Hello! あぶない新署長 #15

 草加がハンドルを握り、助手席に甲山、後部座席に島津が陣取った覆面パトカーが、目隠しフェンスで覆われた『二條ビル』の前に到着した。すぐ前に、仲町が乗っていた覆面パトカーが停まっている。ビルから少し離れた路地には、黒パトが何台か停車していた。地域課が緩く包囲しているのだ。

 島津達の到着に呼応して、仲町が運転席から出て来た。草加が窓を開けて訊く。

「どうだトオル?」

「はい、さっきひと回りしてみたら、裏のフェンスがこじ開けられてて、駐車スペースに例の車がありました」

「決まりだな」

 助手席で甲山が言うと、草加が甲山に尋ねた。

「どうします? 包囲キツくして投降させますか?」

 答えたのは甲山ではなく、島津だった。

「いや、彼等を刺激すると坂爪の身が危険です」

「え、署長?」

 島津の存在に気づいた仲町が驚くが、島津は構わず続ける。

「ここは、我々だけで中に入りましょう」

「署長もですか?」

 甲山がバックミラー越しに島津を見て訊くと、島津は力強く頷いた。草加が小さく「本当アクティブ」と漏らす。甲山は軽く頷いてから無線のマイクを取った。

「二條ビル包囲中の各PCはそのまま包囲を継続。これより俺達が突入する。十分経過して戻らなかったら一斉に突入されたし」

 無線のスピーカーから『了解』という返答を聞くや否や、島津達は一斉に車を降りてビルの裏へ回った。

 裏側のフェンスは、仲町の言う通り車一台入れる幅だけ撤去されていて、中に坂爪を拉致した車が停まっていた。車内には誰も居ない様だ。その先に、通用口の扉が見えた。

「行きましょう」

 島津の合図で、四人は足音を殺しながら扉に取り付き、ゆっくりと開けて中に入った。直後に、甲山と草加がヒップホルスターから拳銃を抜く。それを見た島津が、小声ながらも鋭い口調で言う。

「くれぐれも発砲は慎重に。今や坂爪は彼等にとって人質の様なものですから」

「判ってますよ」

 甲山が答えると、草加が横から「本当に?」と茶々を入れる。甲山が言い返そうとすると、何処からか怒号の様な声が響いた。

「上か?」

 草加が言うと、甲山が反応した。

「ここ、確か昔は四階か五階がボウリング場だったよな?」

「その筈です」

 仲町が答え、島津が周囲を見回してから告げた。

「行きますよ」

 奥に見える階段へ小走りに進み、島津を先頭に上階を目指して上る。次第に怒号が大きくなり、やがて四階に差し掛かった辺りで怒号は最高のボリュームになった。

「ここだな」

 甲山が拳銃を握り直して言う。四人は踊り場を出て明かりが漏れる方へ走った。

「動くなぁ! 警察だ!」

 フロア内へ飛び込むなり、甲山と草加が拳銃を前に向けて叫んだ。十五本のレーンが並ぶ広い場内に居る数十人の『ビッグウェーブ』のメンバー達の目が一斉に島津達に向けられた。その男達が作る輪の中心に、暴行を受けてぐったりしている坂爪の姿があった。島津が声を上げる。

