お前ら早く付き合えよ!!!〜鈍感男子と内気女子の一向に先へと進まないラブコメディ〜

春槻航真

第1章:看病イベント

第1話:その日私は恋をした

 それは桜舞い散る4月のお話。私は選挙管理委員として立候補の受付をしていました。隣に座っていたのは、その時同じ委員だった土橋どばしくんです。


 土橋くんはいつもボサボサの頭をしていました。白シャツの下に黒色の肌着を身につけており、いつも黒が透けて見えていました。学ランのような真っ黒のズボンを履いて、茶色のキャンバスシューズを履いていました。一言で言うと、地味な格好でした。


 土橋くんとは同じクラスでしたが、まだ入学してすぐだったので話したことはありませんでした。ただ、クラスの中心でみんなを纏めている人達よりは、どちらかというと目立たないタイプの生徒だったことは覚えています。


 立候補の受付といっても、ほとんど候補は出揃っていて来客はありませんでした。生徒会室の前で2人、黙って通り過ぎる人達を見ていました。


 私にとって、沈黙は特に辛いことでありません。むしろ気が楽です。そしてどうやら土橋くんもそうみたいで悠々としていました。全く会話がないまま5分ほど経過しました。


 そんな2人に見かねたのか、はたまた沈黙が嫌いなタイプだったのかはわかりませんが、生徒会の運営を担当している奄美あまみ先生が声をかけてきました。


「2人はさ、もう入部する部活って決めた?」


 背後から声をかけられたので、私達は同時に驚き同時に振り向きました。奄美先生は20代OLらしいパンツルックスタイルで、長い黒髪をポニーテールにして纏めていました。小顔で綺麗な顔立ちをしていて、一見すると同級生に見えてしまう程でした。


「決めて…………ないです…………」


 私は正直に答えました。実際に決めていなかったどころか、見学もろくに行っていなかったのです。ドアを開けたりみんなに挨拶したり、そんな勇気が私には無かったのです。人と話すのは苦手です。人と関わるのは疲れてしまいます。そんな人、私だけかもしれないですが。


「あっそうなんだー!! 気になっている部活とかあったー? ここ迷ってるんだー! とか?」


 奄美先生はそれでも追加で聞いてきました。私はその質問に答えあぐねました。見学一つも行ってないなんて、先生を余計に心配させてしまうでしょう。


 この学校の部活入部率はほぼ100%。部活に入らないなど、友達0スタートを約束されたようなものです。でも嘘をついても、どうせボロが出てしまいます。


 先生とて鬼ではありません。先生なりに新入生とコミュニケーションを取ろうとしてくれているのでしょう。それはよくわかりますが、今の私には重荷だったのです。


 奄美先生と目を合わせずにプルプルと震えていました。情けない話です。その話題やめてくださいと言う勇気すら、私は持ち合わせていなかったのです。


「ほらー、どこか1個くらいは……」


「そういや、奄美先生ってソフトボール部の顧問ですよね?人数集まってます?」


 ここで口を挟んでくれた人がいました。土橋くんです。


「確定で来るって言ってくれている子が10人くらい? もう少し欲しいかなあって感じ……」


 奄美先生は私じゃなくて土橋くんを見て話し始めました。もしかして、私のこと察してくれたの? 私は少し申し訳ない気持ちになりました。そしてとても優しい人だと思いました。


「なるほど……ひと学年1チーム以上の人数が欲しいと」


「そういうことなの!!まあちょっと贅沢よね」


「だとよ内山」


 !?!? 私は背中が震え上がるのを身に染みて感じました。


「ん? いや、部活決まってないならソフト部入ったら?」


 え!?!? いつそんな話になったの!?!? 前言撤回致します。土橋くんは私の気持ちなんて全然汲んでくれていませんでした。


「いや私野球すらやったことないし……運動苦手だし」


「とのことです、奄美先生」


「いや……そう」


 その時の奄美先生の顔は、別にこの子を勧誘しにきたわけじゃないんだけどなあという困惑の表情があからさまに出ていました。ただそれを口に出すと、私に失礼じゃないかと思ったのかは知りませんが、言葉としては濁されていました。


 まあわかっています。運動は苦手ですから。


 この後奄美先生は他の人に呼ばれたみたいで、持ち場から離れました。私はほっと一安心しました。やはり人と話すのは怖いです。今でさえ、もっと気の利いたことを言いたかったと後悔してばかりです。


 ふと隣を見ると、土橋くんはぼーっと斜め上を見ていました。ちょっとだけ気になりました。彼はどんな部活に入るのだろう。スポーツマンな感じもないので、軽音楽部とかでしょうか?


