第22話 三人でなら行ってやってもいいってな

『その二人で言うならやっぱり……闇也君を巡るカップリング論争だろうね』


 その日の配信を終えた後。


 たまたまゲームにログインしていた先輩の牛さんこと牛ノ浜たけると合流して、「風無と八坂って何かあったかわかります?」と聞くと、牛さんは少しも考えることなくそう返してきた。


「……はい?」

『いや、何でもないよ』

「いや聞こえてはいるんですよ」


 内容に耳を疑ってるだけなんで。

 え、なんて? カップリング?


『そうか……闇也君にはあまり理解できない話かもしれないね』

「どういう話ですか?」

『端的に言うと闇也君と風無君、闇也君と八坂君、どっちを付き合わせたいかという話さ』

「理解できないっすね」


 理解したくない。

 え、俺の恋愛を何だと思ってる? フリー素材?


『いや、付き合わせたいかと言うと過激派に怒られてしまうかもしれないね……付き合うか付き合わないかの初々しさを求めている層もいるだろうし――』

「その部分掘り下げる必要あります?」


 理解できないって言ってるのに。


「とりあえず……そういうおかしなファンがいるってことでいいんですか」

『おかしなファン……申し訳ないよ本当に』

「あ、そっち側の人?」


 すいませんおかしなファンって言って。


 そういえば、牛さんはこの前も『闇×風』がどうとか言ってたっけ?

 ってことは牛さんは付き合わせたがってる側の人間ってこと? 俺達を?


「……というか付き合わせたいの意味が未だにわかんないんですけど」

『いや、そうだね。そこは語弊があったよ。これは別に闇也君達本人がそうなってほしいという話じゃないんだ。……要は妄想の話さ』

「はぁ」


 牛さんが俺達で妄想してることになるけど大丈夫かそれ。

 この人リアルで会ったら結構イケメンなんだけどな。


『元々この手の話は慎ましくやるものだからね……闇也君の相手が風無君一択だった時は業界はまだ穏やかな空気に包まれていたんだ』

「業界」


 知らない業界だ。


『しかしその平穏が八坂君の登場した辺りで壊れ始めてね……水野君の企画も風無君と出てほしかった僕みたいなファンは大暴れさ』

「その言い方だと牛さんも暴れてません?」

『僕は小暴れくらいだよ』

「暴れてんじゃん」


 完全に心までファンになっちゃってるじゃん。


『まあさっき言った通りこういうのは慎ましくやるものなんだけど、少し対立が激しくなってきてね……特に僕達闇風派はどんどん肩身が狭くなってることもあって必死なのさ』

「はぁ……」


 あほくさ。


『だから……もしかすると、二人の元にそういう声が届いてしまったのかもしれないね……カプ厨の中にも礼儀あり。あってはならないことだよ本当に……』

「へぇ……」


 全く知らない格言だ。


「ちなみにそれは、どうしたら収まるんですか?」

『収まることはないよ。僕達は争い続けるからね』

「迷惑なんですけど」


 あってはならないことだと思うならせめて牛さんは止める側に回るべきだよね?


『でもこれは仕方ないんだ。元々事が大きくなる前から衝突はあったからね……ただ、あえて解決方法があるとするなら』

「するなら?」

『萌えの発信源である闇也君自身が僕達を満足させる……それしかないだろうね』

「…………」


 それ、牛さんの願望じゃなくて?


