第11話 出会いの是非-8

 茫然自失のガインへティミイは熱心な説得を行った。つい今しがたまで病への感染を恐れて拒絶した相手に虫のよい話だったがそれほどに彼が見せた力、『ホワン・カオ』いうところの『ホワン』はすさまじいものだったのだ。火を自在に操るのみならず骨すら残さず人を消滅させる疫病をわがものとしている。その価値を見過ごすわけにはいかなかった。

 ガインは自身が疫病を発生させてしまったことに改めて戦慄していた。目に見えず匂いもしない確殺の毒をまき散らせる。これを悪しきといわずなんとしよう? さらに落ち着いてくるとムアシェや男たちだけでなく周囲の草木や保存食のいくつかまで消滅していることに気付いた。反射的にによってである。一歩間違えれば助けようとしていたティミイもそうなっていたかもしれない。主を失って伏している黒装束と男たちの衣服や武器。たまらなく不気味なものとして彼の瞳には映っていた。

「お、俺……森に隠れるよ」

「お待ちなさい!」

 逃げださんとしたガインの腰へティミイが抱き着いた。恐怖する側とされる側が完全に逆転してしまっている。

「弟子よ! マスターの言うことを聞けないのですか⁉」

「勝手に弟子にしないでくれよ!」

 腰を振り回しその場で激しく回転してみたがティミイは離れなかった。手で押して離そうとした青年だったが流石にそれは躊躇われた。しみついた孤独が根本で他者を拒絶できなくさせていたのだ。

「話だけでも聞いてくさだ~い!」

「その通りだよおガイン」

 不意に二人は戦慄して固まり顔を見合わせた。明らかに第3者の声であった。何者かがまた現れたのだろうか。

「ここだよここ」

 背中を合わせて四方をくまなく見渡しようやく足元に左右に揺れる芋虫を発見した。通りかかった蟻を素早い動きで捕食すると体が大きくなり牙が生える。唖然とし長い時間を逡巡で過ごしたのちやっとガインが芋虫へと話しかけることができた。

「な、なんだ君は?」

「なんだって、ガインがまいた毒でこうなったんだよお」

 端的に言ってしまえば疫病から生き残った個体が異常進化を果たした存在だった。偶然地を這っていた世界各地でみられるニジマイチョウの幼虫である。生物を滅する病を耐え抜いたとしてに知能と恐るべき成長能力を与えていたのだ。

 ガインは無論幼虫自身すら気づかない真実に、ティミイが早くも至ったのは腐っても『ホワン・カオ』の一員として世を生き抜いてきた経験によってである。彼女は失禁せんばかりの高揚に襲われていた。精強なるは生み出すことができる。もはや組織の中の栄達を目指すことすら矮小だ。自分とで王国を築くことすら夢ではない。そのためにも冷静に動かねばならない。一歩間違えれば命さえ容易く霧散してしまう。

「わわ、我が弟子に忠誠を誓うのであれば……あたしにもですね虫?」

「弟子じゃないっ」

「まあガインが親みたいなもんだよね……あ、おいしそうなバッタだ」

 幼虫がバッタに飛びついて捕食すると逞しい足が生えてきた。ガインは異様な光景を少し気味悪がったがティミイは涎を垂らして発情しかけていた。猛獣の類を餌食にできればどれほどの進化を遂げるだろう。

「き、聞きなさい弟子よ! 『プラウ・ジャ』は必ず追ってきます。その一員を殺してしまったからあ!」

 ティミイの言が事実であると理解しガインは怯む。理由はどうあムアシェと男たちをこの世から消滅させたのは彼であった。少女はそれを見逃さずに畳みかけた。興奮が強すぎて説得力には欠けたがその分異様な迫力が彼に反論する間を与えなかった。

「一人で逃げ切れますか? 死にたいんですか? ここに来ますよ? わかります? どうなんです? 弟子!」

「弟子じゃなくて……」

 歯切れ悪くありながらガインにも現状はわかっていた。『プラウ・ジャ』も『ホワン・カオ』も訳の分からぬ存在であるがムアシェを殺してしまったことでができてしまった。属するものを害されて意図はどうであれ害したものを放置しておくとは思えなかった。まして奇怪な術を扱う集団のようだった。

 ティミイも得体のしれない少女、否少女に見える27歳の女性である。しかしガインよりもはるかに博識で動きも見えているようだった。かかっているのは己が命。少し前までは厭わしく思い母たち、今となってはムアシェと男たちもいる場へ行くことが望みであったがいざ目の前に迫るっての思いはどうか。疫病と同化し人を殺め後悔したが終わりを喜び身をささげるほどに絶望しきっているだろうか。

「……わ、わかったよ、ティミイ……さん」

「マスタ―っていってください」

「マ、マスター?」

「……もう一回」

「マスター……」

「もっと!」

「なんだこれ?」

 幼虫のつぶやきにガインも同意だった。そして何となく彼女が嘘をついていると思えた。わざわざ呼ばせる意味がわからない。

 それに気づかずティミイは嬉々としてガインの手を握り込んで目をのぞき込んで訴えた。

「さ、手始めにさっきのをまくんです。森にですよ?」

「はあ?」

「仲間を増やすんですよ、そこの虫と同じように! ほら!」

「名前をおくれよお、虫だけど心外だなあ」

「そ、そんなことでないよ!」

「やりなさい! 弟子が逆らうの⁉」

「あ、あのトンボうまそう」

 言い争う二人のそばで幼虫がトンボを捕えようとして跳ねたがすんでで逃げられた。着地の衝撃で足がもげまだ痙攣するそれを口へと運ぶ。果たしてまとまってかどうかは定かでないが協力関係が3の間では結ばれたのだった。

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