第11話、彼はいつだって嵐を呼ぶ

 しかしてあまりものであっても、運が向くことはよくあることでして。


「んじゃあこれがメンバーってことー?」


 垂れ目で細目なクラスメイトの井納が顔に似合ったのんびりとした声で尋ねてきた。隣にいるのは……


「そゆこと」


 衛藤だ。いやそうじゃない。その衛藤の隣で眠たそうなダルそうな目をしていたのは……


「よ、よよよ、よよ」


「よ?」


 そして楓が顔を赤くして俯きつつよを連呼していたのは……


「仲良くやろーよ、4人とも」


 中田の視線の先で、土橋が欠伸をしていた。そうだ。6分の1という厳しい確率をクリアして、無事楓と土橋は同じ班になったのだ。そして遠足では、同じ網を使ってバーベキューを開催するのだ。


 この時の楓の心境たるや、ここで書き表さなくてもわかるだろう。


【え?!?!?マジマジちょっと待って!!!!!土橋くんと同じ!?!?!?土橋くんと同じってことは!!!!土橋くんと同じってことだよね!?!?!?】


 Twitter特有の枕詞と某政治家のような言い回しを同時併用するほど混乱していた。まあでもこれは可愛い反応だろう。誰だって意中の殿方と同じグループで行動できる状況を見に余る幸せと表現するだろう。まさにその典型的なシチュエーションなのだ。


「そんでさ、これが担任の安藤先生から配られたプリントなんだけど、どうするよこれ」


「プリント字が小さいから読んでー」


 井納は早速甘えた言葉を並べていた。彼は語尾を変に伸ばして会話する癖があった。しかし中田も楓もその癖について知らなかったから、この時はまだ戸惑って反応していた。しかし友人である衛藤と土橋は別である。


「簡潔にいうと決まっているのは場所とBBQすることだけ。あと予算はグループで3万円。これで好きな食材買ったり持ち寄ったりして焼いて食えって。余ったお金は学校へ返せって。あとレシート取っとけ」


「自由過ぎんだろ」


 衛藤の説明にタイミングよく中田が突っ込んだ。


「まあ今に始まったことじゃないけど、どうしてまあこの学校はこんなにも生徒放任主義なのよほんと……」


「まあまあ中田さん。自由にできて良いってことじゃないの?」


 中田と衛藤がこのグループの中心になるのだろう。井納は脳味噌ちゃらんぽらんだし、土橋は連日の徹夜で頭が回っていないし、楓は目の前の土橋に心を奪われろくに口を開いていなかった。いやそもそも口数の多いタイプではないが。


「そういや……あんまり聞きたくないんだけどさ……」


 しかしながらここで、土橋が口を開いた。珍しいことだ。いつもは会話の流れに身を任せつつ自分を出さないのだが、この時だけはどうしても聞きたいことがあったようだ。


「ん?」


「どうしたー?」


「かしこまんないでよこのメンツで」


 中田はもう男子のようにあっけんからんとしていた。それが彼女の魅力であり欠点だ。


「みんな、料理できんの?」


 しかしここでその和やかな雰囲気は終わりを告げた。


「いやできないよー」


 井納は簡単に自分の欠点を告げた。彼にとってできないことを曝け出すのに躊躇いなどなかった。


「うん……まあ、正直家庭科の実習程度でしか包丁握ったことないな」


 衛藤もそう白状した。しかしながら、1人だけ深刻な顔をしている人がいた。


「まあ? カレーくらいならできるよ??」


 中田である。


「カレーができない人なんていないだろう」


「う、う、うるさいよ土橋!!!」


 中田にとって、料理ができないというのは結構なコンプレックスだった。2000年を超えてもまだ、料理のできる女子に対する信頼は厚い。手料理の一つこなせない女子はそれだけで少し男子からのストロングポイントを失う。何より、女子同士でお菓子作りに呼ばれなくなる。そしてそれが壊滅的なのが……彼女なのだ。


「いや、でもBBQって肉切って焼くだけだろ?別に特別な料理スキルとか必要なくね?」


「それができない人がいるんだよ。包丁触らしたら駄目系なあれよ」


「まじかーやべーなー」


「おい男3人組!!! 哀れな顔でこっちを見るなよ!!!」


 実の所衛藤も井納も人を笑えるほど料理スキルがあるわけではなかった。土橋に関してはこの前楓が家に行った時説明した通りの家族構成なので、一通りの家事スキルはあったものの、そんな男子は高校生の平均ではない。


 そしてお粥を作っていたことから察せられるだろうが、楓もそこそこの料理スキルがあった。お菓子作りは慣れているし、それ以外の料理も経験済みだ。


「内山さんはどう?」


 しかし衛藤がこう聞いた時、楓は実態と違う返答をした。


「わ、わ、私も……自信ないかなあ」


 女子というのは自信のある人が虐められる傾向にある。その神経が過敏な彼女にとって、自らのスキルをひけらかすことなど愚の骨頂だった。


「そかー仲間だねー」


 井納や衛藤は安心した顔をしていた。それを見て楓は安心していた。中田は竹を割ったような性格だから、特に気にしていなかった。


 気にしていたのはたった1人だった。そしてその1人の配慮なき言葉が、多くの物議を醸すのだった。


「え?でも前家に来てくれておかゆ作ってくれたじゃん」


 無論、土橋赤葉である。

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