第十六話

「おかげんはいかがですか? マスター」


 わたしの剣――ウパニシャッドさん――ししょう、が問いかけてきてくれました。

 ししょうは、優しいです。殺傷能力も高いですけど、それよりも、母性力も高いです。

 で、です。

 アートさんは、品定めするように、いかがわしい目で。わたしの身体を見てきています。(お巡りさ~ん、変質者がいますよ~。はやく、捕まえちゃってくださ~い)


「だ、だいじょうぶ、です、よ」

「ふーん。じぶん、また、心のなかで、俺のことをあくたれ、とった、やろ」


 ――――ぎく!


 心のなかを全てお見通しだぞ、と、言わんばかりの薄笑いをされています。

 遠い目をしています、遠い目をしています。いま、わたし、大事なことなので、二回、しました。

 もう、一回、して――おきました。


「そー、そんなこと、思って、な、ないですよーぉー」

「めっちゃ、嘘、ついとるやんけ。し、が、いっとるし」


 滝のように汗が流れていします――比喩表現ですよ。文字どおりに、滝の水量なみに汗が流れ出ていたら、脱水症状を引き起こし。

 最悪、死んでしまいます。


「ふふっ。どうして、わたしがアートさんの悪口を思っている、と。それに、わたしが、アートさんの悪口を思っている証拠は、どこにあるんです? さきに言っておきますが、声が裏返っている、は、証拠不十分で却下です、よ。ふっ、へぇへぇへぇへぇへぇ」


 どうですか、この心理作戦。

 動揺を隠すために、あえて、強気にでるという高等テクニック。

 駆け引きは、商売の基本です。

 大商人おおあきんどの娘として身につけた、知識と経験を遺憾なく発揮中、なのです。


「アホ、か。じぶん、ついさっきまで、目は口ほどに物を言う行動しとった、やんけ」

「ほォヘぇ?」

「ぁの~、ワ――マスター。人は嘘をつくと、無意識に眼球が右上に動いてしまう傾向があるんですよ。真実を話すのと違って嘘は、架空の話をするために、無理矢理にでも想像する必要があるので、右脳が活発になる影響で…………」

「……………………。わたし、何回、右上に動いてました。眼球」

「三回、や」

「…………、…………、…………」

 

 掌握されてました、わたしの全てまるっと。

 ――お二人に。


 静寂な空間に発生する。わたしの背中をぶる、ぶる、とさせる、ヤな感じの気配が滲み出てました。

 ――アートさんから。

 

「よし! 試しに切ってみよか。あの瓦礫の奥にある大きな瓦礫だけを切って、み」


 鎮座している瓦礫の山に向かって、身振り手振りを交えながら。わたしの意思疎通を無視した指示を出し終えると。

 小さな、小さな身体で、小さな、小さな背伸びをしています。

 意思疎通を無視するどころか意味不明な、出題をしてきてるんですけど、アートさん。

 瓦礫の奥にある大きな瓦礫だけを切る? 目の前にある瓦礫を切るではなく、その奥にある大きな瓦礫を切る?

 無理――絶対に!

 ウパニシャッドさんが凄い切れ味を誇った剣なのは重々承知しています。だって、ミノタウロスを真っ二つにしたのを見ていたので知っています。

 が、

 どれほどの凄い切れ味を誇った剣だと、しても。奥の大きな瓦礫を切るということは不可能です。

 

 ありえるとしたら。

 

 ウパニシャッドさんの切れ味なら手前の瓦礫を切った、勢いで、奥の大きな瓦礫も一緒に切るということは、可能性かも、しれません。

 でも、

 それを可能にするには、相当な剣技を身につけていることが、必要不可欠。十三英雄、筆頭と呼ばれたアートさんなら、そんな不可能を可能にすることも容易いかもしれませんが……。

 しかし。

 わたしの技量では……。

 手前の瓦礫するら、切ることはできません。たぶん、ウッパニシャッドさんの異様と言ってもいい、切れ味を誇ったとしても、です。


 不可能――わたしには!

 可能なことは、また、瓦礫の山を崩してしまう、ことぐらい!



