第13話 嵐の後に

 目を覚ますと、俺はベッドの上で横になっていた。

「目を覚ましたのね」

 声のした方へ顔を向けると、ロキアが椅子に座りながら、片肘を机にもたれさせていた。

「……何があったんだ?」

「さあ、私も意識を失ってたから。でも、目を覚ましたら靄は止まっていたわ」

「タイニーは?」

「……わからない。巫女様も探し回っているけど、まだ見つからないわ」

 ロキアの言葉を聞き終わるや否や、俺はベッドから跳ね起き、部屋の外に飛び出した。

「タイニー!! おい、どこ行った!? タイニー!! いるなら返事しろ!!」

 とにかく、森の中を、俺の知る場所全てを駆け回り、喉が枯れるほど大声でタイニーの名を叫んだ。

「ユキヒロ!!」

 探し回っている途中、サクラと会った。サクラの服は至る所が汚れていて、頬には枝にでも引っかかったのか、切り傷があった。

「サクラ! タイニーは? 見つかったか?」

「いえ、まだ……」

 サクラは悔しそうに歯を食いしばって視線を伏せた。

「そうか……」

 俺はサクラの肩についた土汚れを払ってやる。

「とりあえず、続きは俺が探すから。サクラはいったん家に戻ってロキアに傷を手当てしてもらえ。いいな?」

「……ユキヒロ。タイニーは、きっと」

「……わかってる。それでも、探さないわけにはいかない」

 サクラは泣き出すのをこらえるような表情で俺を見る。

「……わかりました、でも、暗くなる前には戻ってきてくださいね」

そう言って、サクラはとぼとぼと一人、家へと戻っていった。



結局、タイニーは見つからなかった。

 呪いは解けたのに、俺たちを包む空気はどんよりと重かった。

「サクラ、タイニーの正体は知ってたのか?」

 俺が尋ねると、サクラはこくんと肯いた。

「タイニーはもともとティタニアルという名前で、八体の厄災の一体でした。他の厄災が世界を荒らしまわる中、ティタニアルだけが唯一厄災を狩る厄災として人の側に立ってくれたんです」

それから、ティタニアルはタイニーという名前を与えられ、当時の仲間たちと共に他の厄災を滅ぼした。

「全てが終わった後、タイニーは私のもとに戻ってきて、小さな精霊の一体として過ごしていました。隣人として、私に寄り添ってくれました」

 タイニーの姿が脳裏に浮かぶ。あの、小生意気な猫の姿の妖精は、俺に言っていたような軽口をサクラにも言いながら、長い間ずっと彼女を見守り続けてきたのだろう。

「私、どうしたらよかったんでしょう」

「巫女様……」

「石碑の下にあんなものがあることなんて、知りませんでした」

 あの時溢れてきたあの暗い靄、魔法のことをよく知らない俺にすら、あれがただならぬものであることは理解できた。

「私の責任です。私が、あんなものがあることを知らなかったから、タイニーが犠牲になってしまった。私はやはり、外の世界なんて、望んではいけなかった……」

 サクラは、ぎゅっと手を握りしめ、唇を噛みしめる。

「そんなことない」

 それまで黙っていたロキアが静かに、でも力強く否定する。

「ロキア……?」

「そんなことない。巫女様の想いは何も間違ってなんてない! 巫女様は、ただ『外に出たい』っていう、普通のことを願っていただけなんだ! そんな些細な願いすら間違ってるなんて言うなら、世の中の望み全てが間違ってる!」

 ロキアは立ち上がり、叫ぶ。

「巫女様は外に出てもいいんです! 納得なんてしないでください! お願いだから、巫女様ぁ……」

 ロキアは泣いていた。誰よりも優しい彼女が、涙ながらにサクラに訴えかけていた。

「サクラ」

 そっと、サクラに呼びかける。

「……タイニーは、最後に『よい旅を』って言っていた。タイニーが俺たちに、サクラに望んでいるのは、ここで罪悪感に苛まれて一生を送ることなんかなじゃいんじゃないかな」

 サクラは押し黙ったままだ。葛藤があるのだろう。自分が自由になることが罪だと思っているのかもしれない。でもそれは間違いだ。タイニーの想いに沿わないことが罪だというのなら、ここで立ち止まることそのものが罪だ。

 サクラは俺とロキアの顔を交互に見て、それから絞り出すように口を開いた。

「……私、外に出てもいいんですか?」

「いい!」

「いいに決まってます!」

俺とロキアが、声をそろえて肯定する。

「……ありがとう。ロキア、ユキヒロ」

 サクラの瞳から涙が溢れる。そんなサクラを、同じように目を腫らしたロキアが、まるで子供をあやすように優しく抱きしめた。

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