第10話 魔弾の射手


『第44艦隊は、さきほど竜宮星系から超空間ジャンプを行い、全艦星系より退去したようです。自壊予定のURASIMAについてはすでに、私がコントロールを掌握していますので、自壊することはありません』


「ワンセブン、すまないな」


『広域探査網についても同様にコントロールを掌握しています。現在敵艦隊は、安定宙域から移動し小惑星帯アステロイドベルトに差し掛かったところです。

 それでは、これより作戦を遂行します。艦長、射撃命令をお願いします』


「射撃に小惑星帯アステロイドベルトが邪魔にならないのか?」


『小惑星が射界を覆ってしまいますので、敵の観測装置では光学観測できませんし反撃もできません。こちらは広域探査網から得られたデータをもとに小惑星の間隙かんげきを縫うように射撃しますから、小惑星は何ら障害になりません』


「それがほんとうならば、まさに魔弾の射手だな。ちゃんと当ててくれよ。それでは、ワンセブン、射撃安全装置は手動解除した。全艦射撃自由」


 初めての実戦に緊張した吉田少尉の顔が、艦長専用モニターに映っている。山田大尉の方は特に緊張している感じは見受けられない。まあ、ワンセブンを信頼してのことだろう。


『X-71、戦闘行動を開始します。全艦、射撃自由。乗員は短距離ジャンプに備えてください。反物質急速生成開始します』


 核融合ジェネレーターの軽い振動が座席についている俺のところにも伝わって来た。


『ジャンプ30秒前、28、27、……、3、2、ジャンプ』


 X-71がジャンプアウトしたのは、小惑星帯の真っただ中だった。スクリーン上、まぢかに数個の小惑星が艦に迫ってきている。


「ワンセブン、小惑星が艦に激突しそうだぞ、大丈夫なのか?」


『3分間は大丈夫です。

 1番、特殊砲弾装填。反物質注入完了。「しゅ御手みてもてかせたまえ」初弾、発射』


 どこで覚えたのかわからないが、魔弾の射手の一節とともに発射された主砲弾が小惑星帯の中を縫うように直進する。


『反物質急速生成継続。

 ジャンプ30秒前、28、27、……、3、2、ジャンプ』


 今回の転移場所も小惑星帯のただなかで、すぐにワンセブンのアナウンスが聞こえて来た。


『2番、特殊砲弾装填。反物質注入完了。発射』


 次に発射された砲弾が小惑星帯の中をこれも縫うように直進する。いびつな小惑星の公転だけではなく自転にも合わせているようでその小惑星をぎりぎりかすめて砲弾は飛翔を続けた。


『反物質急速生成終了。

 ジャンプ30秒前、28、27、……、3、2、ジャンプ』


 そして、今度X-71が現れたのは天頂方向から、敵艦隊を見下ろす位置だ。


『第1射、着弾まで30秒、28、27、……、3、2、1、今』


『敵、強襲揚陸艦1番艦、質量拡散確認。撃破しました』


 約5秒の時差をもって、俺の目の前、艦長用オペレーションボードのスクリーンに白い閃光が拡がるのが見えた。


『第2射、着弾まで25秒、23、22、……、3、2、1、今』


『敵、強襲揚陸艦2番艦、質量拡散確認。撃破しました』


 ワンセブンの声が冷たく指令室の中に響き、もう一つ白い閃光が拡がるのが見えた。 


『これで、敵艦隊は撤退を始めます』


「こんなに簡単に敵を撃破できるんなら全滅させたらどうなんだ?」


『今回これ以上敵に消耗を強いますと、落としどころがなくなり全面戦争にまで拡大します』


「そうか。そうだな」



「艦長、敵艦隊が回頭を始めました。本当に撤退するようです」


「すごいの一言だな。それではわれわれは、URASIMAに帰るとするか。ところで、ワンセブン、二回の射撃時、この艦は一度も回頭して軸線を敵に向けていなかったがどうしてたまが敵艦に命中したんだ?」


『ジャンプアウト時に、軸線を敵艦方向に向けることができるため、回頭することなく射撃を行うことが出来ます』


「もう、おまえには何でもありだな」


『それほどでもありません』


「勝手にしてくれ」




 こちらはユーグ艦隊旗艦、巡洋戦艦『真世界』の中央指令室。


「ジャンプ反応探知しました。ジャンプインとアウトが同時に発生しています。短距離転移です。この探知目標を第1目標とします。位置特定、質量解析急ぎます」

 

 大華連邦宇宙軍こう中将、今回はユーグ宇宙軍の大将という肩書を与えられ、侵攻作戦の指揮を執っている。


「さらにジャンプ反応探知しました。第2目標とします。これも短距離転移です。現在質量解析中」


「第1目標、位置特定、質量解析ともにできません」


『どういうことだ? しかも残っていた艦がまだ二隻もあったのか。短距離転移までして何がしたかったのかわからないがさっさと逃げればいいものを。しかし、位置特定も質量解析もできないとはどうなっている』


「再度ジャンプ反応探知しました。これも短距離転移です。第3目標とします」


「第2目標、質量解析、解析エラーです」


『どうなってるんだ、うちの装置は。それで、いったい敵は何がしたいんだ?』


「高速飛翔体探知、小惑星をかすめ急速接近。強襲揚陸艦『山陽』迎撃間に合いません。回避不能」


「『山陽』からの信号途絶。爆沈したもようです」


「たった1発でか? まぐれで、艦の中枢部に砲弾が飛び込んだのか。運のない」



『こちらの読みではすでに、皇国の駐留艦隊主力は逃げ出しているはずで、複数の質量消失を観測している。さっきのネズミに痛いところを一噛みされたようだ。これ以上の損失は許されない。

 強襲揚陸艦はもう1隻ある。開拓惑星を占領する程度なら1隻あれば十分だ。とにかく無謀にもわが艦隊に挑んだバカ者はかならず血祭りに上げなくてはならない』


「ぐずぐずせず、残った敵艦を早く沈めろ」


「ダメです。ここからでは小惑星が邪魔で敵弾が飛来した方向への光学観測が出来ませんし射界も通りません」


 ビー、ビー、……、


 アラーム音が艦内に響き渡り、艦内に緊張が走った。


「高速飛翔体探知、敵弾です。小惑星をかすめ本艦に急速接近。迎撃間に合いません。回避不能です。

 ……敵弾、本艦舷側をかすめ後方に通過しました。回避成功です」


 指令室内に安どの吐息が漏れた。


「敵弾進行方向に強襲揚陸艦『海陽』がいます。『海陽』迎撃、回避間に合いません。……

『海陽』からの信号途絶。爆沈しました」


 指令室におも苦しい沈黙が流れた。



『全て狙ってのことなのか? しかも一撃、たったの一撃でこの巡洋戦艦『真世界』をも凌駕する巨艦『海陽』『山陽』が爆沈してしまった。運命の一撃が二度も続くことなどありえるのか? やむを得まい。俺のキャリアはこれでおしまいだろうが、揚陸部隊を欠いてしまった以上作戦の遂行は出来ない。何かの間違いで三度目が有れば次は粛清されてしまう』


「強襲艦2隻を喪失した以上、作戦遂行は不可能である。艦隊は速やかに当星系より撤退する」


「提督、強襲揚陸艦の生存者救助はいかがしますか?」


「乗っていたのはほとんどがユーグの連中だ。必要ない。撤退急げ」





【補足説明】

この世界では、質量系の観測については時間の遅滞なく観測可能としています。観測精度はそれほど高くありません。光学系の観測は時間の遅滞が光速に依存して発生しますが詳細な観測が可能としています。


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