拾肆――金花ちゃんと小さな事件

 数日後。


「わーっ! 良い天気ですねー!」

「窓開けてくか?」

「開けてきます!!」

「手は出すなよ、ちょん切れるかもしれないぜ?」

「え、ガチですか」

「それは三年前の事じゃったぁ」

「手は出しません、出しませんから! ガチ怖昔話は止めて!」

「因みに頭を出すと簡易ギロチ――」

「「止めて!!」」

「あはははっ」

 れいれいさんの車に乗せてもらってすいすいドライブ。東京スカパラダイスオーケストラの『女神の願い~Goddess`Prayer~』を上機嫌に流しながら風を受け、ナナシとはしゃぎ合った。

 目的地は音葉池だ。

 トッカが「聞きたい事と話したい事があるから」ってお呼び出し。

 何だろう。


 やがて深緑の手前、そこで車は止まった。

「さ、こっからは歩いて行こう」

 木漏れ日が良い感じ。

 そうして暫く歩いた先にそれは聞こえた。

 今日も歌を歌ってる!

「何だっけ、この曲」

「『風になる』じゃないか?」

「あぁー」

 何だよ、選曲も可愛いな。

 そう思ったらもう我慢できない。早く会いたくなってきた。

「じゃあ俺、先行くから!」

「あ、おい! 転ぶなよ!」

 歌声を頼りに森の中を駆けて行き、やがてそこに辿り着いた。

「金花ー!!」

「あ! 和樹!!」

 歌をふと止めてこちらにぴょーんと飛び込んできた。

 上半身をしっかりと抱き留めてきゅっと抱き合う。

「あの時はありがとう」

「良いんだよ、これが俺の仕事だし」

「それもそうだったね」

 そう言ってにこり。

 前より随分元気そうだ。髪に白く大きな貝殻なんか付けちゃって益々可愛い。

「おお、和樹、来たか」

「トッカ!」

「……あの二人もちゃんと連れて来たよな?」

 何やら真剣な面持ち。

「連れて来たよ?」

「……ふうむ」

「……どうしたの?」

「トッカったら、やきもち妬いているんですよ」

 ふと綺麗な声が背後から聞こえてどきりとした。

「水母、変な事言うんじゃねぇ」

「水母じゃないです、水神――って、ああそうだった。トッカは水神の事をそう呼ぶのですよね」

 そう言うのは水色の髪が豊かであの神秘的な――。

「え、え? 水神??」

「お久し振り、和樹。今日トッカに呼んで貰ったのは貴方に用があるからなんですよ」

 目線を合わせてにこり。儚げな笑顔、少しちらちらと煌めく白い肌、そして紅の付いた魅力的な唇が心をおかしくする。

 フウさんはそのオーラが神様っぽくて、水神はその外見が何か、神様っぽい。

「な、何でしょう」

「ふふ、和樹。、貸してもらっても?」

「あ、私にも! 私にも貸して!」

「え、それってもしかして……!」

「ほら、早く。良いから良いから」

 そうして気付いた時には手元には二人の名前と魂が込められた札が二枚!

「え、え! 良いんですか、良いんですか!?」

「和樹には助けてもらったし、それに戦闘する時回復とか治癒とか必要でしょ?」

「そして、彼女が活動するには私が居た方が良いでしょう? それに岳から和樹を助けてやってくれってお願いが来ているの」

「そう言う事だから受け取って! せめてものお礼なの」

「わああっ! ありがとう!!」

 それから少しして、もう二人がようやく追いついてきた。

「おお! 金花、変わらず元気か?」

「れっ、れいさん!」

 と、途端にトッカの後ろに隠れる金花。

 ……んん?

「あれまっ、俺嫌われちゃってる?」

「やっ! そ、そんな事は、えっと、無い……」

 おやおやおやおや、顔が真っ赤だ。

 これは?

