第15話 先輩が全部悪いんです!

「あ~あ~聞~こえ~てま~すか~」


 俺の部屋のパソコンで気だるげに声を出す八坂は、片手でヘッドホンを押さえて声が聞こえたのを確認すると「聞こえましたぁ~」と後ろの俺に向けて言ってくる。


「多分大丈夫そ~で~す」

「なら良かった」


 青さんの企画に誘われてから数日が経ち、企画の日時や参加者が決定して、ファンの間でも楽しみという声が上がり始めた頃。

 俺は八坂と風無のコラボのために昼早くから配信の準備や確認で働きまくっていた。


「別にこんな早くから準備しなくても良かったな」

「そ~で~すね~」

「だからさっきから何なんだよその喋り方」

「このコラボが先輩とだったらもっと良かったのにな~と思ってるだけです」

「まだ言うかそれ……」


 もう告知もしたしコラボ当日だってのに。


 ちなみに、風無とのコラボを発表する直前まで最初のコラボは俺とがいいと粘り続けた八坂だけど、一応俺が折れて、その願いは叶えてやっていたりする。


「男女Vtuber選手権の告知動画撮ったからいいだろ」

「そうですけどぉ~……」


 数日前に行われた話し合いの結果、裁判長を務めた風無が最終的に「闇也は何でもいいからすみれとコラボしてあげたら? そしたら私はすみれと配信するから」という大人な答えを出したことによって、俺は企画の参加者が発表されたタイミングで八坂と「あの配信出るから見てね」みたいな動画を録った。


 普通に録り始めたら八坂がラブラブ感出してくるだろうから、俺がそれにツッコんでればそれっぽい動画ができるかなと思ってたんだけど、録ってみたら八坂が思った以上に普通のことしか言わなかったから何回か録り直した。

 せっかく動画出すなら、俺と八坂はこういう全然仲良くないコンビですよって伝えたかったし。


「こっちはオッケー、多分できると思う」

「それなら良かった。もう余計なことするなよ」

「最初から何もしてないですけど?」


 そんな話をしてる間に、隣の部屋から風無がやってくる。

 まだ風無の部屋にパソコンが一つしかないのと、同じ部屋でやるとお互いの声が入って簡単に近くにいるのがバレるという理由で今回は風無が自分の部屋から、そして八坂は俺のパソコンを使って配信することになってる。


 別に通話して雑談するだけの配信にすれば、片方がどっか行くだけでコラボはできるんだけど、やるとしたら俺のパソコンでのゲーム配信じゃなきゃ嫌だと言って八坂が譲らなかったからそこは俺が譲った。


 別に配信中は音立てないようにトイレとかにこもってればいいし。スマホで二人の配信見守る係でもすることにする。

 実際、なんかこのコラボ俺関係ないのにやたら俺の名前出てくるし。なんでか知らないけど。


「というか二人の配信なのにどっちのパソコンも俺が準備してるのはどうなんだ」

「別に私一人でもやろうと思えばできたけどね? そもそも今回のコラボは闇也がお願いしてきたわけだし」

「はい……感謝してます」


 風無が引き受けてくれなかったらコラボ大魔人八坂を止める者は誰もいなかっただろうし。

 風無と俺の告知があったからか、いつの間にか八坂のチャンネル登録者数も七万人超えてたし。


 最近は事務所の人気ですぐチャンネル登録者は集まるけど、前見た時は五万人くらいだったから、ここ最近で増えたのは間違いない。


 企画の参加者発表の後、なんか八坂が配信で俺の話してるところまとめた動画がわりと人気になってたのは見たし。再生はしなかったけど。


「じゃ……私は先帰って準備してるから。すみれも大丈夫なんでしょ」

「スーパーパーフェクト大丈夫」

「じゃあまた後でね」


 そう言って、風無はすぐに出ていって隣の部屋に帰っていく。

 今更ながら俺の部屋の出入りがめちゃくちゃ自由になってる気がするな。今は仕方ないけど。


「ふー……じゃ、一応配信の設定でも確認しとくか……自分でしてるか?」

「あ、いえ、お願いします」


 と言いつつ、椅子から退ける気がなさそうな八坂の横から割り込んで、配信の設定を確認していく。


 これでYoutubeアカウントが俺のになってて『初コラボ!!!(チャンネル名:闇也【バーチャルライブ所属】)』とかやらかしたら俺のVtuber人生に一撃必殺技だからな……。


 八坂の声が流れる前だったら、パソコンとマイク奪い取って「初夏のコラボって意味です」って言ってそのまま風無とコラボする予定だけど。

 一応そこら辺は初めての作業だし念入りにやっとかないとな。


「チャンネルも八坂で……配信中はゲーム画面以外映さないし変なもんも映らないよな」

「…………」

「ゲーム画面もこれで映ってるはずで……」

「…………」

「ブラウザも……まあ間違って映しても問題はないけど……ブクマ移ったら八坂っぽくないって言われそうだな。一応映すなよ?」

「…………」

「無視か」

「ひゃいっ!?」

「えぇ……?」


 普通に目は開いてるし画面見てるように見えたのに、急に起こされたみたいな反応をする八坂。


「いや何その反応……」

「えっ? いや、その、急に耳元で低い声で、そんなこと言われたら、その……」

「……えぇ……」


 な、なにその反応……。


 思わずドン引きして後ずさる俺。


 え、なに……? なんで急に思い出したように俺のファン要素出してきた……?

 さっきまで普通にしてなかった? それとも今は別の人格になるタイミングだった?


