劇場を探索せよ(3)


「何もない?」

 笠原は目を丸くして応答した。車内の向かいの席にいる高見の顔を見ると、似たような顔に訝し気な表情を張り付けてこちらを見ている。そんなはずはない。高見とあのオートマタを調べたとき、その機体の信号は明らかにこの劇場を示していた。もちろん罠の可能性も見越して調査に来ている。機体の信号が発信されていたということは、あれがここで製造されたものか、ここに度々訪れていたかのどちらかに絞り込まれるのだが。図面を見たところ、製造によく使われる地下室の設計も見当たらない。無論、設計図がカモフラージュである可能性もゼロではない。


 湊に話を聞くと、破壊された後のオートマタが数体転がっていただけのようだ。しかしウェティブの罠だとしても、何もないなどありえない。笠原はラップトップに向き直り、過去の調査データと調べた残骸のデータを見比べた。何か見落としがあるのかもしれない。自分の知っていること、調べたことに穴があったのかもしれない…。


 そういえば、エントランス近くの地面が陥没していた。自然にできた物には見えなかった。高見がロープガンを引っ張り出している。ファイルをスクロールしながら、笠原は手を止めた。黒澤たちが救難を出してきた時、湊たちが向かった現場にいた中型の機械のデータが目にとまる。それはムササビのように四肢を広げて飛びかかってきた。違法オートマタが、ヒト型、小型だけに留まらない改良をされてきているとすれば、この劇場が放置機体の巣であるとすれば。ここにウェティブがでてこないとすれば。笠原工業の新種機体データ取得のために、ウェティブがわざとここの信号を残したとすれば。笠原は通信をONにする。


「伊野田! 人型のオートマタに拘るな。それだけ探して出てこないってことは、探してるものの形も俺たちが考えているものと別物かもしれない。なにか変わった様子はなかったか」

 笠原がまくしたてる声が通信機から響くのに思わず彼は顔をしかめる。

「変わった様子って言ってもな。舞台の床がデコボコになってるくらいで…」

それを言い終える前に、湊の表情は固まっていた。客席からそれが見えたのか、黒澤が通信を介して湊に呼び掛ける。

「どうした」

「……」


 だがすぐに反応は帰ってこず、明らかに様子が変わった湊の方へ黒澤が駆け寄ろうとすると、足元が震えた。自分だけがめまいを起こしたのかと錯覚し、あたりを見回しながら黒澤は座席の背もたれに手をついた。自分ではない。劇場が、振動している。舞台袖からだろう。積みあがっていた機材が転がり落ちるような音が聞こえてきた。だが自分の体は無意識に、左手のスリンガーを引いていた。照準は舞台の中央より下手。湊の立っている位置。湊はポールを両手で構えて、舞台を睨んでいた。黒澤が電磁グレネードを放つと同時に、舞台上にいた湊の体が後方に跳ねとばされた。言葉にならない悲鳴を上げたのは黒澤自身で、それに驚きつつ、客席へ身を翻した湊に駆け寄ろうとするがそれをこらえて、ボウガンを構える。


「どうした」 

 笠原の声だ。だが反応する余裕が自分にないことがわかり、黒澤は思考を回転させる。効果を及ぼしているはずのグレネードは、さながら舞台演出効果のようにじりじりと光を放っている。しかしそこに突如姿を現したそれはさほど動作を鈍らせることもなく、鈍重に見える機体を見た目通りの重さを感じさせて左右に揺らしながら舞台上に這い出ようとしていた。

 両ヒレのように見える装置は掘削機だろうか。それとは別に、機体の上部に括りつけられた2つの青い電球型の部品が、うごめきながらもこちらを捉えたのがわかった。どうやらあれが目らしい。黒澤は舌打ちしながら、ボウガンをそれ目掛けて放った。そいつは機体を傾け、ヒレのような部分でボウガンを受け止める。刺さりはしたが、亀裂が入ったような様子は見受けられない。硬くはないが衝撃を吸収しやすい素材なのだろう。続けざまに矢を放とうとしたが、不意に名前を叫ばれて黒澤は思わず構えていたボウガンを下ろした。


 座席列から足早に通路へ駆ける。まだ数秒の猶予はある。湊が特に負傷した様子もなく、客席の階段を駆け上がって来たので、黒澤はすぐにスリンガーに切り替え、スモークグレネードを機体に向けて放った。その軌道を目で追うと、機体の胴体に何かが突き刺さっているのが見える。それが湊の持っていたポールだと認識するころには一瞬で煙があがり、こちらへの視界が遮られる。上へ。湊はそう言い放ちながら黒澤に合図をし真っ先にホールから飛び出した。湊は端末に落とした図面からナビを起動し、裏口に回り込んだ階段を駆け上がった先の調光室に素早く転がり込む。窓から慎重に顔を覗かせ舞台を見下ろすと、薄れかけたスモークの中で機体を引きずるように這い回る物体がそこにいた。


「なんだありゃ」

 目を丸くしながらぼやく黒澤の声を聞きつつ、湊は腰のナイフの柄に触れた。動悸。動悸、動悸。瞬発力はあるが、勢いだけで素早くは無い。とっさの判断で巨体の一撃は免れたが、ポールを突き刺してもほとんど感触が無かった。水を入れた水槽に手を突っ込んだ感覚に近い。衝撃は弱く、底がない。

「通常装備じゃ相手できない」

「別の手を考えるしか無いな」

「おれたちを探してる。今退いたら追ってくるぞ。スモークが晴れる前に対策を考えないと。あのデカブツを劇場の外にやるわけにはいかないからな」

 湊がそう告げると黒澤は頷き、ボウガンに弓を装填した。遭遇したことのない脅威を前に、額から汗がつたうのを感じて、彼は息を飲んでそれを睨んだ。なるほどこれが琴平からの依頼か。一筋縄ではいかないようだ。

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