第7話 黒龍の天使


 東へと、足に風魔法を纏い駆けて行く。


 高速で流れる景色が楽しくて、時々見掛ける獣と競うように駆けて行ったりもして、昔もこうやって笑いながら二人で走った事を思い出す。


 エリアスと一緒にいた頃は楽しかった。こうやってただ走る事も二人だったら楽しくて、辛いこともあったけど、私たちはお互いを支え合うようにして旅をしていた。

 

 風を感じて楽しかった日々を思い出しながら、颯爽と一人駆けて行く。


 2時間程そうやって走るとかなり距離を進めたようで、遠くに街が見えてきた。走るのをやめて、速度を落として歩いて行く事にする。

 

 

「ふぅ……疲れたな……」



 ほんの2時間ほど走っただけなのに、思ったより体が疲れてる。前はこんなこと無かったのに……疲れが溜まっていたのかな?

 ゆっくりめに歩いて、呼吸を整えて歩いていく。ここはもうロヴァダ国だ。関所を回避したから、どこからがロヴァダ国かは分からなかったけれど、滞りなく国境は越えられた。


 ロヴァダ国には初めて来た。ここはどんな国なんだろうか?


 街へ入るべく、門へ向かう。門番が一人、椅子に座って暇そうにしてアクビをしていた。街と言うより村に近いか。木で作られた外壁は、所々朽ちていて、魔物や敵が来てもこの街を守れそうにないくらいに傷んでいる状態だった。

 街に入ろうとする人は誰もいなくて、外からでも寂しそうな街の様子が漂う。


 今にも寝てしまいそうな門番の前に行くと、私を見た門番はいきなりバッと立ち上がった。



「お、お前! この街に何用だ?!」


「旅の途中で立ち寄っただけだが……」


「そう、か……では銀貨1枚だ」


「え?! 金を取るのか?!」


「ここは入場するのに金がいるんだよ。さぁ、早く出せ!」


「銀貨1枚って、かなり高いじゃないか。その価値がこの街にあるって事なのか?」


「お前っ! 侮辱するのか?!」


「そういう事ではない。が……」


「ここから当分は街や村がないんだ。ここで物資を調達とかしといた方が良いだろ? 持ち物が少なそうだから、食料とかもうあまり無いんじゃないのか?」


「それは問題ないが……分かった」



 私が仕方なく銀貨を出すと、奪うようにして私の手から銀貨を取った。

 それから下衆張った笑みを浮かべて私を上から下までなめ尽くすように見て、ジリジリと近寄ってくる。

 なんだコイツは? こんなのが門番でいいのか?


 中に入ろうとするのけれど、それを塞ぐように門番は前に立ちはだかる。全く、面倒だな。

 

 何がしたいのか、金をもっと渡せとでも言いたいのか、それとも私の魅了にあてられたのか。とにかく金は払ったのだから中へ入ろうとする。それでも退かない門番に苛つき、つい威圧を纏った目で睨み付けた。



「ヒィィッッ!!」



 恐れおののき、叫ぶようにして門番は後ろへ退けようとして自分の足に躓き、その場にドシンと尻餅をついた。


 私は門番を見下ろして、そのまま横を通りすぎる。門番はガタガタ震えてそのままの状態から暫くは動けない感じだった。


 それにしても、何なんだ今のは……

 あんなのが門番で良いのか? 恐らく支払った銀貨はあの門番のモノになるのだろう。そんな奴を門番に据え置くこの街は本当に大丈夫なのか?


 そう考えながら辺りを見渡す。どの建物も木で造られていて、それがかなり傷んでいる状態だ。今にも崩れそうな程の建物もあって、見ているこっちが心配してしまう程だ。 

  

 人通りも少なく、住人と思われる人々の身なりは皆が乏しかった。道端には物乞いをする者も少なくなく、子供達がこぞって私の元に来ては物をねだってくる。


 ロヴァダ国というところは、こんなに寂れているのか? それとも、それはここだけで、首都の近くは繁栄しているのだろうか? それともこれがロヴァダ国の水準なのだろうか……


 何にせよ、ここまで人々の暮らしが低いのは問題がある、としか言いようがなかった。

 

 物乞いをする子供一人に何かしたところで何かが変わる訳ではない。それよりも更に乞う人々は多くなって、収集がつかなくなりそうだ。

 痩せ細った子供達に心を痛めながら、ここで何もしないのが得策だと言い聞かせ、その場から逃れるようにして足早に進んでいく。


 真っ昼間だと言うのに、街角には娼婦と思われる肌を露出させた衣装の女性が至るところに佇んでいる。

 路地には力なく座り込んでいる人達も多くいた。

 至るところにゴミが散乱し、それを漁っている者もいる。これは街として成り立っているのだろうか?