『まあ大真面目なことを言うとね……今の争いは闇風のコラボが少なくなって闇八派から煽られてるところが発端ではあるから、闇風のコラボを見せてくれるだけで僕は満足すると思うよ』

「僕達じゃなくて僕になってますけど」

『僕達は満足すると思うよ』

「まあ……参考になりました」


 全部話を聞いたところで、本人達が関わるべきことには思えなかったけど。


 もし二人に変な声が届いてるとしても、本人が無視すれば終わりそうだけど、少なくとも八坂はかなり意識してそうだしな……。


『うん。……僕も闇風コラボ楽しみにしてるよ』

「ああ、はい。俺も牛さんの配信楽しみにしてます」


 とりあえず……早く風無と、前みたいにコラボできるようになれって話か。



 ◇◆◇◆◇



 その牛さんとの話があった二日後。


『パソコン壊れた』


 スマホを開くと、風無から何とも哀愁漂うメッセージが送られてきていた。

 もう新しいことする時は全部八坂にやらせるように言っといた方がいいか。


「……まあ、俺はいいけど」


『直す』

『ありがとう』


 そんな短いやり取りの後、すぐに風無は部屋にやってきた。



「……で、今回はどうして壊れた?」

「何もしてない」

「ああ、怪奇現象の類か」


 このパソコンにはよくある。


 どうせ聞くより触った方が早いのはわかってるから、怪奇現象だとわかったところでノートパソコンを開く。


「今日も、八坂がいない間にやろうとして壊れたのか」

「まあ、そう」

「ふーん……」


 そうですか。

 とりあえず、俺はいつも通りの作業に入るけど。


「…………」

「…………」


 ……え、なにこの間。


「黙るな配信者」

「それは闇也もでしょ!?」

「俺は……こいつ直してるし」


 早く直してほしいなら風無が会話を繋ぐべき。

 俺に相槌しか打たせないくらいのマシンガントークをするべき。


 ……というか、真面目にいっつもどんな話してたっけ、俺。

 風無相手にこんな黙ることあったっけな。


「ちなみに……こいつ、どこも壊れてないってオチはないよな」

「それは、ないでしょ」

「だよな」

「…………」

「…………」


 ……なんだこの間。


「話せよ配信者」

「さっきからなにそれ!?」

「配信者が二人いて会話なしって終わってるだろ」

「えぇ? いや、別に……黙ってても苦じゃない関係とか、言うし……いいんじゃないの」

「その割にはずっと居心地悪そうに体動かしてね?」

「……え、後ろに目ついてんの?」

「モニターに映ってる」


 なんか後ろでくねくね動いてる妖怪がさっきからこっち見てる。


 というかゲーマーならモニターの反射防止とか……まあいいけど。


 こんな空気になったらさすがに気づくけど、風無も何か考えてるから俺に近づかないようにしてるんだろうな。


 この前より明らかによそよそしさが増してるし。

 このまま行くと十回会った頃には他人になってる。


 それを本人に聞いた方がいいのかはわからないけど――


「…………」

「…………」


 あぁー……俺こういうのが一番苦手なんだよ……。

 ……根本からコミュニケーション能力が低いんだって。


 そういう気遣いが少なくて済むから、風無とはデビューした後すぐ仲良くなれたのにな。

 その後デビューしてきたあいつのせいで一気に全部が……。


 ……とりあえず全部八坂が悪いことにして八つ当たりするか?