「え……それは、企画に向けて俺のファンってキャラ思い出そうとしてる?」

「キャラじゃないですけど!」

「いや……わかったわかった。でもさっきまで普通に喋ってたじゃん」


 確かに会って最初の方はそういう感じの反応してたけど。

 でももう会ってから結構経ったじゃん。最初はありがたみ感じてたとしても慣れて何も感じなくなってくる時期じゃん。


「いや……その……別に、違うんですけど……お姉ちゃんが出ていったら、闇也先輩と、二人だなーって、思って……」

「いやいやいやいやいや……」


 今更じゃない?

 というか、俺と二人になるだけでそうなるんだとしたら何もできなくない?


「別に最初に部屋に来た時も二人になってたし……違うだろ」

「あの日は全部抑えてたのでその後に反動で熱が出ました」

「ええ……」


 絶対ネタだと思ってたけど真城さんが言ってたこと本当だったの……?

 そういう現象が本当にあるのか後で調べるか……。


「ってか……それで言うなら熱出してた時に俺が部屋行った日もそうだし」

「あの日はずっと顔の表面温度が100度を超えてました」

「触ったら火傷するだろ危ねーな」


 熱あるってそのレベルだったのかよ。


「というか……違うんですよ! 私もいつでもそんなこと考えてるわけじゃないんです! 大体10%くらいは目の前のことについて考えられてるんですよ!」

「それ残り90%くらいあるけど大丈夫か?」

「でも……いや逆にですよ!? 先輩! 先輩のめっちゃ好きな人が、自分がパソコンの前に座ってる時に近づいてきて『ここはこうだから……』ってすぐ横でマウス動かしてたらどう思いますか!?」

「あ~……」


 イイっすねぇ~。


 ま、漫画とかでしかそういうシチュエーション見ないけど。現実ではないだろ。


「いいシチュエーションだなとは思うよ」

「先輩! それを今私はされたんですよ! 先輩に!」

「いやいやなわけ……」


 ――あれ……? 俺、やってる……?

 今俺、八坂が座ってるのにその隣からマウス触ってる……?


「……俺が悪かったのか……?」

「そうです! 先輩が全部悪いんです!」

「マジか……」


 俺が悪いわけじゃないのは確かなはずなのに謎の説得力があるな……。


 いやでも冷静に考えて配信前にそんなこと考え始める八坂が悪……いやでも、八坂の性格を考えたら俺の行動が……あれ……?


「……というかそこまで自分でわかってるんだったら避けろよ」

「ダメだとわかっていても自分を止められないから人間は依存症になるんじゃないでしょうか」

「そんな真面目な話持ち出すようなこと言ったか?」


 「避けられるわけないじゃないですか!」みたいなこと言われると思って言っただけだったんだけど。


「いや……でも、本当に、何もなければ大丈夫なんです。いつもは心の中で操ってるんです。安心してください」

「今も?」

「95~99%くらいを推移してます」

「100超えたらどうなるんだ」

「さっきみたいになります」


 その説明だと驚くほど大丈夫じゃないし安心できないな。


「というか真面目な話」

「真面目な話をすると先輩が全部悪いです」

「それは真面目な話じゃない」


 俺の本当に真面目な話の邪魔をするな。


「真面目な話……俺といるだけで緊張するとか言うなら、オフコラボ、結構危ないからな」

「真面目な話なんてしないでください」

「真面目な話今日のコラボはそのためでもあるからな」


 八坂がもし、誰かと一緒に配信してる時は少しも喋れない人間だったら、本番に大変なことになる。


 本番は俺がいるだけじゃなく、他のVtuberの中身がたくさんいるんだから。

 多分俺は話せない。


「俺がいるだけでダメだったらスタジオ行ったらまた熱出すだろ」

「先輩が変なことしてこない限り大丈夫です」

「前この部屋来た日には何も変なことしてないんだよ」


 今日は変なことしたと言われても甘んじて受け入れるけど。


「一応言っとくと真面目に、八坂が喋ってくれないと俺達の組は終わりで……というか八坂、万が一のために聞いておくけど、人見知りではないよな」


 一応。念の為聞いておくけど。

 そんなところまで俺のリスペクトしてたりはしないよな。


「私は先輩以外には緊張しないし浮気もしないので大丈夫です」

「まあ……それが本当ならいいけど」


 でも浮気する奴は浮気してますとは言わないからな。

 まあ八坂は俺みたいな雰囲気もないし……大丈夫だと信じたいけど。


「じゃあ俺はトイレにこもって配信見てるから……とりあえず今日はコラボでも話せるところ見せてくれ」

「あれ? 先輩配信中は行っちゃうんですか?」

「そりゃ声入ったら一大事だし」


 俺がくしゃみした時に八坂が「お父さんが家にいて!」って言い張れるならいいけど。


「ああでも……本番のシミュレーションするなら、俺が隣に座ってる方がいいのか」

「えっ? あっ、その方が――ああっ……でもっ……うー……?」

「そんな悩むなよ……」


 ネタで言っただけだから。


「じゃ、ギリギリでばたばた移動してもあれだし……俺は行くからな」

「了解です!」

「変なことするなよ」

「しません!」


 配信開始まではまだ十分くらいあったけど、さすがに真面目な八坂なら初コラボ前に俺の部屋を漁ったりはしないだろうと信じて、俺はトイレに引きこもった。


 それから、配信前には八坂に『いつも通りに』と、激励なのか指示なのかよくわからないメッセージを送って、俺はスマホから八坂の配信画面を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る