445　よろしくお願いします。

ノベルアップでロボット三原則にはれて落っこちたので、なろうとカクヨムに投稿しました。