 しかしそれを聞いてしまうのは……もしかしたらまだ決まってなくて、私みたいに困ってしまうかもしれません。もしかしたら運動部かもしれませんし、それなら話が続きません。


 マネージャーにならないか?なんて勧誘されるかもしれません。マネージャーなんて、私みたいな内気な人間には無理です。部員を励ますなんて絶対できません。それも嫌でした。


 つまるところ怖いのです。どんな答えが返ってきても心が折れそうになるのです。こんな世間話すら、私には難しいのです。


「内山さんってさ」


 そんなことを思っていたら再び土橋くんが尋ねてきました。私は怯えながらも頑張って土橋くんの方を振り向きました。


「もしかして将棋に興味あったりする?」


 将棋……やったことありません。土橋くんは首を振る私をチラリと横目で見ました。


「そっか……」


 また話が途切れました。私は気になったので、恐る恐る尋ねてみることにしました。とても偉いと思います。花丸です。


「将棋部……入るの?」


 小さい声だったからか、聞こえていないのかなと思いました。それくらい反応が薄かったのです。それでも言い直す勇気はなくて、私は椅子に座ってキュッと膝を内股にしていました。


「将棋ってさ、スポーツなんだ」


 独り言のようでした。そう感じたのは、彼が視線を変えずに、私の方を見ないで話していたからでしょう。


「だって明確に勝ち負けがあるし、勝つための戦法だっていっぱいある。団体戦もある。全国大会もある。対局に莫大なエネルギーがいるし、終わった後はくたくただし。でもそれを理解している人って少なくて……」


 ここで土橋くんはこちらを見た。


「変な奴だろ? 他に色んなスポーツがあるのに、わざわざ将棋なんてよくわかんないものに手を伸ばすなんて」


 とても爽やかな顔でした。少なくとも私はそう思いました。本当にこの人は、将棋が好きなんだと思いました。だからこそ、次の言葉を否定したくなったのです。


「よく変なやつって笑われる。そんなの遊びでしょ? 楽しくなさそう。 何やってんの? て……」


「笑わないよ!!!」


 声が大きくなってしまったので、私はまた黙ってしまいました。恥ずかしかったです。私こそ変な奴だと思いました。でも私は、ちょっとだけわかるのです。自分が好きなものを、他人から冷笑される辛さがわかるのです。


 それに将棋部は、私の中学にもありました。その時、同じことを言っているクラスメイトがいました。だからこそ、私は否定したかったのです。そんな思いは口に出せず、胸の奥にしまったままでした。


 土橋くんは少し息を吸いました。その音が聞こえてきました。そして自然と吐き出しつつ答えを返しました。


「ありがとう」


 その言葉を聞いて、私は反射的に顔を上げました。すると爽やかな笑顔を浮かべた土橋くんの顔が飛び込んできました。


「内山さんは、優しい人だ」


 その顔が、目が、口が、全て鮮明に私の脳裏に焼き付きました。優しいと言われたこともそうですが、その顔が何よりも素敵でかっこよくて嬉しくて……私は耳まで真っ赤にして下を向いてしまいました。


 これはほんの、10分のこと。この10分で、私は恋に落ちてしまったのです。
















「ねえ、うっちー?」

「ん?」

「それさ、いつの話?」

「えっ4月だけど」

「いつの4月??」


 とある昼休みのこと、中田宙果なかたそらみはギロリと睨みをきかせつつ友人の内山楓うちやまかえでに質問を投げかけていた。


「こ、こ……」

「高?」

「高1」

「今は?」

「高2の4月……だけど……」

「おいお前そのあと1年間何の進展もなかったのかよ!!!!!」


 そして中田の絶叫が2年8組のクラス中に轟いたのだった。

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