肆――情報屋と偽者

 明治街警察署 「怪異課」


「あああああああ」

「……」

「最悪ううううう」

「……」

 ……。

 ……、……。

「構えよおおおお」

「時間の無駄だ、却下する」

「――とか言いながらちゃんと返答はしてくれるからアンタは良い奴だよ」

「しくじった。これからは一生返答しない」

「ごめん、ごめんってばあああ」

 ぎゃあぎゃあ。

「こんにち……何やってるんですか」

 扉を開けた瞬間目の前のソファで大の大人がだらしなく叫んでいるのが見えた。

 変な時に来ちゃったかな。

「おお和樹、よく来たな。案ずるな、そこのは喋る空気だ」

「酷い言い草だな!」

 がばっと身を起こした彼はどこかで見たことのある人。

 茶髪に髭面って、確か……。

「お前、ちょっと前のあの件で俺に惚れてたじゃねぇか!」

「残念! 私、実はボーイフレンドが居るんだよ」

「ハ!? 聞いてねぇよ!」

「言ってなかったからな」

「嘘おおおお、独身仲間だと思ってたのにちきしょおお!」

「もっと言うと養子として二人の天使が居る」

「超リア充じゃねえかよおおおお」

 ふと沈黙。

「……それ、二万円位で売っても良いか」

「その時は飛ばすぞ」

「ひえ」

「あ、あの……」

「ん?」

 男の人がふとこちらを見やる。

 その瞳は――エメラルドグリーン!

「もしかして怜さん、ですか!?」

「お、良く知ってるな少年」

「やっぱり!」

 出会いは意外と早く来た。

「何だ何だ、ファンか? いやぁモテる男は辛いね」

 そう言ってゲタゲタ笑う。

 偽物の再現度は高かったと見た。

 改めて、大輝さんよく見破ったな……。

「サイン売ってやろうか」

「あ、いえ、ファンとか言うのではなく……その、ちょっと前に助けてもらったらしくって、その、お礼を言いたいな、って……」

「ん? 助けた? いつ?」

 ……え?

 あ、あれ?

「え? えっと、結構最近って言うか……」

「んー、あったか? さっぱり覚えとらん」

 あれあれあれ。

「それ以上は止めておきましょう、和樹。はっきり思い出されたら最後、子ども相手だろうが何だろうが金をせびってきます」

 マツシロさんが耳元で囁く。

 偽者だけじゃなくて――どころか偽者以上にがめつかった。(そう言えばサインも「書く」じゃなくて「売る」って言ってたな、この人)

「それで、お前達、何しに来たんだ?」

 フウさんが話題を無理矢理こちらに振る。

 背後で俺への慰めはと喚く怜さんはお構いなしといった様子だ。


「あ、そうだ。前怜さんに化けてた男が――」


 全員の目がこちらを向く。

 その息の合った挙動に思わずたじろぐ。


「こりゃもうご縁だな」


 怜さんが苦笑して再度ソファの背もたれに背中から突っ込む。

 ――え、何。


 * * *


「「何? 生き甲斐を貪るだ?」」

「よりによって相手は女の子なんですね」

「あはははっ、また変態だな!」

「楽しそうに言うなよなぁ、サイジョウ……。俺の人間性まで疑われるじゃねえかよ……」

「野郎、飽きないな」

 フウさんがやれやれといった様子で眉間に指を当てる。

「なあ、少年。そいつはまた俺の姿でやってたのか?」

「いや、そこは若干違ってたみたいです」

「ふうん、まあそこだけが救いか」

 そう言ってまたうだっとなる。

 情緒不安定だ。

「いや、実はな、こっちでもソイツの話題で持ち切りだったんだ」

「俺の名を語って好き放題やりやがって!」

 苛立った様子で机にドンと足を乗せる。

「止めろ、はしたない」

だ」

「何かあったんですか」

「……」

 聞くけどふてくされて言ってくれない。

 代わりにフウさんが話してくれた。

「お前達も見てただろうがな、こいつが諸事で明治街から離れているほんの少しの間に偽者が怜の名を語って座敷童に接触したり勝手な真似をしたりしたんだよ」

「……情報収集の基礎は仲間づくりや、相手の油断から成り立っている。よって『信頼』が一番の肝なんだ」

「そうなんですか?」

「当たり前だ。信頼できない奴からの情報は誰も買わないし、信頼できない奴に情報をぺらぺら喋る奴もいない。――そこの少年もそうだろ? 直ぐにぺらぺら秘密を喋っちゃうような奴に自分の好きな子の名前言わないだろ」

