第12話 出る杭には槌を

「赤木さん。では、あなたに聞きたい」

「はい」


「あなたはさっき、ひまわりさん達のことを、檻だって言いました。檻の中で働いているだけだと。そうですね」

「……はい」

「そしてそれを。その中で働くことに喜びは見出せないとも言いましたね」

「はい」


「あなたこそ他の障害者の方々を差別していることにならないのですか」

「!」

「あなたはすごく高い目線で、他のひとたちのことを見下して、実際に毎日頑張って働いてくれている他のひまわりさんたちを見下して、『俺をこんなやつらと一緒にしないでくれ』って言っているだけのように私には思えます」


 それは……。考えないわけではなかった。ひょっとしたらそうなのかもしれないとも思った。

「どうなのですか。赤木さん。あなたに答えられますか」


「関係ありません」

 はっ、とした。

 僕も、東郷部長も。


「いま問題なのは、私どもの支援事業所の利用者である赤木さんが、御社で長く働いていけるか……。問題やすれ違いがあるのであれば、そのすり合わせを行っていくことではありませんか」


「彩華さん、あなた……」


 続けて、彩華支援員は表情を変えない無表情で、言った。

「障害者雇用という就労形態では、雇用される側、する側に、不安や不満があっても仕方がないことです。それは一般の雇用でも同じことです。障害者雇用であれば、なおさらのことではないでしょうか?そのために私は同席させていただいております」


「それはそうですが……」


「東郷様。赤木さんに、行き過ぎた言葉や礼を逸した発言があったかもしれません。御社の姿勢や東郷様の障害者雇用に対するご尽力にもかかわらず、赤木さんはそこに想いをいたしていなかったかもしれません」


 それは、そうだ。彩華さんの言うとおり、じゃあ部長が障害者担当としてどんな努力をしてきたのか、苦労をしてきたのか、何も知らない。


「しかし、東郷様……。他の『ひまわりさん』がどうかは存じ上げませんが、その一人が、このような意見を持っている……、苦悩を抱えて仕事をしている、そのことは、事実だと考えます。誤解があるのであればそれを解消して、どちらかに、あるいはお互いに改善できるところがあればその方向を見つけていこうという場、だと思いますが、いかがでしょうか?」


「仰るとおり……ですね」


 結局、今日この場で何か結論が出たり、何かが変わることはなかった。今日、この場では。

 間違いないことは、部長の逆鱗に触れたということだったろう。

 ぼくも礼を逸したと思うところは、部長に謝罪をした。


 言葉というものは人を傷つけるものだなと思った。

 会社として障害者のために、と思って取り組んできたことに対して、それが差別だと言われたら、それはとても傷つくような言葉だろう。「ひまわりさん」なんて言葉を与えられることで、傷つく者もいるだろう。


 後で、みすゞさんと話した。


「結局、方向性の問題だと思う。障害のある者に手を差し伸べようという側。その手をとって、気持ちを享受したいと思う側。差し伸べる手が右手なのに、左手を伸ばしても握手はできない。大事なのは手を伸ばしていること、それを握り返したいという気持ち。それがまっすぐな気持ちであれば……、ぼくも、会社も、歩み寄れると思う」


「差し伸べられた手、伸ばす手が違っても、差し伸べられた手を掴むことはできますけどね」


「彩華さん、ありがとう。今日のことの責任は俺が負いますから」

「私は私の仕事をしようとしただけですから」


 「みんな違って、みんないい」


 そう、思っている。きっと、みすゞさんも。

 通用するはずなんか、ないとしても。


 

 そう。通用するはずなんか、ないのだ。

 それはすぐに痛感することになった。



 数日後の、就労移行支援事業所。


 センターには、二十数名の利用者がそれぞれ思い思いの、Excelの勉強とか、履歴書の作成やなんかを行っている。

 そして、彩華支援員がその補助を行っていた。


 そのセンターのチャイムが鳴った。


「メメ法律事務所の所長、吉岡です。先日採用した赤木さんの件でこちらの支援員の彩華さんという方にお取り次ぎいただきたい。本日は副所長以下、役員も同行しておりますので」

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