第2話 野蛮系聖女候補爆誕【後編】


 がたん、ごとん。


 翌日には王都。

 やはりとんでもなくでかい町だ。

 おれの住む村何個分だろうか。

 大通りを通って、さらに坂道を登る。

 城の裏手にある巨大な神殿……これが聖地『オルバラ大神殿』というやつらしい。

 馬車が停まると男女の神官が先に降り、時間がないからとおれを神殿の中にある湖のような場所へと連れて行く。

 そこにいた女神官たちにボロ布を縫い合わせた服をひん剥かれ、白い布を巻かれて湖に入るようせっつかれる。

 これが身を清めるというやつらしい。

 いやいや、しかしそれにしたっておいおい、絶対冷たいだろこれ。


「お早く」

「くっ」


 長い馬車旅だったんだ、少しくらい休ませてくれりゃあいいのに……。

 そう愚痴の一つも言いたくなるが、早く帰りたい気持ちもある。

 きっと向こうもさっさとおれに帰って欲しいんだろう。

 現にボロ布の服は捨てられて、「こちらの服を着てお帰りください。お土産です」と布の袋に入った下着や服が用意された。

 手際がよすぎて引くっつーの。

 溜息を吐き、帰りはまたあの馬車を貸してくれるのかと問うと女の神官どもは手を差し出して「まずは身をお清めください」の一点張り……。

 ああ、こりゃあ乗り継ぎ馬車を雇えという事だな。

 その金はもらえるんだろうな?

 その辺りを改めて聞くと、とてもしぶしぶ「交通費はお出しします」と頷いた。

 だから入れ、らしい。


「ちっ。まあ、交通費と宿代が出るなら……」

「はい、宿代もお出ししますので。ですからお早く」

「わあったっつーの」


 それにしても神殿の中に湖……いや、大きさ的に沼? ……なんにしても風呂じゃなくてガチの沼があるのがなんとも不思議だ。

 透明な水は見るからに冷たそう。

 成人男が縦に三人くらいの広さ。

 中央にぷくぷく水が沸いている。


「お早く」

「…………」


 またも促されてもはや溜息しか出ねぇ。

 仕方ない、水浴びはよくやる。

 そっと足先をつけ、その冷たさときたら! 全身にシビビビビビ……と震えが走った。


「くうっ」


 いやいや、さっさと帰ろ。

 交通費に宿代をもらって、王都でゆっくり一泊してから、観光を少しして……田舎のあの村に帰ろう。

 冷たさに耐えながら肩まで浸かり、三秒耐えて立ち上がる。

 それだけで体がガタガタ震えた。

 あ、あの数秒で体温全部持ってかれたみてえだぜ!


「ううううううううっ」

「では、そのままこちらへ」

「えっ! せ、せめて着替え……」

「なりません。そのままそこの階段を上り、精霊騎士の召喚に挑んでください。あとが詰まりますのでお早く」

「ぐうっ……」


 鬼なのか?

 しかし、振り返ると金髪の女が同じように体に白い布を巻かれてたっているのが見えた。

 なんつーか、流れ作業のように『予選選抜』が行われてるんだろうな。

 ちっ、そんじゃあ仕方ねぇ。

 沼を囲うようにあった片階段を、腕をさすりながら登る。

 上には数人の神官がおり、みんな白い神官服を着て突っ立っていた。

 神官はみんな顔に布をかけており、顔も表情も分からない。

 とりあえずキモいわ。

 体に巻いている白い布は濡れて透けている。

 見るからに男の神官の方が数が多いので、腹が立つというかさすがに恥ずかしいんだが……。


「お早く」

「わ、分かってるっつーの!」


 後ろからついてきた女神官にしつこくせっつかれ、真ん中にある石の前までくる。

 そこはとても広い場所。

 柱が何本も囲うように建ち、柱の側に男の神官が立っている感じだ。

 中央の台座に載る水晶……多分これに触れって事だろう。


「触ればいいんだよな?」

「はい。お早く」


 マジうっせー!

 片手で一応胸を隠し、もう片手で触れてみる。

 どうせ精霊騎士なんか来ない。

 これで帰れる。

 そう、ほう、と安堵の溜息を吐いた。


 瞬間だった──。


「!?」

「おお!?」

「こ、これは!」


 水晶が虹色に光る。

 手が、水晶に貼りついたみたいに動かねぇ!

 周囲の『力』が引きずられるようにグルグル回る。

 神官たちがざわめく。

 なにが起きてる?

 虹色だ、とにかく。

 白くて、赤く、青く、緑と、黄色、そして──。



「…………」



 手が離れる。

 よろめいて、一歩、二歩、三歩……後ろへ下がった。

 そんな俺の肩を温かく、大きな両手が……支える。

 そして、すぐに離れたその手はおれに……漆黒の布をかけた。


「そのような薄着ではお風邪を召されます。我があるじよ」


 低い男の声。

 怖くて振り返れない。

 体が震える。

 これは……寒さによる震えじゃ、ねぇな?


「あ、あ……あるじ? お、おれが?」

「はい」


 がしゃん、と重苦しい金属音。

 ああ、もう、衝動的に振り返っちまった。

 漆黒の髪、漆黒の鎧……だが、影がない。


「召喚に応じ、参上致しました。私は『闇』の精霊騎士、ノワールと申します。なんなりとご命令を……主」

「…………」


 全身黒。真っ黒だ。

 そして、顔を上げたそいつは漆黒の仮面もつけていた。

 なんだなんだ、神殿って場所は顔を隠す習慣でもあんのか?


「召喚した、だと……精霊騎士を……!」

「あんな田舎娘が?」

「しかし、間違いなく精霊騎士だ……」

「信じられん! ……い、いや……召喚したならば、その娘は候補だ! 部屋へ案内しろ! 二十人目が現れた……すぐに次の試験を開始する!」

「し、下で待つ者はいかがしましょう?」

「今回ダメならまた次の試験が行われるやもしれん。引き続き清めて召喚の儀を行わせろ」

「は、はい」


 …………周りが慌ただしく動き出す。

 だが、おれはそいつの目を見て……その吸い込まれそうな漆黒に、魅入ってしまった。


「………………マジで?」

「はい」


 男勝りで嫁の貰い手がないおれが……聖女候補になっただと?

 こいつぁどんな冗談だ?

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