「言わないです」

「な? だから一番大事だってのによォ……野郎め」

「仕事が三割減ったらしいぞ」

 サイジョウさんがさらりと言って更に怜さんの傷を抉る。

「意識不明」

 遂にはソファに突っ伏した。

「で、そいつを何とか捕まえられないかって話をしていた所だったんです」

 怜さんの靴跡をハンカチで綺麗に拭き取ってからマツシロさんが机にポテチとジュース、グラスを置いた。

「皆さんサイダーで大丈夫ですか?」

「あ、僕はオレンジジュースでも良いですか」

 黒耀は意外にもシュワシュワが飲めないらしい。可愛い。

「俺はジョッキで!」

「ありません」

 荒れてる。

「ただ、ソイツに関する手掛かりが全く無くてな、こう皆で行き詰まってた所なんだ」

「手馴れてやがるんだよ」

 グラスに入ったサイダーをぐいっと飲み干す。

 ドンッ。

「ビール!」

「ありません」

 再度グラスにサイダーがなみなみとつがれる。

「ただ、人魚に接触しているという話は聞き捨てならないな。――そこから敵の手がかりが掴めるかもしれない」

「どうだか。さっきも言ったろ、手馴れてやがるんだ。自身の特徴の一部以外を露出せず、痕跡さえ残さない。鷲の瞳と戦斧以外に何がある?」

 ポテチを鷲掴みにしてぐわっしと口の中に放り込む。

 気付けば半分以上無くなってる。――俺の分は!?

「それにあれだろ? 魂喰らいの黒魔術師さんもいるって話だろ? そいつの変装かもしれない。話は進んだように見えて進んでないんだよ」

「いや、絶対前者だ」

 ここで黒耀――じゃない、ナナシが身を乗り出してきた。

「アン? 何だって?」

「だから、『奴』じゃない。だって前例が無いもん」

「ん、お前その黒魔術師さんと知り合いか何かか?」

「そんな所だよ。アイツとは世界で一番距離が近いかもね」

 ここまで話して彼の様子の変化に気付いたのか怜さんが姿勢を正してナナシを正面から見据えるように座った。

「……お前誰だ」

「ナナシ」

「二重人格か?」

「そんなとこ」

「……面白いな」

「でしょ?」

 それだけ言ってサイダーを要求する。二人で好みも違うのか。(面倒臭い)

「で? さっきの前例が無いってどういう事だ」

「黒魔術は命を吸い取って自分の糧にする魔術だ。他の何よりも強力な力を持つ素材『魂』を消費するわけだからそのメリットは勿論『絶大な力』、これに尽きる。だけど魂を補給しないといずれ駄目になる。デメリットはそこ、いつでも新しい魂が必要なんだ」

「だから何なんだ?」

「生き甲斐を失わせて魂をもぎ取るなんて方法は効率が悪すぎるんだよ。余程の事が無ければあいつは変装なんかしない。――ボクなら直接取りに行く」

「だからアイツは黒魔術師さんではないと」

「別枠の魂を欲する者でしょ、間違いなく」

「ナルホドねぇ、理解理解」

 それだけ言った怜さんが最後のポテチ達を口に流し込む。

 だから俺の分は!?

