第23話 言語勉強 2
もう少しで入学式が始まろうとしている。
時期は八月中旬、日本では蝉がミンミンとなく全盛期である。
窓を開け、外の空気を入れる。
これはもういつもの日課となっている。
この部屋は何かと埃っぽく、都度換気をしないと空気が濁って仕方がない。
「阿修羅、コーヒーは入りますか?」
杖で下に火をつけながらエルは聞いた。
こういう光景にも一緒に過ごしてくると慣れてくるもので、最初の時みたいに興味津々に驚いたりはしない。
「んー、今日はいいかな」
分かりました、とエルは答えて自分の分だけを作った。
阿修羅は太陽の光を窓際で受けながら分厚い本を読み始めた。こうして四ヶ月以上も他言語を学ぶ事なんて、勉強嫌いだった頃には想像もつかない。
「今日はどっか行くのか?」
コーヒーを飲みながら部屋を歩いているエルは不思議そうに阿修羅を見た。
「なぜそう思ったのです」
「そりゃコーヒー飲みながら立ち歩いてる時はだいたいどっか行くから。だてに何ヶ月も一緒に住んでないぜ」
あぁ…本当にこの数ヶ月、俺はよく頑張った。
ここに来て最初の頃は嫌な勉強をするは風呂、トイレは苔が生えてそうなくらい汚いわと散々だった。
夜の安らぎである就寝時間も隣でエルが寝てると思うとよく根付もしない。対してエルはすぐ寝ていたが……。
それでも俺は耐え抜いた……。
この苦難な生活を耐え抜いてここまで来たんだ。このボロホテルでのエルの行動、読むことなど造作もない。
「なるほど、確かに私の行動は分かりやすかったかもしれない。お見事です」
感心したように何度も頷き、阿修羅の目をしっかりと捉えた。
その目にとらわれると妙に気恥ずかしく、阿修羅は幾度となく目を逸らしてきた。しかしそんな事をさしてくれるほどエルも甘くない。視線を外せばまたその先へ、目を瞑ればその間にこれでもかと詰め寄ってくる。
これも経験……今日は逸らさねぇ…!!
「…………」
「…………」
エルの瞳が阿修羅の目をロックオンする。
阿修羅の目がエルの瞳をロックオンする。
その場に立ったまま二人は長い間見つめ合った。
「…………」
「…………っ」
エルが一度瞬きを入れて一歩一歩ゆっくりと近づく。
一瞬近寄ってきたものに反応を示したものの阿修羅は固くその地にとどまった。
「…………」
「………………」
どんどんと距離が詰まっていく。
5mはあった距離が3m、2m、1mと短くなっていく。
しまいには片腕が入り切らない程に距離が狭くなっていった。
エルは表情を崩さず、ただ足を動かしている。
「ッ?!?!」
二人の顔の距離が拳二つ分になったところでことは動いた。
ガバッと大きく体を捻り、相手の瞳から逃げた。
先に折れたのは固い決意で挑んだ阿修羅だ。
「私の勝ちですね」
勝ち誇った顔で目の合わない阿修羅を見る。
目の前にいるものは顔を赤くして極力エルが視界に入るのを避けた。
「この距離は卑怯だろ…」
床を見ながらエルに聞こえるくらい声で吐き捨てるように呟いた。
歩き慣れた町を色々な人と喋りながら歩く。
ある程度喋れるようになったらすぐにでも人と話す方がいい、とエルが阿修羅を頻繁に外へ連れ出した。
町の人は結構陽気な人が多い。稀に静かな人もいるが大抵は賑わっている。
「おお!あんちゃん!今日も可愛い彼女連れてんな!」
「よしな馬鹿たれ!!隣に歩いてるのはグラストンのお偉い様よ!変な事言うのはよしない!」
どこへ行ってもそう言われることが多い。
そりゃあエルを見ればそう思うのも必然なのかもしれない。
海外の人は目鼻立ちのおうとつがしっかりしていて、美人の人が多いと思う。それはエルだけじゃなくてこの町の人も例外じゃない。
しかしエルはその中でも群を抜いている。
「やっぱり目立つなエル」
「私の容姿で目立つ事もありますが、半数以上は魔法学校の立ち位置で注目されているだけですよ」
クールに言い切るエルは阿修羅と同じ歩調で隣を歩く。
フードを被っているが、髪の毛が隠れている分綺麗な顔が余計に目立っていた。
「そんなにエルの立ち位置って凄いのか」
「いえ、そんなに凄いものではないです」
エルは短く言い切った。
本当なのか謙遜しているのか、最初よりは感情が分かりやすくなったもののまだまだ分かりにくい…。
「本当かよ…」
買ってもらったどデカいポテトにかじりつきながらボソッと呟いた。
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