陸――いざ門田町

 バスに揺られる事三十分程度。

 その間に俺はトッカから得たはらい者の知識を怜さんにかいつまんで話していた。

「ふうん……戦闘系の『長良家』と使い魔との関係に重きを置く『山草家』ねぇ。――長良家の活動方法が無駄に格好いいな。」

「分かります」

「何かそそられるな」

「分かります! 何かそそられますよねっ!」

「親指ぶちーっ! 術式展開ー!」

「鬼道! ハァッ!!」

 けらけら。

「でも痛そうだな。指の先肌荒れしそうだし」

「あ、確かに」

「良かったな、山草にはそういうの無くて」

「その代わり戦うのは皆使い魔任せで……」

「良いじゃん良いじゃん、平和な証拠だよ」

 メモしながら言うれいれいさん。

 そこで会話がふと止んだ。

 ……。

 ちょっと沈黙が続いて気まずくなったので少し話しかけてみる。

「……万年筆って使い易いんですか?」

「ん? んー、そうだなぁ。万年筆ってさ、使っている人の書き方にどんどん適応していく文房具なんだよ。馴染んでいくっていうか」

「へえー」

「だから俺がこれどんなに使い易くても和樹には書きづらいと思う」

「物それぞれなんですね」

「そうそう。人との相性みたいにさ」

 そう言ってくるりとペン回しをしてみせる。

 おー、格好いいー。

 そのまままた沈黙。

「あ、あの」

「ん?」

「遠いですね、音葉池」

「だな」

 ……、……。

「れ、れいれいさん、何か情報屋のお話してください」

「おいおい、寂しんぼか?」

「ちっ、違います!!」

「じゃあ、そうだなぁ……余り顧客の事は話せないけど……今までやってたのもテクニックの一つ、とかそういうのは興味あるか?」

「え? どういう事ですか?」

「知り合ったばかりの人と同じ空間を共有するとさ、何か沈黙続くと気まずいじゃん?」

「ふむふむ」

「だから沈黙を受けてる人はどうにかして場を繋ごうとして話題を頭の中から絞り出そうとする訳よ。――そうすると偶に美味しい情報が混ざって来る」

「おおー」

「例えばさ、趣味とかさ、誕生月とかさ、嫌いなものとか好きなものとか憧れているものとかさ。その人の事を知れれば自分に都合の良い展開まで運ぶことが出来る。質問攻めだけが情報屋じゃないんだよ」

「だからずっと黙ってたんですか?」

「いや、どうだろ。もう癖だよ」

 そう言ってなははと苦笑。手帳をぱたむと閉じた。

「何かを守る為には周りをよく知らなくちゃいけないんだ。だから和樹ははらい者の適任者だね、間違いなく」

「え」

「見ている限り、相手の事をよく知ろうとしている。何かをよく観察して分からなければ逐一聞いてくる。――優しいってよく言われないか?」

「え、あ、分かんないです」

「はは、照れてやがるよ。耳まで真っ赤だ」

「あうっ、見ないで下さい!」

「アハハハ! 良いなぁ、情報屋魂くすぐられる。――な、好きな子とか居んの?」

「聞かないで下さいっ!」

「和樹はこっちの事色々聞いてくる癖に」

「う、うううう」

 またげらげら笑った。

「そして……そこの座敷童君は必要以上にこちらに干渉しようとして来ないね」

「い、いきなりだね」

「ごめんごめん、情報屋だからさ。見ちゃうんだよ、色々」

「キザったらしく言ったって格好良くは無いよ」

「――そして辛辣だ」

「三百歳だもの。人生の先輩は見る目が違うの」

「ナルホド、そりゃあ恐れ入った」

「そうそう」

「ところで江戸時代から人は学ラン着てたのか?」

「痛い所突いてこないでよ!」

「アハハハ! 皆ちびっ子。可愛いや!」

「「煩いー!」」

「ははは……」

 本当にれいれいさんは人をよく見ている。


 * * *


「フウさーん! お待たせしましたー!」

「しーっ、しーっ! 静かに!」

 言われてからハッと口を押える。

 そうだ。どこで見てるか分からないんだった。

 辺りは白い霧に包まれている。これもフウさん達の力なのかな。

「どうだ、私の完璧なアイディアは。問題なく彼女を運ぶことが出来るだろ」

「最ッ低だ。数多の可能性の中からわざわざ一番恥ずかしいのを選んでくるんじゃねぇ」

「すまんな。一番使い勝手が良さそうなのはそれしか無かったんだ」

「クソッ。後で鉛玉御馳走してやる」

「出来ない癖に」

 火花がばちばち言ってる……。怖。

「フウさん、早く。術を余り長く使用してしまうと怪しまれます」

「そうだったそうだった。――サイジョウ、せせらぎ川の水をこのプールに。急ぎで」

「ハイ」

 を背中から生やしたマツシロさんのささめきに応え、同時に指示をするフウさん。

 エ、いや、今更だけどマツシロさんだったの!? ちらりとサイジョウさんを見るとふわふわの白い羽。

 まじかぁ。(詳しくは第一話を確認しよう。――便利だね、この言葉)

