08. 告げられた事実

 病院から帰宅後、夕飯も食べずに雄太は自室に戻り枕に顔を埋めた。思い出されるのは先ほどの病院での出来事。


『夕海は…………もう……長くはない……』


 夕海の父が言った言葉が雄太の脳裏から離れない。


 …長くない…?

 …入院生活が?

 …それは喜ばしいことだろう…


 当然、そうではない。

 先程の病院での会話が頭の中でリフレインする。


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「夕海は…………もう……長くはない…」

「えっ?」


 絶句した。何だそれ?どういう意味だ?思考が追い付かない。

 そんな雄太に追い打ちをかけるかのように言葉が紡がれた。


「恐らく…もって数ヶ月だろう…」

「っ!」


 悲痛な叫びだった。

 病名は怖くて聞けなかった。例え聞いたところで雄太には分からないので、聞かなかった、といった方が正しいだろう。


「…助からないんですか?」

「もう、どうしようもないそうだ。もう学校に行くことも叶わないそうだ。あとは緩やかに……」

「…何故、そんな大事なことを…俺に言うんですか?俺は…ただのクラスメイトです」


 絞りだした質問。なぜこの人は自分にそのような大事なことを伝えたのだろうか。今まで夕海とはクラスメイトとしての接点はあったが、それ以上でもそれ以下でもなかったはずだ。少なくとも雄太は夕海に


「夕海は…君に特別な感情を持っているようだ。本人は隠しているつもりだろうけど、私との日常会話で分かってしまうレベルでね」

「………」


 親に、それも父親にバレるくらいということはどんな会話をしていたのだろう。相当褒めまくっていたのか。若しくは惚気ていたのかもしれない。

 間接的に夕海の気持ちを知った雄太は、嬉しくもあったが複雑な心境だった。


「今さっきも言ったが、本当にあの子は家にいるときは君の話しかしないんだよ。そんな君だから…今のあの子のおかれている現状を知っていてほしかったんだ…」

「(なんだよ、それ…)」


 傍から聞くと父親が付き合いを許可したかのようにとれる。しかし雄太はその思いを夕海に伝えていない。夕海が自分をどう思っているかは知ってしまったが、こんな形で夕海の気持ちを知って良かったのか?

 例え親子間でもプライバシーというのは必要でないのか。

 そう思うとやり場のない怒りが込み上げて、拳を強く握り締めながら吼えた。


「だからといって!中村の…夕海さんの気持ちを差し置いて!本人抜きでそんな大事なこと俺に伝えていいんですか?!そんなの…自分勝手すぎる…親だからって…許されるものじゃない!」


 持っていきようのない憤りを隠さずに伝える。しかし、そんな雄太の爆発を夕海の父は冷静に受け止めて答えた。


「私だって…迷ったさ。あの子が自分で君に……伝えるのが一番なのは承知している。しかし、あの子に残された時間は少ないんだ……残される君にあの子が言うと思うかい?」


 先に逝く者が残される者に…それがある意味残酷で重いことであることは雄太も理解できた。


「ひょっとしたら…あの子は君に自分の気持ちを言うかもしれないし…言わないかもしれない。これ以上は親である私にも分からない」


 頭では分かる。分かるけれども…だからといって…


「君にお願いしたいのは…残り少ないあの子の…支えになってほしい。『いつも通り』あの子に接してほしい。すごく酷なことは承知の上だが…頼む!」


 夕海父は雄太に頭を下げた。雄太は何も答えることができなかった。その後夕海父は立ち去っていった。


 自分たち夫婦が大事に育てた娘が病魔に蝕まれてその命が尽きるのを待つ。何と辛いことだろう。生まれてきてからまだ17年程度なのに。

 言葉に出さなかったが、そんな感情がひしひしと伝わってきた。きっと夫婦二人ではその気持ちを抑えきれなかったのだろう。

 娘の思い人ではあるが、赤の他人である雄太を巻き込んでしまったことに、ひょっとしたら今頃、自責の念に苛まれてしまっているかもしれない。


 しかし雄太は夕海の現状を、夕海の気持ちを本人の口からではない形で知ってしまった。

 雄太も病室の夕海と顔を合わせることなく、そのまま帰宅の途についた。




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 雄太はベッドの上で仰向けになり考える。

 どうやって今後、夕海に顔を合わせればいいのか。

 夕海の父親は『いつも通り接して欲しい』と言われたが 、辛い真実を知った今、夕海の顔を見て…


 -俺は話せるのか?

 -俺は笑えるのか?

 -俺は泣いてしまうんじゃないか?

 

 『もう学校に行くことも叶わない』と言われた。学校に来られないってことは…文化祭当日はおろか、準備も楽しむことができないのではないか。

 あの日、文化祭の準備中だった教室を見ているのが楽しそうだった夕海。それを思い出すとやるせない気持ちで溢れてしまった。


 もう泣いてしまいそうだった。何て無力なんだろう。初恋は実らないというが、こんな結末は酷すぎやしないか。どうすることもできない自分が歯がゆかった。


 気付くと自分の頬が濡れていた。

 こらえ切れず、枕に顔を埋めた。


 数分だろうか、それとも数時間だろうか。時間がどれくらい経ったか分からないが、少し頭がすっきりしたようだった。

 考えを改めよう。終幕への砂時計は落ち始めている。砂が落ち切る前にできることを考えるんだ。


 俺に…俺が彼女にできることはないだろうか…

 雄太は自問した。


 -学校にいる雰囲気を味わってほしい…

 -一緒に準備をしている空気を感じてほしい…

 -今だけは楽しい思いを感じてほしい…


 電話で話すことで雰囲気は味わうことはできるかもしれない。しかし実際に見て楽しんでほしい。

 文化祭当日はもちろん、準備期間も…


 考え考え抜き、ふと横を見ると、自分のスマホがあった。

 頭の中に閃光が走った。


「…っ!!これだっ!これならっ!」

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