第5話 野獣が美女

 

 入って右手は壁一面のガラス扉で、部屋は明るい朝の光に満ちていた。

 案内される間にわからなくなっていたが、どうやら私の部屋と同じ方角に面しているようだ。

 なぜならこの光はまやかしで、一方向からしか差し込まないのだ。魔界のほぼ毎日仄暗い天候に、私が気鬱を起こさしめないようにとの配慮らしかった。

 そんな光あふれる広大な部屋には当然、食事用のテーブルがあり―――旦那様は遥か彼方に居た。


 うん、そうなんだ。


 よく映画なんかで見る、富裕層の家庭の断絶を表現するためにある長―――いテーブルだ。向こう側のお誕生日席に旦那様が座っている。

 そして、こちら側のお誕生日席にもカラトリーが並んでいる。

 

「…おはようございます」

「うむ」


 これは、アレだな。やっちまえ、という前フリだとしか思えない。

 よいしょ、と持ち上げた豪華な椅子は、信じられないほど重かった。


「王妃様!おやめください!」

「わかりました!私共がお運びいたしますから!」


 駆け寄る侍女たちを目で制す。

 だってさ、ここ後宮だから基本男手がないんだよね。女の子たちに力仕事させるのは気が引けるじゃん。誰がやっても大変なことなら、わがままを言う張本人がやるべきだ。

 1メートルほど運んで、ひと休み。気の長いことではあるが、数回繰り返せば良いだけだ。気合いだ。再び椅子の背を抱えて腰を落とす。と、馬鹿みたいに重かった椅子が、さっと取り上げられた。


「何をしておる」


 あ、男手あったわ。


 呆れた調子で見下ろす旦那様は片手で軽々と椅子を抱え、宙に浮いた私の手を引っ掴んで歩き出した。


 …よーしわかった。萌え殺す気だな?


 そりゃ私にだって、乏しいながら恋愛経験くらいある。おててをつないだくらいで頬を染める歳でもない。

 だけど私ひとりくらい片方でくびり殺せそうな大きな手が、細心の注意を払った強さで私を引くのだ。弱々しい力ではない、しっかりと握り込まれた手に、胸の奥がふわりと暖かくなるのを感じた。

 我ながら図太く毎日をエンジョイしているものだと思っていたけれど、寄る辺ない身の上が心細かったのかもしれない。


「…何故、泣いておるのだ」

「ううっ旦那様…抱きついてちゅーしていいですか…」

「人目があるであろうが! 二人の時にせよ!!」


 駄目だこの人、整形程度じゃ太刀打ちできねぇわ。ナチュラルに萌えキャラじゃねーかよ。私そのうち鼻血の海で失血死させられるかもしれない。




 まあ、今日の旦那様は狼頭なんだけどな。



 

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