「さて。怜、改めて紹介しよう。今回のお主役、人魚の金花さんだ」

 左手で示した先、トッカの後ろにしっかりしがみついて怜さんからその身を隠す金花が居た。

 トッカが大丈夫、出ておいで、と促す。

 顔だけがひょこっと出て来た。可愛い。

「ほうほう、こらめった美人さんだね。――初めまして」

 しゃがみ込んで目線を合わせ、笑顔を見せる。

 手を仰向けに差し伸べたのを見てまた怯えて隠れてしまった。

「何怖がらせてんだよ」

「アハハハ、困ったな。怖がらせる気は無かったんだが」

 眉間に皺を寄せるトッカに対して頭をがしがし掻いて苦笑する。そして少し目を上向きに寄せた。

「ア、そうだ。ちょっと見てな」

 何か思いついたのかそう言って懐から例の万年筆を取り出す。

「何の変哲もない、種も仕掛けもござらぬ万年筆で御座る」

 くるりくるりと器用にペン回しをして金花の気を引く。

 青い瞳がちらりとこちらを覗いた。

「これを――ほっ!」

 くるっと回しながら左手に華麗に万年筆を投げ、瞬間――ザクッ。

「ひゃっ!!」

 万年筆をその右手に突き刺した。

 本人の眉間に一瞬皺が寄る。

「でもー?」

 涼しい顔をしながら見せたその掌から血は流れていない。

「え?」

「触って見てみるかい?」

 先程と同じ様に右手を仰向けにして差し出す。

 トッカの後ろになおも隠れたままだけど、その小さな手だけを伸ばして怜さんの大きな掌をちょいちょい触った。

「痛くないの?」

「ぜーんぜん。俺、強いから」

「……穴も、開いてないのね」

「不思議だろ?」

「不思議」

「んふふ、俺、魔法使いだからさ」

 そうして顔いっぱいにあの無邪気な笑顔を湛えた。

 それに応じて金花の顔もほろりとほころぶ。


「金花、だったか」


 途端真剣な顔になったれいれいさん。

 彼女の白い手をそのまま柔らかく握った。

「俺もアイツに一杯食わされた。でもそれは直接的ではなかった、君と違って」

「……」

「可哀想にな、そんなに震えて……余程怖い思いをしたんだろう。俺にもさ、年頃の娘息子がいるから分かるんだ。故に益々アイツの事が許せねぇ」

 握る手に力が込められる。

「直接対決は叶わないけれど俺、君の生き甲斐だけでもその濁った水底から掬い取ってみせる。その命を長らえて見せるよ」

「……」


「俺に命を預けてくれるか」


 頬に紅を宿したままぱちぱちと瞬いて、彼女はこくりと頷いた。

「交渉成立だな」

 にこりと笑ってその手を持ち上げて、まるでさっきの約契を封印するように甲に口先を押し当てる。

 うひゃああっ!! こんな事をさり気なくやっちゃうから大人って、大人って!

 俺が恥ずかしさに顔を覆うのと同時に赤面して瞬間的に手を引っ込める金花。

「俺の彼女に何してくれてんだよ!」

 眉間に更に皺を寄せ、胸倉をぐいと掴むトッカ。――そりゃそうだ。

「手の甲への口づけの意味は敬愛と尊敬であって、決して愛情云々という訳ではないですけど」

 ニヤリと笑んで華麗にかわすれいれいさん。因みに髪への口づけは思慕だからなーとか付け足してくる。

「恐ろしい男だ、情報屋」

「和樹が真面目な顔でそう言うと何かウケますね」

「アイツ、口と態度だけはご立派だからな」

 ツッコミはしても異論だけはない様子だ。


 やがてサイジョウさんが水のなみなみと入ったプールを引っ張ってくるのを確認して怜さんが周りに視線をやる。

「よし、早速出発だ。金花、この後の予定の詳細は聞いてるな?」

「もう伝えてある」

「何で河童お前が答えるんだよ」

女タラシお前と関わらせると何か心配なんだよ! 良いか? 良く聞くんだ、金花。和樹と黒耀の傍から離れるんじゃないぞ? あの女タラシめ何するか分かんねぇからな」

 女タラシは今回の敵さんだろ!? と遠くで反論するれいれいさんをよそに真剣に頷く金花。

 ビニルプールへの移動も俺ら二人でやった。(れいれいさんはトッカに必死で抑え込まれてた)