 そうやって辺りを確認しながら歩いているが、先程から私をつけ狙う者もあちこちにいるのが感じられる。

 私の容姿は、ここにいる者からすれば高価な物を身に付けているように見えるようで、襲って身ぐるみ剥がそうって魂胆が手に取るように分かる。

 本当にここは居心地が悪い。


 ここで一泊、と思ったが、それはしない方が良さそうだ。眠っている間に襲われるのは容易に想像できてしまう。


 そんな中で感じる青の石の光。


 その光は美しく輝いていて、ここでは場違いに感じられる。

 この街に青の石がある。その輝きを求めるように歩いて行くと、不意に後ろから何者かが襲ってくる気配がした。


 自身に結界を張り、身体中から威圧を放つと、後ろからの者と、左右、前方の者にもそれは効いたようで、皆がピタリとその場に縫い付けられるようにして立ち止まった。

 

 チラリと確認してから、その場を離れて進んで行く。私を襲おうとした者は13人程か。少し歩いただけでこれか。こんなナリなのに、裕福な者とでも思ったか。

 まだ襲って来ようとした者達はその場から動けないでいる。暫くはそうしていて貰おう。


 また狙われるのも厄介なので、風魔法を足に纏って走り出す。

 青の光を求めて少し走った所で足を止めた。


 そこは街の真ん中にある広場。


 露店があって、木々が生い茂っていて、この寂れた街の中でここが一番賑わっているように感じる。それでも、他の村や街からすると人は少ないが。


 そんな中の中央辺りにある、薄汚れた銅像が目に入る。

 それは大きな翼の生えた少女で、微笑んで両手をふわりと広げている。



「リュカ……」



 それは……その銅像は私の娘のリュカだった。

 

 所々が欠けていて、擦れて傷も至るところにあってヒビもあちこちにあって、決して大切に扱われていないだろう事は聞かずとも分かる状態で……

 

 気づけば涙が溢れていた。


 リュカは人々から呪いを奪い助けたとして、その功績を称えられて銅像を建てられた。その銅像を置くことで幸せになれると信じられ、それにあやかって『黒龍の天使』像と名付けられたリュカの像は各国で建てられたのだ。


 他の国の街や村でも何度も『黒龍の天使』像は見た事がある。けれど、こんなに酷い状態の像は今まで見た事がなかった。

 あれから400年以上経っている。けれど、銅像がここまで傷むなんて……


 悔しかった。悲しかった。


 この街の人からしたら幸運をもたらすと言われていたのに、生活が豊かにならない事に憤りを感じているのか、それとも初めからそんな事は期待していないのか分からないが、あまりに扱いが酷い状態のリュカの像を見て、涙が溢れて止まらなかった。


 青の光は、優しく広げているその手首にある腕輪部分から輝いていた。

 そっと近づいて行くけれど、さっきよりも大人数が私を狙っているのが感じられた。


 ここは一旦退く事にしよう。


 その場から空間移動で姿を消して、朝いたシアレパス国にある国境沿いの街の宿屋の部屋へ戻ってきて、ベッドにそのままに倒れ込む。


 リュカが傷つけられた訳じゃないけれど、あんな状態の像を見たら居たたまれなくて、けれどどうする事も出来なくて、凄く申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 夜、もう一度あの街へ行こう。


 それから青の石をあの像から貰おう。


 それが何だか悪い事をするような気がして、心の中で何度もリュカに謝る。


 けれど、リュカはこんな時は気にならないのか、体や心臓が痛むことはなかった。


 まだ止まらない涙をそのままに、私はそっと目を閉じた。






 

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