「で? どうするんだ。犯人おびき出すか?」

「どうやって? どこに潜んでいるのか、名前は何なのか、更に言えばそいつの属する組織とか云々も分からないんだよ?」

「でも……迎えに行くって言ってたから待ってれば来る?」

「迎えに、行く、ねえ……」

 そこで怜さんが首を捻る。

ではないんだな」

「え?」

「……いや、些細な事だ。忘れてくれ」

「……?」

 何だろう。

 伝染したように首を傾げた俺をよそに話がどんどん弾んでいく。

「まあ、来るには来ると思うけど」

「何だ?」

「その時に金花がそこに居るかどうか」

「恐ろしい事言わないでくれ!」

 トッカがナナシの腰に縋りつく。

 それを大丈夫だから、と言いながら無理矢理引き剥がす。

「……どういう事だ?」

「歌という生き甲斐を奪われて消滅寸前だって事は人魚の一件を言った時に説明したよね」

「ああ」

「例のそいつはそれによって力尽きた彼女から魂を搾り取る予定なんだと思う。現時点でもかなり弱体化が進んでる。早くしないと間に合わなくなるよ」

「そうか、アイツを追っているのは俺だけじゃないんだよな」

「勿論、だからボクらここに居る」

 怜さんが顔をしかめた。

「……厄介だな、アイツ」

「同感」

 真剣な眼差しでそう言い、サイダーをぐいと一飲み。――瞬間ブフー! と吹き出す。

「誰!? 僕の体でサイダー飲んだ人!」

「お前しかいないだろ」

「僕はシュワシュワ飲まないの!」

「……今は?」

「な、何? 黒耀だけど」

「……面白いな」

「だから何が?」

 後で説明してあげるね、黒耀。

「それじゃあどうすれば良いんだ? おびき出すのも駄目、待つだけでは遅い……カーッ! 詰んでるじゃねえか!!」

「うーん、というか金花とソイツを鉢合わせちゃまずいんじゃないのか? どういう風に攻めて来るかも分からんのだぞ? 注意を分散させられたらそれこそ一貫の終わりだ」

「更に言えばあの池、一般人が冗談半分で訪れたりもするんでしょ? あんな所で戦ったりしたら巻き添え喰らったりもしちゃうんじゃない?」

「って、ていうかさ! 金花を救う方法どこにもなくないか!?」

 次々と挙げられる絶望的な事。

 おびき出せず、だからと言って待つのも遅く。

 あの池で戦うには無理があり、唯一ソイツとコネクションがある金花と出会わせるのも出来れば避けたくて。

 極めつけは、今までの議論を全てクリアーしても金花を救う事には直結しない。

「んー!! 頭パンクする!!」

 サイジョウさんが頭をガシガシかきむしった。

 一同首を捻って難しい顔をしたままだ。

「ソイツは池に来る訳ですから……」

 マツシロさんが目を瞑りながらアイデアを頭から捻りだそうとする。

「身代わりをそこに置いて金花を避難させるというのは」

「お、それ良い考えなんじゃね」

 怜さんが身を乗り出した。

「しかし問題はその場所だ。どうにかして避難をさせるとして一体どこに逃がせば良い?」

 フウさんの疑問にその体が元に戻る。

「んー……確かに」

「近くに置いておけば感づかれるだろうな、ほぼ間違いなく」

「遠くに逃げていれば時間がかかり過ぎます」

「そんなの駄目だ! 金花が消滅しちまう!!」

「あの世は! あの世はどう!」

「妖怪の類と言っていただろうが。あの世なんてきゃつらのホームグラウンドだ」

「むう」

 そこでまた沈黙が空気を支配した。

 ここまで議論を続けて来たけどいい解決方法は出てないし、何より一番大事な「金花を歌えるようにする」っていうのがクリアー出来てない。

「アー! 何かさ、何か無い訳!?」

 サイジョウさんが遂に身を反らしてうがーっと叫んだ。


「異世界みたいな簡単には出入りできない所で、近場で、金花の悩みも解決してくれそうな所!!」


 少しの沈黙と呆れたような濃い溜息が流れる。

「ハァ、そんな都合の良い場所があったらとっくに出してる……」

「ア!!」

 誰かが半ば諦め気味に言った時。

 また違う誰かが素っ頓狂な声を出した。


 何とトッカだった。


「何だ? トッカ」

「ある、あるよ! 異世界で、簡単に出入りできなくて、近場で、金花の悩みも解決してくれる所!」

「「え!?」」

 一同が驚愕の声を上げる。


「『妖助けの長良さん』だよ!!」


 ……。


 え、、さん?


(つづく)

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