Side Story 〈Shizuru〉 episodeⅥ

 オフ会の予定を決めた翌日は、オフ会に着ていく服を選びに行ったりと普段じゃしないことをした。

 ファッションの話を店員さんとしたのは、緊張した。でも、頑張った。

 くもんともぶがどんな人かはわかんないけど、一応あたしだって女だし、見られるってことは意識するからね。

 

 ううん、嘘。ほんとはくもんに会うのが楽しみだったから。

 不安も大きいけれど、くもんの中の人がどんな人なのか、気になるから。


 年齢も職業も知らないけど、あたしと同じくらいのログイン率なんだからきっと一人暮らしなんじゃないかなって想像はできる。

 もしかしたらすごいおじさんかもしれないけど、それはそれでいい。


 ゲーム内のくもんはすごい紳士で優しいから、どんな人か知れるだけであたしは満足なのだ。

 そりゃ、リアルも素敵な人だったらいいなとか、思っちゃうけどさ。


 でもくもんが素敵な人だとしても、あたしとどうこうなるわけじゃないし。

 たまに冷静になると、何浮かれてんだろってむなしくなっちゃうね。


 それでも、あたしはちゃんと準備して、その日を迎えようとした。



 

 そして。




 その日は当たり前のように、すぐやってきた。




 12月30日、17時10分。

 昨日LA内で連絡し合って、オフ会の場所は秋葉原になった。

 あたしからすると秋葉原は総武線で1本だから、けっこうありがたいかな。


 年末で休みの人が多いからか、秋葉原も人が多かった。

 街が街だけに、その空気感はちょっと独特だけど。


 ちなみに待ち合わせ時間は17時30分だから、20分も早く来ている。

 早くみんなに会いたいからとかじゃなく、家にいると段々不安になって外に出れなくなりそうだったから、無理やりに早く家を出たのだ。


 駅のトイレで自分の見た目を確認。


 ベージュのニットの上にカーキのボアブルゾンを合わせて、下はレオパード柄のスカート。いつも家ではパーカーにスウェットとかしか着ていないあたしからすると、ほんとこんな恰好していいのかとする。

 お店の人に選んでもらったコーディネートだから大丈夫だと信じたい。

 化粧したのもコンタクトをつけたのも久々だし、というかやっぱりスカートは落ち着かないよ……!


 でも、え、何こいつとも思われたくないし……セシルには素のステータスが天と地だから及ぶわけもないんだけど、あたしにも一応、女としてのプライドがある。


 ああ、でもやばい。心臓が……!


 時計を見て待ち合わせ時間が近づけば近づくほど、不安が募ってくる。


 待ち合わせ場所であるヨコバシAkibaのPCゲームコーナーへ行く足が、進まない。


 そんな状態で不安な気持ちでスマホを覗くとSNSに通知がきていた。


『着きました』

 

 あ、もう来てくれたんだ……。


 そのメッセージの送り主に、自分の顔が熱くなる。

 まだ15分前だっていうのに、彼がもう来てくれたのが嬉しい。


 きっとこのメッセージはあたしともぶに送ってるんだろうけど、Talkとかの通話やメッセージアプリと違ってグループに送信したりできないから、今は送られてきたメッセージに返信。


『どんな格好してるのーーーー?』

『白のニットに紺のコート着てるよ』

『もぶはちょっと買い物してるから遅れるって』


 あたしのメッセージにすぐに返ってくる返信。

 もぶが遅刻するとか、ちょっと嬉しいとか、思わないようにしたいけど、思ってしまう。


 待ち合わせ場所まで行く足が速くなる。


 そうかと思えば、急に会うことが恥ずかしくなり、ちゃんと喋れるか不安になり、足が進まなくなる。


 きっとはたから見たら変な奴だったろうな。


 一人勝手に浮き沈みしてるあたし。


 でも、足は止めないなら、いつかは必ずついてしまう。


 目的のPCゲームコーナーに到着すると、そこには何人かのお客さんがいた。

 みんなお一人様みたい。


 そこにいたのは、中年のおじさんと、背が高いけっこうかっこよさげな眼鏡の人と、地味だけど優しそうな顔立ちの人。


 このうち一人だけ、商品を見るでもなく手元のスマホに目を落としている人がいた。

 その人の恰好は、さっき送られてきたメッセージに書いていた色のコートを着ている。


 きっと彼がくもんなんだろう。


 やばい、ドキドキが止まらないんですけど……!


 5メートルほどの距離を置いて、あたしはそこから動けなくなる。


 やばい、どうしよう……!!


 そんな状態のあたしに、おそらくあたしの待ち合わせ相手が気づき、何故かこちらへ近づいてくる。


 え、嘘、なんで!?

 〈Jack〉は男キャラなんだから、あたしのこと女だって思ってないはずじゃ!?


 人生最大級の鼓動を感じながら、あたしは硬直したまま、近づいてくる人を見ることしかできないのだった。

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