第二章

第7話 連れてってもいい?

「ナイスっすー、やっぱ上手いっすね」

『いやいや……闇也君ほどじゃないけどね』


 窓の外に見える雨も関係なくその日も家の中にこもりっぱなしの俺。


 そしていつも通りその日もパソコンに向かう俺は珍しく、牛ノうしのはまさんと一緒にゲームをやっていた。配信外で。


「最近配信で見ないからやってないのかと思ってましたよ」

『いや……やってたんだけどね……中々、配信で見せられる調子にならなかったから』

「アスリートですね」


 この格好いいのに暗い声のお兄さんは、牛ノ浜たけるという、全身牛柄のパジャマのキャラでやってるVtuber。


 まあ、今は配信してないからただの暗い声のお兄さんなんだけど。


 俺が入った頃にちょっと話す機会があって、それからたまに一緒に面倒見てもらってる。

 当然中身は歳上。


「別にいつFPS配信してもいいと思いますけどね。どうせ牛さんより上手い人なんて視聴者にいないですよ」

『いや……ゲーム配信は自分より上手いかじゃないんだ……文句を言える隙があるかどうかなんだよ……』

「ああ……」


 経験者は語る。


 牛さんは元々は二日に一回くらいのペースで配信してたんだけど、ゲームでヘマした時のコメントがトラウマで一ヶ月に一回くらいしか配信しなくなったという過去がある。


 Twitterの更新も少なくて生きてるか死んでるかもわからないから、配信が始まった時は『生きててよかった』でコメントが埋まるのがお決まりの流れ。


『僕は闇也君は本当に凄いと思ってるんだ……』

「牛さんの配信が突如始まった時の盛り上がりに比べたら凄いところなんてないですよ」

『いや……僕なんて老兵さ。チャンネル登録もいずれ抜かれるだろうしね。間違いなく男性Vtuberで今一番勢いがあるのは闇也君だ』

「最近伸び悩んでますけどね」

『そんなことはないよ。まだまだ伸びる。新人の八坂さんとの絡みも面白いし……新しい層からもファンを得ようって貪欲さがある』

「……いや、あれは……」


 俺が貪欲だったというか、向こうの貪欲さに巻き込まれたというか。


 八坂の貪欲さも多分あの時は人気になるとかじゃなくて俺への距離を詰めるって方に向いてたと思うし。


『八坂さんとは、裏では本当は仲が良いんだよね』

「いや違いますね」

『ん? でも皆そう言ってるよ』

「それは勘違いなんです」

『ん……あ、ああ、そうだね。そういうことなんだった』

「そういう意味でもなくてね!?」


 「そういう設定なんで合わせてくださいね」みたいな雰囲気を出してたわけじゃなくてね!? 普通に配信外の俺として言ってるからね!?


