第1章 出会い 第3話

「その野生鳥獣による農業への被害が、日本史の中でほとんどなかったという特殊な一時期がありました。明治以降の狩猟の自由化や軍需製品としての毛皮重要の拡大から、野生鳥獣の乱獲がおこり、そこからの約百年間、野生鳥獣による被害が奇跡的になかった時期が生じました。


 そう考えると、今の野生鳥獣による農林業被害は、元の姿に戻ったとも考えることができるわけで、マスコミが良く使う『異常な状況』ではなく、ごく当たり前なことと言えるのです」


 講師が示したスライドには、横軸に年代、縦軸に野生鳥獣の生息数が模式的に示されているが、それをみると明治以降のわずかな期間だけ、野生鳥獣の数が激減している様子が強調されている。


 講師が、コンピュータを操作すると、パワーポイントのアニメーション機能により、スライドの現在の場所に「野生鳥獣の逆襲の時代」というコメントがスライドインしながら示された。


「すでに皆さんもテレビ等で有害鳥獣捕獲のニュースなどをご覧になったことがあるかと思います。オレンジ色のベストと帽子を被った狩猟者の方が映っていたかと思いますが、ご記憶にあるでしょうか」


 会場の聴講者たちは、うんうんという感じに頷いている。


「皆さん、その映像を観て気づいたことはありませんでしたか」というと、うんうんと頷いていた最前列近くに座っていた女子学生を指し、「何か気づきましたか」と水を向けた。


 女子学生は、ちょっと戸惑いながらも小さな声で「あの~、皆さんお歳をとっているなぁと」「そうですね。皆さんからみればお爺ちゃんと同じくらいの人たちばかりだったでしょう」


「狩猟者の平均年齢は、六十七歳を超えています。六十歳以上の狩猟者が全狩猟人口の六十パーセント以上を占めています。正直なところ七十歳以上の年齢の方が一番多い状況です」


「へぇ~」という声が、あちこちから漏れる。


「狩猟人口も昭和五十年代をピークに減少傾向にあり、現在では二十歳代の狩猟者は一パーセントにも満たない状況で、まさに狩猟者は今絶滅の危機に瀕している絶滅危惧種なんです」


 会場からは、笑い声が聞こえる。


「二十歳代の女性ハンターなら、さしずめ超希少種というところでしょうか」

 またまた会場からは、笑い声が起こる。


「さて、五年後を想像してみてください」


 言われるまでもなく、後継者不足で、捕獲に従事できる人はいなくなるだろう。高校生にも十分に理解できる理屈だ。


「このような状況は、すでに三十年も前から言われていましたが、誰もが重要と判りながら手をつけられずにいた課題です」


 そう、だから俺はこの大学に入学して、野生鳥獣対策について勉強しようと思ったんだよ。と思わず身を乗り出すように聞き入ってしまった。


 進路を決めた時にも、自分の考えを親や教師に上手く伝えることができなかったが、今の話こそが、自分がこの学科を志した理由としてすっぽり落ちてきた。


 まさか自分ですら言葉にできなかった考えを、この講座で知ることになるなんて。


 大学の授業でやる授業の多くは、生態に関することばかりで、行動学などもあったが、どれも地元にもち帰って役に立つような内容ではなかった。


 より実益性のあることを学びたくて、研究室では、通称「野生研」と呼ばれる「野生動物行動研究室」を選んだ。


 この研究室は、約十年前にできた比較的新しいもので、その頃から社会問題化していた野生鳥獣による農林業被害に関連し、野生鳥獣の行動を研究するために創設された。


 最初は、大学に入って野生鳥獣の生態や行動について学ぶことで、被害を減らせることができるのではないかと漠然と思っていた。


 忌避剤や電気柵で野生鳥獣を畑に寄せ付けなければ解決することができると思っていたのだ。しかし、それだけでは解決できない問題があることも、すでに四年間の大学生活で見えてきていた。


 結局は、増えすぎた野生鳥獣の数を減らさなければ、問題解決には至らないことは明白なのだ。

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