移動だけでも大変



文芸部の部室の鍵を閉めると、俺達は三メートルほどお互いに距離を取って、学校を出た。


普段家に帰るときは、学校の正門を出たらそのまま、真っ直ぐに歩いていけば良いのだが。正門を出て直ぐに左に曲がり、少し歩いていから駅の方へと歩き出す。


今回はお互いに距離を取りながらも、事前にクラスメイト達に一緒に居るところを見られないところまでこそこそ移動する。


「…………」

「…………」


「…………」

「…………」


「…………」

「…………」


しばらく俺は無言で街を歩いて、段々と我慢出来なくなり、周りを確認して細い道で、立ち止まる。


「…………」

「…………」


少し遅れて、優依が俺に追い付く。


「誰かに見られない為とはいえ、お互いに距離を取って歩くのは、放課後デートなのだろうか?」


俺の言葉に、優依は困った表情で即答した。


「絶対違うと思う」


俺もそう思う!!


あぁ……、俺は何をしているんだ?

ま、誰かに見られるリスクを考えれば、数分は距離を取って歩いた方が良いだろう。


正直、心の中では、「リア充共がオタカップルにそこまで、感心を持つか?」とも思う。


けれど、サイコロは振ってみなくては分からないのだ。


イチャコラを見られてもクラスメイトの間で話題にならない可能性も高い。


だが、話題になった時点で、俺はともかく優依に噂などのダメージが入るかもしれない。


恋バナ好きな女子が恋バナを求めて、人見知りな優依を取り囲んだら、テンパった優依が何を言うか分からない。


でも、ま、今はだ。


「優依、手を繋ごうか?」


俺がそう言うと優依は周りを見て、誰も居ないことを確認し、少し頬を紅くしながら、俺の制服の左腕の袖を遠慮がちに掴んだ。


自分から手を繋ぐのは恥ずかしいらしい。


「このまま、少し回り道で、駅の北側に」

「うん」


なので、俺から左手を優依の手に伸ばして、しっかりと優依の小さめで柔らかい手を握り歩き出す。


「もう少しゆっくり歩こうか?」

「ううん、十分だよ」


微笑む優依。うん、可愛いなぁ。


「そうだ、北側の店は、けっこう色々あるんだけど、何が食べてみたい? デザート系?」

「……ちょっと早いけど、アイス?」

「分かった、行こう」


放課後デート、最初から少し失敗した感はあるけど、まだここからだ。


駅の方ではなく、西側の踏切を渡り、北側へ移動しよう。


「歩くスピード、これくらいか?」

「大丈夫」


そう言えば、学校の帰りに優依と一緒に帰ったのこれが初めてか、一緒に帰って茶化されることを懸念して、交代で文芸部の鍵を職員室に返していた。


それくらいの時間の差があるとちょうど良い距離でお互いに帰れるのだ。


「今度、他の部活の終わる時間をさ、それとなく調べて、一緒に学校から帰ろうか」


俺の言葉に優依が俺の顔を見上げる。


「うん、一緒に帰りたい」

「ああ、俺もだ」


あー、本当にオタクな陰キャは損だ。

何故、日本はオタクというか陰キャの社会的地位が低いのか……。


彼女と一緒に帰るにも神経を使うとは。


「でも、まあ、こういうコッソリしてるのも、悪くないかな」


俺が何気無く呟くと、優依は少しだけ笑みを浮かべて頷いた。


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