「で? 何で僕達まで呼ばれたの? 出来ればお仕事を進めたいんですけど」

 黒耀の威圧感なんか気にせず二人をじとーっと見つめるトッカ。


「あの一件の後から金花の様子がちょっぴり変なんだよ」


「「ちょっぴり?」」

「どこがちょっぴり」

 それに応じてトッカがすっと人差し指を上げる。

「前よりぼーっとする時間が多くなった」

「ふんふん」

 中指が追加される。

「落ち着いて歌を歌えない時がある」

「ふんふん」

 薬指も追加される。

「あの一件について何があったか聞こうとすると赤面して何も語ってくれない」

「……んふふふ」

「何がおかしいっ!!」

「いや、はは」

 ちょっと見えてきたぞ。

 やっぱりやきもちじゃないか。

「んで? だから何なんだ?」

 れいれいさんが頭をかりかりかきながらトッカに問うと人差し指がびしっと二人を指した。


「お前ら、金花に何した?」


「……」

「……何も」

「何もなわけねぇだろっ! じゃなけりゃ突然ああなる訳無いだろっ!!」

「いや、本当に何もしてねぇって!! この三人が三人ともお互いの証人だ!!」

 主にれいれいさんとトッカがぎゃいぎゃい騒ぐ。

 それに金花が割って入った。

「皆止めて! そうよ、誰も何も変な事してないわ! 皆との時間が楽しかったからつと思い出したりしちゃうだけなの! 金花の王子様はいつでもトッカよ!」

「で、でも」

「信じて欲しいよ、トッカ」

 うるうると潤む目で見られるとトッカはもう何も言えない。

「ごめんよ、金花。俺どうかしてたよ」

「そうだわよ、信じて欲しいだわ、トッカくぅん」

「髭の親父が言うとキモいんだよ」

「ひどいだわー、おっちゃん地味に傷つくだわー」

 その時ピリリとれいれいさんのポケットから着信音が入った。

「お、おっちゃん電話が来ただわー」

「いい加減にしろよその口調」

 眉をひそめるトッカを無視して向こうに離れつつ電話に出た。

「はい。……おや、修平君じゃないか。どうしたんだい、今日はお休みだろう? ――ん? ケーキバイキング?? ええっ? もう僕の名義で予約を取っただ?」

 何か美味しそうな話してる……。

 情報屋の電話ってだけで何か聞いちゃう。

 トッカとひそひそ話した。

「一人称が違うんだね」

「声もちょっと違う。どっかで聞いた事あるような気もするが……」

「凄いね、情報屋の顧客先からなのかな」

「それにしては結構一方的だな、先方」

 もうちょっと耳を澄ましてみる。

「はいはいはいはい、そうだったそうだった。君達がいなくちゃあのジャンプ台は作れなかった! 分かってる、分かってるよ。聞こえたから、もう……」

「根負けしたみたいだね」

「うむ」

「それじゃあ正午だね、分かった。分かったよ。はい。――全く」

 電話を切って溜息を吐くれいれいさん。がめつい人には少し痛い話なのかもしれない。

 それにしても……ふうむ。

 本当にどこで聞いたんだっけ。

「お待たせ」

 ちょっとだけ顔が青い。

「何食べるの」

 ナナシがずばっと切り込む。――ってコラ!

「お前ら聞いてたのか」

「声大きいんだもん。ボクも食べに行きたい!」

「駄目! 金がかかる!」

「姿消してくから!」

「それは犯罪だ!」

「チョコケーキ! モンブラン! ミルクレープ!!」

「駄々こねたって連れてかないからな!!」

 今度はれいれいさんとナナシがぎゃいぎゃい騒ぎ出した。

 そこに金花がまた「もし、もし」と入ってくる。

 れいれいさんが直ぐに気付く。

「ん、何?」

「そうすると……直ぐに行っちゃう?」

「あ? ああ、そうだな……あっこまで結構遠いからな……」

 それを聞いた途端金花がちょっと待っててと急いで池の水底に潜っていった。

 そして出てきた彼女が持っていたのは髪飾りと同じ形の白く大きな貝殻。

 これ、と小さく言いながられいれいさんにそっと手渡す。

「何だ? これ」

「私の宝物……この髪飾りの対の貝殻」

「へえ、すっごく綺麗……でもこんなに綺麗なの、貰っちゃ悪いような気も……」

「い、良いの! お願い、貰って! あの時のお礼なの」

 そう言って真っ赤な顔になる金花。直ぐにトッカの後ろに隠れた。

「そうか。サンキュー、金花。大事にする」

 笑みを零したれいれいさんのその言葉に金花の顔がぱあっとほころぶ。

 おやおやおやおやおや。

 これは……。

鈿合でんごう金釵きんさい寄せもち去らしむ。さい一股いっこうを留めごう一扇いっせんさいは黄金をごうでんを分かつ」

「何、ナナシ。何の呪文?」

「『長恨歌』。楊貴妃が思い慕う相手である玄宗皇帝に私達の愛の証って言ってかんざしと蓋つきの箱を真っ二つに折って送るの」

「あ、ナルホド」

 この二人の中で何かが繋がった気がしてお互い顔を見合わせニターと笑う。

「れいれいさん! スマホ貸して!!」

「エ! 何する気だよ! このスマホは基本的に企業秘密――ってワ!!」

 ナナシがひったくって慣れた手つきでロックを解除する。

「お、おいおい! お前何してくれてんだよ!!」

「フフフ、記憶の宝石館店主を舐めないでね」

「おいおいおいおい!!」

 そのままネットで金花があの日歌った歌を検索する。

 調べるのは勿論『ひとりぼっちはやめた』と『海になれたら』の二曲。

 どっちも秘めた想いを歌った歌だ。

 後者――『海になれたら』を歌った時はトッカも居たけど……。

 前者――『ひとりぼっちはやめた』を歌った時は……。


 それぞれの歌詞に共通して出て来るとあるモチーフに二人で顔を見合わせニヤリと笑む。


「確か助けてもらった後からだよね、金花の様子が変になったの」

「和樹の後ろに隠れてた! 何度か赤い顔もしてたよ」

「で、この歌詞ですよ。偶然ですかねぇ」

「うーん、ボクの考え過ぎなのかなぁ」

「あれ、奇遇ですね、ナナシ君もですか」

「おやおや和樹君もですか」

「これってさ」

「うん、多分ほぼ間違いなく」


「「惚れてるよね。金花」」


 しかも浮気とかではなく、「本物」を知ったタイプの「惚れ」。


「え、惚れてる?」

 トッカがぽかんとしてる。

「マジ? 嬉しいー、ありがとー」

 多分、半分冗談のつもりだとか思ってるれいれいさん。

 ピース作ってにっこにっこしてる。


 ――この後どうなるかなんて簡単に予想できちゃう。

 退避準備。


「テエエエエメエエエエエ、怜イイイイイ!! 金花に何しやがった!!」

「ハ!? 俺ぁ何も知らねぇよ!! 無実だ無実だ、暴力反対ーっ!!」


 瓢箪振り回しながら【流水穿敵りゅうすいせんてき】を連発するトッカ。

 れいれいさんがそれに慌てて逃げていく。


 この騒動はまだまだ続きそう。

 ナナシと顔見合わせて苦笑いした。


 金花は最終的に誰を選ぶのかな。


 それも含めて、改めて宜しく。金花。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る