 お、女の子って抱きしめたらすぐ壊れちゃいそうで怖い……肌も柔らかくてすべすべ……。――という訳で俺は結局彼女の尾ひれの先っぽしか持てなかった。

 人生の先輩ありがとう。

「今日はよろしくね、金花」

「僕らがあの変態と女タラシから君を守るからね」

「よろしく……!」

 きらきらお目々でそう返す金花。可愛い。

「聞こえてるぞ座敷童君」

「何の話? 女タラシ」

「――待て、待て待て。もしかしなくても今もう一人の方だろ、座敷童君」

「んふふふふ」

水色の耳飾りを煌めかせて向こうでドンパチやりだす二人。金花は面白そうに見ていた。

 その傍でトッカは心配そうに俺の服の裾を掴んできた。

「和樹、金花を頼んだぞ」

「モチロン。トッカも気を付けてね」

「こっちは任せろ、

「うん」

 二人で拳をトンとぶつけ合う。

「おーい、そろそろ霧を引くから早くどっか行けー!」

 フウさんからも合図があった。

 いよいよだ。


 かくして俺らは一路、門田町へと出かけて行ったのだった。


 * * *


 夏の暑い昼下がり。

 以前れいれいさんがお世話になったとかいう通りすがりの門田町の農家さんの大きなトラックの荷台に乗せてもらいながら移動する。

 新品らしく、ぴかぴか。カーオーディオから大野雄二の『スーパー・ヒーロー』が一曲リピートで流れていた。

「れいれいさん、まずはどこに行くの?」

「闇雲に歩いて行っても体力を無駄に消費するだけだ。まずは下準備しなけりゃならん」

「確かに――?」

 黒耀が風を受けつつ答える。

「それにこの話、ちょっとした矛盾点がある」

「むじゅん……?」

 金花が首を傾げながら訊ねる。可愛い。

「ん。先ずは戦闘系だと言っている長良家がやっているにしては余りにも話が和やか過ぎる事だ。指噛み切って血から鬼道を展開している家がお悩み相談とかお遊びとか戯れとか……。確かにないことはない。しかしこうも正反対だとちょっと身構えちまう」

「んー、そういうもんなんですか?」

「や、こんなのはほんの偶にあるかないかのレベルだけどさ――それよりも次の矛盾点がどうも引っかかる」

「何?」



「……」

「……」

「……」

「……大真面目な顔で何言ってるの?」

「皆見たこと無いんでしょう?」

「いやいやいや、そうじゃなくてさ! 明治街にも門田町にも長良さんなんてなのにって断言されてるのがおかしいって言ってんの! 湯羽目村に御本家があるって聞いて納得だった。ありゃあ湯羽目の人間のはずなんだ……」

「何々。門田町と明治街の住人全員知ってるみたいな言い振りじゃん」

 そう冗談交じりに言った黒耀に対してぽかんと、さも当たり前であるかの様に

「ん? 当たり前だろ。情報屋なめんな」

とか言い出すれいれいさん。

 え。

「え、マジ?」

「少なくともここ百年は家系図含めて完璧。神様は流石に視えないけど、妖もいける」

 あ、そう言えばトッカや金花のこと視えてたな、この人。(周りが視えるの当たり前な人多過ぎて気付いてなかったけど)

 いや、呆然。

「――で、話戻すけど、その二点を併せて考えると……どうもこの話後から作られたっぽいんだよな」

「戦闘系のはずなのに戦闘とはかけ離れたお仕事で、しかも湯羽目村に居るはずの人が門田町にいるから?」

「うんん……」

 そうやってまた考え込む。

「和樹はこれについて何か聞いたことは無かったか?」

「いや、全く」

「ふうむ。爺ちゃんは?」

「知らん」

「そっかー。もう期待はしないけど黒耀は」

「期待しないって何」

「話の約束的にさ」

「……、……怜の予想通りだよ」

「だよなぁ」

 そうして暫し無言。

 この沈黙に不安を覚えたのか金花がそっと腕を握ってきた。

「大丈夫だよ」

 背中を叩いたり擦ってやったりする。

 幼い頃に教わった「大丈夫の魔法」。

 支えになれているだろうか。

「うーん。やっぱり地道に情報集めしかないなー!」

「何か方法でもあるの?」

「いや、なんつうか……こういう時の為の伝手があるんだよ」

「犯罪予備防止委員会とかですか?」

「それとも記憶の宝石館ウチ?」

「どっちも外れ。前者は管轄が違うし後者では代償が必要だ。俺は無駄に金を払いたくない」

「ム。ウチでは金による取引はしてないよ」

「でも情報取られたら金取られたのと同じじゃないか。じゃなくてさ、ほら。もっとこういうのに敏感な連中が居るんだよ」

「敏感な……」

「連中?」

「ああ、在学中に必ず一回は怪異現象を見聞きするとんでもない町の学校がさ」

「――あ」

 それって。

「爺ちゃん、すまん。『カメヤ』まで送ってってくんない?」

「スーパーに何の用だ?」


「ちょっと、駄菓子がさ。要るんでね」


(つづく)

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