第3話 いじってみようぜ

 



「美しいったってなー…」


 施術台に横たわり、私はまだぶつぶつとぼやき続けていた。

 旦那様とのやりとりは、きれいな平行線を描いたのである。


「美しい」

「そんなはずないです」


 お互いに手を変え言葉を変えて、相手を納得させようと不毛な議論を続けた。うん、ちょっと意地になってた。


 誤解で好かれるのは嫌いだ。


 その誤解に合わせて演じ続けるのも、誤解がとけて失望されるのもまっぴらだ。


 あのストーカー野郎もそうだった。何枚もの猫をかぶった仕事モードの私を気に入り、誤解だと説明しても聞き入れず、キレて猫を脱いだ私に「元の大人しい君に戻れ」とかなんとか喚きながら激高したのだ。あげくの果てには、力尽くで矯正してくれようとナイフ持参で出待ちしやがったのである。

 死因?

 私の最期の思考は、


「運転手の人、ごめんなさい」


 であった。今も気になっている。何とかフォローできないか、旦那様に訊いてみよう。

 旦那様の誤解がとけて失望、放逐されるまでにやっておかないとな…。






「王妃様、お待たせして申し訳ございませぬ」


 首垂れて沈んでいた私は、しわがれた声に顔を上げた。

 好々爺の笑みを浮かべた黒いローブの老人が立っていた。顔色が青く…ではなく顔が青色で、額からねじくれた角が2本生えている。


「あ、こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ありません」

 

 慌てて施術台を降り、頭を下げる。魔族の年齢なんて計り知れないが、明らかな年寄りをこういうことに使うのは、少々気が引けた。


「それで、あなたが美容外科医の先生でらっしゃる?」

「はて、ビヨウゲカイとは何ですかな?」


 …前言撤回。頼むぜ旦那様!






「整形ってできますかねー」


 美しさについての認識のすり合わせが物別れに終わった後、気を取り直した旦那様が望みはあるかと言い出したので、要求してみたのである。

 私の身体は旦那様の魔力でできているという。

 ならば馬鹿正直に元の姿である必要はないのではないか?

 力説する私に、旦那様のライオン頭が傾いだ。

 

「我は今の姿で良いと思うが…必要なことなのか?」

「必要です!今後のここでの生活に必要なことなのです!」


 こちらへ来て三日目だが、旦那様の甘やかしぶりには正直、面食らっていた。

 何せ顔面偏差値は中の下、アラサー、性格も悪い、となると、元の世界での私はろくな扱いを受けてこなかったのだ。

 一度付き合いでホストクラブに行った時など、金のためとはいえ、こんなんの相手をしなきゃならないなんて辛いよなーすまぬ、すまぬ…!と、とてもじゃないが楽しめなかった。

 旦那様は私の見目にこだわらない様子ではあるのだが、私はこだわるのだ。精神安定上必要なのだ。


「ならば好きにするが良い。手配はしておこう」

「あざす!」

 

 さようならコンプ!気兼ねなく媚びを売れる外見よ、こんにちは!

 まあ旦那様がどうでも良さげな以上、自己満足でしかないのだが、私は喜び勇んで後宮のとある一室へと案内されたのだった。




 ところが、である。考えてもみてほしい。

 「美容外科医」という言葉を知らないということは、現代の人間社会に通じていないと予想される。

 そんな人に「美女にしてください!」と言えばどうなるか。

 良くて数百年前の美女。最悪、どういうものかは知らねど魔界風美女というやつにされるのではあるまいか。目が三っつ、牙が下から上に生えていたりしたらどうする。

 内心で頭を抱えていると、老人はふぉふぉふぉ、と柔らかな笑い声を上げた。


「ああ、なるほど。わしは医師ではありませぬよ。わしは魔導師。ガリウスと申す者」

「魔導師…」

「はい。現在、貴女様のお身体が魔王様の魔力でできているのはご存知ですかな?」


 こくこくこく。


「わしは術でその魔力を調整し、一時的に貴女様の思念どおりに形を変えられるようにするのです」

「な、なるほど…!」


 何とも夢のような技術ではないか。元の世界なら革命だよこれ。

 …あれ?待てよ?ということは、私のビジョンが成否の命運を分けるわけで。

 とにかく美女にしてくれと言えばいいや、と丸投げする気満々だった私は、これまでサボっていた「美しいワタクシ」のイメトレに、大いに苦しむことになるのである。


「…万一の時はキャンセルできます?」


 おずおずと訊いた私に、ガリウス師は再びおかしそうに笑った。




 

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