 ただ、そんなことを考えているうちに先に風無が口を開いて。


「……そういえば、すみれとまた動画撮るんだって? 結構大きい仕事だって言ってたけど」

「ああ、なんか、二人プレイのゲームの先行プレイみたいな……そのゲームの関係者が青さんの配信見てたっぽい」

「ふーん、凄いじゃん」

「八坂がデビューした時期考えれば、普通に凄いよな」

「うん、凄いよね」

「俺達だとまだ風無が上手く配信できなくて嘆いてた頃だろ」

「……さすがに、もう配信できてた頃じゃない……?」

「もうちょっと自信持って言えよ」


 最初の頃の風無、パソコン壊れたって言って何回も配信延期してたんだよな。

 さすがに一週間くらいでできるようになってた気がするけど。


 その頃から俺はこのノートパソコンの修理の仕事に携わっていた。


「懐かしいな、久しぶりに風無の初配信見るか」


 全然喋れてないやつ。


「は? 殺していい?」

「風無は俺の見ていいから」

「そっちは最初からすらすら喋ってたでしょうが!」

「うん」


 だから見ていいよ。


 ってか、普通に半年前って懐かしいな。


 まだ八坂の驚異なんて想像すらしてなかった頃か。

 むしろ風無がどんな奴かわからなくて怖がってた気がする。あいつ緊張でカタコトだったから。


「半年前かー」


 子供で言うと一歳が一歳半になってるくらいだからなー、時間経ったわー。


「初コラボ動画も今見返したら面白いだろうな」

「は? 二回殺していい?」

「最初に風無が敬語で行くべきか迷ってた回どれだっけ」

「あ、殺す殺すそれは殺す。ちょっと、ブラウザ閉じて。殺す」

「これか――痛っ!」


 俺の大事な指がいつも直してやってるノートパソコンに食われた。

 アニメだったら指の先が全部赤く腫れ上がってる状態。


「……自業自得だから」

「そんな見られたくないなら非公開にしとけよ……」


 直してる途中のノートパソコンに乱暴してまで見られたくないのかよ……。


「思い出は思い出。今は今だから。……消したらなんか言われそうだし」

「言われるだろうな」


 その時は『なんで消したんですか?』という悪意のないコメントが風無を襲うだろう。


「はぁ~……――あっ」

「……ん」

「いや……何でもないけど」


 そこで横を見るとわざわざ近くに来てノートパソコンを閉じた風無がそそくさと後ろに戻っていくところだった。

 今日はその距離保たないといけない縛りなのか?


 それから、元の位置に戻った風無は、さっきまでのお気楽な話をするテンションをどこかへやって、いつもと違う顔を見せる。


「……ね、闇也」

「どうした殺害予告犯」

「そういえば、今話してた通り――」

「話してた通り?」


 もじもじと、らしくない態度で話し始めた風無。

 明らかに言いたいことがありそうな様子。


 だけど、何かを考えるように頭を上下させては口をパクパクした風無は、結局諦めたようにため息を吐いた。


「いや、うん。いいや。何でもない」

「…………」


 明らかに自分もモヤモヤしてるくせに口に出さない風無。


 そのモヤモヤは当然俺にも伝播する。

 ――ああ、もうダメだ。終わりだこんなの。


 その時、モヤモヤしてる風無を見てモヤモヤしてる俺の中で、悪魔がこう囁いた。


「殺す」

「なんで!?」

「気持ち悪いから殺す」


 「なんで」じゃない。


 今までは耐えてきた。けどもう我慢の限界だ。

 言いたいことはスパッと言え。


 何も気を遣うな。俺の目の前で悩むな。そんな奴は風無じゃない。

 そうだ、お前は偽物だ。お前は偽物の風無だ。


 俺の人間関係を惑わせるための妖怪だったんだ。もしくは八坂のせいだ。大体八坂が悪いんだ。八坂は悪だ。


 ということで俺はこいつを殺して人間関係にストレスのない世界を作り上げる。楽園を作る。


「えっ……? ちょっ……目怖いって」

「殺す」

「普通に殺害予告だからそれ!」


 俺はただ楽に暮らしたいんだ。それだけなんだ。


 八坂の突撃も苦手なオフコラボも超えてやっと普通に生活できると思ってたんだ。


 なのになんだ? この常に喉に魚の骨が百本くらい刺さってるような生活は。ゼリー飲料以外喉を通らないだろうが。


 こんな茶番に付き合ってられるか。


 何が原因かなんて知らないけど、この状況は俺が無理やり終わらせる。

 そしてこの風無は殺して俺も死ぬ。


「ちょ、何その魔王みたいな歩き方……」

「KILL YOU」

「は、はぁ……? ちょ、ちかい……近いってば……」

「風無」

「な、なになになに……」

「妹に伝えろ」

「えぇ……?」


 近づくと、顔を隠すようにガードした腕の隙間から困惑した表情を見せる風無。

 そこで俺は、たった今思いついた最高の解決方法を口にした。


「――買い物の件、風無を入れた三人でなら行ってやってもいい――ってな」


「…………何の話!?」

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