「何をしてるんですかぁ!?」

 すると、男達の輪から離れた位置に据え付けられたベンチに座っていた大柄な男が、つばを地面に吐いて立ち上がった。その手には血痕の付着した鉄パイプを持っている。

「サツがどうした? 邪魔するとブッ殺すぞ」

 ゆっくり歩み寄って来た男に対峙した島津が、鉄パイプを一瞥してから訊いた。

「福森和博、ですね?」

「だったら何だ?」

 不敵な表情で訊き返す福森に、島津が更に訊く。

「坂爪祐太を、どうするつもりですか?」

 福森は鼻を鳴らし、傷だらけの坂爪を見てから答えた。

「殺す。あいつは俺達に迷惑をかけやがった。死んで償ってもらう」

「荻原拓司君と同じ様にですか?」

「荻原? 誰だそいつぁ」

 福森の問いに、甲山が答えた。

「とぼけんな! お前等がリンチして死なせたんだろうが」

 福森は数秒考えてから、納得した様に頷いた。

「あ〜、あのガキか。あいつは俺達の計画を盗み聞きしやがったから制裁したんだ。悪いのはあいつだ」

「何だと?」

 甲山が怒りを滲ませて言い返すと、福森は甲山を睨みつけて言い放った。

「いいか、俺達はこの国を少しでも良くする為に活動してんだ! それを邪魔する奴は国家の敵だぁ!」

 そこへ草加が口を挟む。

「何言ってんだ偉そうに。お前ただのヤクザだろ。国粋主義者こくすいしゅぎしゃぶってんなよ」

「黙れや!」

 激昂した福森が鉄パイプを床に叩きつけた。衝撃で、敷き詰められた板が陥没する。

「とにかく、今俺達は国の為の活動を行ってる真っ最中だ。お前等犬ッコロの出る幕はねぇ。すっこんでろやオッサン」

 福森は島津に目を転じて居丈高いたけだかに告げると、鉄パイプの先端で島津の肩口を小突いた。

「テメェ――」

 甲山と草加が同時に襲いかかろうとしたのを、島津が手で制した。

「署長?」

 困惑する甲山を他所に、島津は小突かれた肩口を手で払ってから、静かに言った。

「あんまり調子に乗ってると」

「あ?」

 相変わらず不敵な顔の福森を見上げて、島津がかけていた眼鏡を外しながら告げた。

「人間変わっちゃいますよ?」

 その直後、島津が外した眼鏡を後ろに放り投げた。島津以外のほぼ全員の視線が、放物線を描いて宙を舞う眼鏡に集中した。仲町が慌てて手を伸ばして掴んだと同時に、福森の顔面に島津の右拳がめり込んだ。

「ぶぉっ」

 不意を突かれた福森が、手から鉄パイプを放して吹っ飛ぶ。それを見た『ビッグウェーブ』のメンバー達が一斉に色めき立った。

「何しやがる?」

「やっちまえ!」

「おぉー!」

 それまで坂爪を囲んでいた連中が、島津目がけて殺到した。だが島津は全く怯まず、先頭の男を前蹴りで吹っ飛ばし、その後ろのふたりを左右のフックで蹴散らす。一瞬の出来事に、男達の動きが一瞬止まる。

 島津の突然の豹変に呆気に取られていた甲山達だが、やっと状況を飲み込んで動き出した。

「行くぞ草加。乗り遅れんなよ」

「コーさん、やたら撃っちゃダメッスよ」

「判ってらぁ、トオル! 坂爪を保護しろ!」

「え? あ、はい!」

 甲山達が動き出すと、男達も気を取り直して島津へ襲いかかった。

 金属バットを持った男が、上段から島津の頭に向けてバットを振り下ろすが、島津がそれより速く懐に飛び込んで鳩尾に強烈なボディブローを入れ、悶絶する間に腕を取って一本背負いを決めた。その後ろから接近した男に後ろ蹴りを入れ、返す刀で近くの男達に次々とパンチを浴びせる。

「凄ぇなあの署長」

 タックルに来た男に膝蹴りを入れながら、甲山が感心した様に言うと、近くで別の男を殴り倒していた草加が返した。

「アクティブどころかアグレッシブッスね」

 そのアグレッシブな島津は、あっと言う間に七人をのしていた。そこへ、不意打ちから立ち直った福森が走り込んで来た。

「舐めんなコラァー!」

 いつの間にか拾っていた鉄パイプを島津目がけて振り下ろすが、島津はその手首を素早く掴んで止めると、福森を睨みつけて訊いた。

「これで、鴨居君を殴ったのですか?」

「カモイ? あぁ、あのデカか。それがどうしたぁ!」

 わめきつつ前蹴りを出す福森だが、島津は福森の手首を掴んだまま空いた手でその蹴り脚を払った。バランスを崩した福森の軸脚の膝裏に踵を叩きつけて擱座させると、手首を掴んだ手に力を込めた。

「ぐあぁっ」

 野太い悲鳴を上げて、福森が鉄パイプを落とした。島津は手首を放して鉄パイプを拾い、血痕を確認してから右手に握り直した。振り仰いだ福森が、島津の視線を受けて顔色を変えた。

「お、おい、よせ、やめろ」

 福森の様子が変わった事に、甲山達や『ビッグウェーブ』の男達が動きを止めて注目した。その中で、島津は冷酷な目で福森を見下ろしながら右手の鉄パイプを大きく振りかぶった。

「やめろよオイ、やめろって」

 福森の制止も聞かず、島津は顔面を紅潮させながら勢い良く鉄パイプを振り下ろした。

「やめろぉぉー!」

 福森の絶叫が場内に響いた直後、轟音と共に鉄パイプの先端が福森の眼前を通って床板に深々とめり込んだ。

「ひぇっ!」

 素っ頓狂な悲鳴を上げて、福森は気を失った。島津は大きく息を吐いてから、気絶した福森を見下ろして喚いた。

「僕を怒らせるんじゃありませんよ!」


《続く》



 

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