 なして、

 仰々しいほどの疑問符を頭の上部に浮遊さおられるんですか、アートさん。


 "そんな、難しいこと言ってる? 俺"

 と、何か間違ったこと言った? と、不思議な表情で目を丸くして見てきました。

 ――この人、毎度のことながら。

 ――――人をイラッとさせる天才ですか。


「おい! 頭頂部を的確に狙って、石、投げてくんな。せめて、頬をつねるとか、ビヨ~ンって両頬を引っ張るとか。もっと乙女チックなことできひんのかい」

 

 これだから、天才は、凡人の気持を理解できないんですよ。やれば出来るって、やって出来できないんだから、苦労してるんです、よ!


「アートさん、手本を見せてください」

「それ、もう、無理やから」


 拍子抜け返答。


「はぁ――――――っ!?」

「だって、ウッパニシャッド。ワート専用に書き換えてもたから、俺、使えんようになってしもてんねん。だから、ム、リ」


 アートさん、なに、他人事みたいに言ってるんですか、いや、まちがいなく。アートさんがおっしゃっていることが、正しければ、他人事なんですけど。


「ワート。案ずるより産むが易し」


 ひらひらと手を振りながら、また、小難しい言い回しを。


、って」

「 始める前はから、ぐだぐだと心配してる暇があったら、さっさと実行してみろってこと。案外、やってみたら簡単に出来てまうかもしれへんって。長ったらしい講釈を短縮したモンや」

「…………、…………」

「ワ――、マスター。騙されたと思って、一度、試してみるのもいいんじゃ、ない、でしょうか?」


 地面に刀身が深々と突き刺さっている状態から抜け出す、ウッパニシャッド。一切、掠れる音がしなかった、刀身が地面と接触しているのに。

 抜け出した、ウッパニシャッドは。

 ふわ、ふわ、と浮遊し、アートの目の前で、停止する。 


「わかりました、わかりました! や、り、ま、す!」


 やけっぱちに言い放った言葉。

 と、

 一緒に口から心臓が飛び出しそうだった。

 肉体的と魂に刻み込まれた――恐怖。

 ワートの手は震えていた。

 そう、もう一度、もう一度、あの体験をするのではない、か、錯綜していた。

 

 柄頭が上に向き刃先が下を向いて浮かぶ、一振の剣を注視していた。

 

「ああ、ちゃんと書き換え、すんでるし。教典の疑似人格ウッパニシャッドがワートのことを所持者マスターと認識しとるから。ドッキリ、ビックリ、恐怖体験をすることは、もうないで。、な」


 臆面おくめんもなく無神経に発言するアート。

 屈折した前所持者の気が遠くなりそうな――助言ストレス、で――気が遠くなりそうになりながら、剣の握りに手を触れようとしたときだった。


「――――――――――――――――ッ!?」

「マスターが、焦れったいので」

「し、ししょう! わ、わたしの、こ、こころの、じゅ、じゅんび、準備、を」


 ワートの手にはウッパニシャッドが握られていた。というよりも、掴まされていた。


「だいたい、いま、さら。ナニをビビってんねん」


 後頭部を掻きながら、場の空気の読めなさナンバーワンの少年が目を細めながら、軽やかにステップを踏む。


「だって、だって、だって、ですよ! また、あのコワイ――体験を」

「俺のほうが、めっちゃコワイ、わ」


 錯乱状態なワートは、伝説の剣もといウッパニシャッドを振り回してしたのだった――狭い穴という空間で。

 その振り回されている剣の軌跡を最小限の動作だけで、アートは躱していた。


「じぶんが、コワイ、想いしたんは知っとるから、な。とりあえず、いまは、落ち着けって」


 怯えた小動物が隅っこで震えているのよう愛玩度なアートさん。あわせて両手を前に出して、制止する態度で。

 わたしは、冷静になりました。

 

 ――――――――――ズ、ズ、ズ、ズ、ズ、

 と、

 鈍い音と振動が、そこかしこ、で。


「マスター、やり過ごすです」

「え!?」

「そこの瓦礫の奥にある大きな瓦礫だけ、切れって言ってたよな、俺。なに、あちらこちらの、瓦礫、ズタズタに、しとんねん」

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