違法オートマタをできるだけ破壊しろ(1)

 今飛び出ると危ない予感が背後にひしめくのを勘違いとは考えられず、高見佳奈はラクガキだらけの廃墟の影に座り込んでいた。穴の空いた壁を通り抜けた場所で、ちょうどよく空洞になっている。天井にいつくも穴が空いていて、よく倒壊しないなと思いつつ汗が額を伝う。


 足元は砕けたコンクリートや鉄筋が転がっていて、気をつけないと怪我をしそうだ。背負っているデイパックの肩ひもをかたく握りしめて数秒。霧雨が瓦礫の隙間から降ってくる以外は、自分に影響を与えるものは今の所はなく、緊張を落ち着かせた彼女は、思い出したように一度背から荷物を下ろした。


 物音を立てないように慎重に自分の隣に置くと、さきほど回収した廃材を確認する。状態は変わっていない。そして荷物の中からロープの束を取り出し、持っていた本体に装填させた。一発打つごとに銃身に取り付ける必要があるため、連射可能なものに改良したいなと思いつつ。これはロープの両端に重りがついたものを弾き飛ばす簡単な武器で、言ってしまえば割り箸ピストルの5次進化版と自分では位置付けているのだが、ただのロープではないし、拳銃のような破裂音もしない。どんな対象にも使うことができ、無闇に傷つけない。特許を取って販売したいくらい自画自賛している武器だ。


 今も走りながら、背後から飛びかかってきたオートマタに向けて打ち込んだところ、重りの遠心力のおかげで勢いよく回転しながら飛び出したロープは、そいつの腕と胴体に絡みつき、もがきながら失速させた。秒数を稼ぐことが出来、ここまで走って来られた。初めて使う割に上出来だと自分を褒めちぎることで、ひとまず落ち着こうと身を潜めてあたりを伺う。

 

 数十メートル先か、目立つ破裂音が聞こえてくる。恐らく黒澤当麻だろう。わざと音をたて陽動することで、高見のほうへ向かって行ったオートマタを引き寄せようとしているのだ。おかげで、こちらにはさっきの一体しか向かって来なかったようだ。しかし心配なのは日が暮れてきたことだ。明かりをつければ目立ってしまう。つけなければ、単純に、怖さが増幅される。心臓をきゅうっと掴まれるような心地で彼女はロープガンを握りしめた。


 右腕につけたリスト型端末が、メッセージの受信を伝えた。指先を翻すとそれは黒澤からの通信で、「救難を飛ばした、身を潜めろ」という内容だった。いままさにその状態を返信しようとした時、ちょうど後方、自分が駆けてきた方から鈍い破裂音が聞こえた。そのわずかな振動に瓦礫が音をたてる。


 違法オートマタが接近してきたのか、いよいよ高見は両手でロープガンを構えた。自分の居る場所から想定すると、それが襲ってくるとしても自分が入ってきた場所からしか来れない。つまり自分の狙いは外れる確率は低いが、失敗すれば逃げ場はない。自分の耳から小雨の音が消えていく。呼吸を忘れて、張り詰めた一本の綱の上を進むのを見計らっているような時間が淡々と流れた。


秒。


 左瞼が痙攣する。杞憂だったのか、なにも現れない。


 他の違法オートマタは黒澤のほうへ行ってくれたらしい。細い息を吐き出してロープガンを下ろした時だった。


 突然、二つの塊が音を立てながら瓦礫を滑り落ちてきた。脆かった壁が崩れたのだろう。悲鳴をあげたのか自分でも全くわからず、後ずさりしながら夢中でロープガンの引き金を引いた。勢いよく飛び出したそれは、二つの塊のうちひとつへ向かって行ったが、驚きの声をあげたそれは、身を翻してロープを免れた。バランスを崩して倒れこみそうになるが、肘で体を受け止め、反動で背中から転がり勢いで起き上がる。その軌跡を追うようにもうひとつの塊が、男の居た場所へ腕にみえる何かを振り落とす。地面を揺らして砕けた破片が散った。


 それを目の当たりにしながら、腰が抜けていることに気づかなかった高見は、はっと我に帰る。

(驚いてたってことは、あっちは人間? 救難拾ってくれた人…?)

それならばと高見はデイパックを引き寄せ、別の柱の陰に身を潜めた。素早くロープを装填し直し、ゆっくり様子を伺うころには全く静かになっていた。


「あれ?」思わず間抜けな声を上げる。柱から体を這い出してみると、破損して煙を上げているオートマタが転がっていた。よく見ると、さきほど逃げていた時に自分が打ったロープが絡まっていた。


「平気か?」

 突然真横から声をかけられて、高見は肩を跳ね上がらせて驚きを飲み込んだ。いつのまにか横に立っていた男は、鋭い目つきでナイフを腰のカバーに戻し、端末からモニタを展開させてどこかと通信をしている。

「ええと、助かりました。ありがとうございます」

「もう一人は?」自分に言われたわけではない。高見は反応を待つあいだ、転がったロープガンを拾った。


「それ、あんたが作ったの?」

「え?」突然話しかけられて、頷く。ふと、男の右腕が義手ということに今更気づく。見たところ動きやすくはなさそうだったが、これであの違法オートマタを破壊したのかと思うと少々信じがたく、彼女は横目で破壊されたそれを一瞥する。

「あ、そうです。ありがとうございます」

「すごいな。追われてた上に応戦して。すごいよ。狙いも最高によかった」

 

 皮肉を言われて高見は苦笑いしてしまうが、すぐに黒澤のことを思い出した。向かわなければ。それを察したのか男が口を開く。

「もう一人の様子も見てくるから、あなたはここから動かないで」そう言いながら、自身のポーチから取り出した筒状の装備を地面に突き刺した。指定の範囲にテント状のホログラムが展開される。

「この枠の中にいること。いいね」

「…金持ちの装備だ…」

「え?」高見のぼやきを聞き取れなかったのか、鋭かった瞳をガラス玉のようにを丸くさせ。男は身をかがめる。

「なんでもないです。すぐもう一人に連絡します」


 男は一瞬だけ口元を緩めた。たぶん笑ったのだろうが、こんな状況なので穏やかではなかった。頷きながらも、手のひらで「そこにいろよ」とサインをだして足早に駆けていく後ろ姿を眺めながら、高見はホログラム内に座り込んだ。波打つ視界を覆う膜に指先で触れると、波紋が広がった。

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