 はあ……いや、八坂が師匠だの言っちゃった配信の切り抜き動画が少し人気になってたのは知ってたけど、いつの間にか同僚からもそういう扱いになってたのか……。


 まあ……あれは俺から見ても実は仲良いんだろうなこいつらって感じに見えたけど。


『まあ確かに、闇也君らしくないいじられ方ではあるけど、僕は面白いと思うんだよね』

「いや……俺も、面白くないと思ってるわけではないですけど」


 たまに、無関係なところで八坂の名前が出て、荒れないか焦る時はあるものの。

 いきなりファンの新人が入ってきて、それを軽くあしらうやり取りはいいネタだなとは思う。


 これで本当に仲良くしてたら、今の知名度的に八坂は俺の人気にあやかってるとか叩かれそうだけど、皆が叩く前に俺が叩いてるようなもんだからな。


『と言いつつ……闇×風派の僕としては少し不満なところもあるけれど』

「はい?」

『いや何でもないよ』

「いや聞こえてましたけど」


 聞こえなくて聞き返したわけじゃなくて言った内容について耳を疑っただけなんで。


 まあVtuberの間にもアニメのキャラみたいに男女のカップリングみたいなのがあって、それが一部には嫌われて一部には好かれながら存在してるわけなんだけど。

 同期デビューの俺と風無にも、そういうのが好きなファンは一定数いたりする。


『しばらく配信しないとファンの目線になっていていけないね』

「そう思うなら配信してくださいよ」

『うん……でもファン目線で見る配信も楽しいんだ。特に闇風のまるで幼馴染のような遠慮のない雰囲気が僕は……』

「ちなみにそういうの風無に言ったら怒るんで」

『ごめん何でもないよ』

「俺はいいんですけど」


 そういうの気にしなさそうと見せかけて風無は闇風がカップルとか言われると過剰に反応する。

 と言ってもそんな本気で視聴者に怒るわけじゃないけど。


『まあそういう話で言えば……八坂さんとのコラボも、皆は待っているだろうね』

「……それは……そもそも、俺がコラボしない人間なんで」

『そうだね。他の人気の子とのコラボもほとんどなくたった一人の喋りで、7000人も8000人も人を集めてる闇也君は、皆も凄いと思ってるよ』

「いやそういうんじゃなく……他の人とできないだけなんですけどね」


 そんだけ一人で喋れるのに、ってよく言われるけど、俺人と話すの苦手だから。


 正確には、知らない人と喋るのが苦手。だから、せっかく何十人も同僚がいる事務所に入ってるのに、全く知り合いとか増やせないんだよな。


 普通に、風無が俺の知らない女性Vtuberとコラボしてるの見て「イイナー」と思ってるけど、できない。


 しないじゃなく、できない。


 八坂となるべく直接話したくなかったみたいに、直接「一緒に配信できませんか?」って言えない人間だから。


『まあ……それは、闇也君の唯一の欠点かもしれないね』

「唯一……まあ……」


 食事とか睡眠時間とか生活面では欠点多いけど。

 確かに配信面では、唯一かもしれない。


『そういえば、僕の同期がまた面白い企画を考えてるみたいでね……』

「ああ……」


 バーチャルライブのメンバーを集めて、よく大型コラボをやってる人の顔が思い浮かぶ。

 ああいう大人数でワイワイするの誘われないんだよな、俺。


『闇也君を誘ったら面白そうだって言っていたんだけど……』

「えっホントですか?」

『でも誘っても断られそうだとも言っていたよ』

「…………ソッカー」


 いや、わかるけどな……俺、そういうの参加しなさそうなイメージついちゃってるからな……。


 一応俺だって、もっと人気のVtuberになりたいって欲はある。

 もし俺が事務所を引っ張っていけるような存在になれれば、俺の引きこもり生活は一層安定するだろうし。


 その人気を得るためには、俺一人だけじゃない方がいいかもしれないってのはわかるんだけど……。


『でも落ち込むことはないよ。焦らなくても、今の活動だけで闇也君はまだまだ伸びていくだろうしね』

「そう……っすかねー」

『だけど闇也君が「伸び悩んでる」と思うなら、僕の方から闇也君が皆と遊びたがってるって伝えておいてあげるよ』

「うーん、ありがたいけど恥ずかしい!」


 先生にこの子も入れてあげてって連れてこられる小学生みたい!


『ははは……まあ、焦る必要はないと思うけどね。もし僕を頼りたいと思う時が来たら……言ってくれよ、その時に』

「そうします」

『まあ……その頃には世間に僕は忘れられてるかもしれないけどね』

「そうなる前に配信してくださいね?」


 二ヶ月くらい配信しなかったら俺が誘うから。

 完全にファン側に落ちる前に俺が救い出してあげないと。


 そうして、二時間ほど俺は牛さんと他愛もない話を続けた。



 ◇◆◇◆◇



「ふー……」


 午後六時頃。

 牛さんと雑談をしてたこともあって、珍しく配信しなかった一日。


 SNSでは『とうとう死んだか?』という疑惑も浮上してたけど、これまた珍しくSNSに現れた牛さんが『今日は闇也君と一緒にゲームをしてたよ』と投稿したことで俺の死亡説は否定されていた。


 同時に牛さんの死亡説もなくなるとともに、『それを配信してくれえええ!』という切実なファンの要望で牛さんの返信欄は溢れていた。


「平和な一日だったな……」


 同性といることの安心感を改めて感じた日だった。

 最近解決したとは言え、長らく八坂の恐怖に追われて過ごしてたしな。


 異性というと、風無は自然体で話せる相手ではあるけど、あいつに異性として意識したことはない! って言ったらそれはそれで失礼だろうし。

 まあたまに女子っぽいところもあるし。


「そういや……」


 確か今日は風無も配信するんだっけか、と思い出してYoutubeを開くと、八時から配信の予定らしかった。


 新作のホラーゲームするなんて珍しいこともあるもんだ。

 あいつ基本的に一回パソコンに入れたゲームばっかやるしからな。

 多分ダウンロードとか設定で面倒くさいことになるのが嫌なんだろうけど。


「ま、八時からなら」


 俺はその時間まで配信してますかね。


 八時まで配信した後、これから風無がホラゲ配信やるらしいぜって言って終われば皆喜ぶだろうし。主に牛さんみたいな人達が。


 あと、単純に風無のホラゲ配信は俺も見たいっちゃ見たい。

 じゃ、とりあえずパンだけ食いながら今から配信始めちゃって――


「……ん、風無?」


 と、丁度配信を始めようとした良いのか悪いのかわからないタイミングで、風無から電話が掛かってくる。


 LINEじゃなくいきなり電話が掛かってくるのはわりと珍しい。緊急の用事かなんかか。


「うい」

『ドンドンドンドンッ――! ……――お姉ちゃ――! ドンドンッ――! ……あ、闇也?』

「え、今そっちホラゲ中?」


 通話繋げた瞬間めちゃくちゃリアルなホラー音声流れてきたんだけど?

 え? お化け屋敷? 風無の声の後ろの方から凄まじい音聞こえてるけど気のせいじゃないよね?


『……いや――ドドドンッ!』

「えっ……助けに行った方がいいやつか?」

『いや……ドンドンッ――! ちょっと姉妹喧嘩しただけなんだけど』

「なら大丈夫か。……え、大丈夫か?」

『大丈夫……お姉ちゃ――お姉ちゃ――……ちょっと今トイレにこもってて』

「ホラゲじゃん」


 後ろから微かに声聞こえてくるのがもの凄い臨場感ある。


 もう二時間前倒しでホラー配信した方が視聴者増えるんじゃね?

 どうしてそうなったのかこっちには全くわからないけど。


「なんかあったとか?」

『あー……ちょっと、私がやらかして……――ドドンッ!』

「ああ」

『パソコンが変になっちゃったから、直してほしいんだけど……――ドンドンッ!』

「ああ」


 すごい後ろの音のせいで盛り上がってるみたいになってるけど。

 内容はよくある風無のやらかしではあるな。


 いつもならアポ無しで持ってくるくせに、今日はそれでどうして俺に電話が掛かってきたのかよくわからないけど。


『配信前だから急いでて……お姉ちゃ――私も――! ……闇也のところ行くって、すみれに言っちゃって……』

「……ああ」

『それで……――ドンドンッ! お願いがあるんだけど……』


 そこで珍しくかしこまった風無は、そこだけははっきり聞こえるようにゆっくりと喋り。


『……そっちの部屋に、すみれ連れてってもいい? ――ドドンッ!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る