第42話 宣戦布告

「おいおい、聞いたかよアルフレートの坊や」




 甲高い少女の声が、荘厳な王城の廊下に響き渡る。




 史上最強の騎士アルフレートは、声の主を把握してニッコリと微笑みながら振り返った。




「おはようございますセシリア様。こんな時間から起きていらっしゃるなんて珍しい事もあるものですね」




 笑顔でチクリと毒を吐くアルフレートに、宮廷魔術師 ”不老” のセシリアは、その端正な顔をニヤニヤと意地悪く歪めながら返答をする。




「騎士の中の騎士と呼ばれる子が、レディに向かってそんな事言っちゃいけないよ? それにアタシは夜型なんだ。毎日こんな朝っぱらから起きてらんないよ」




 そう言って、気軽な様子でアルフレートの背中をぽんぽんと叩く。




 王国騎士長であるアルフレートに対して、こんなフレンドリーな態度を取る人物は、王国広しといえどもセシリアしかいないだろう。




 そしてアルフレート自身も、セシリアの功績と確かな実力を知っているが故に、この態度に対しては特に思うところは無い。何せ相手はそれだけの実績のある人物なのだから。




「失礼致しました・・・それで? ”聞いた” とは何のお話でしょうか?」




「ほうほう、坊やはまだ知らないのか・・・・・・まあ、そのうち王様に呼び出されると思うけど、先に聞いておくかい?」




 王に呼び出される・・・・・・穏やかでは無い。きっとろくでもない話ではあるだろうが・・・・・・アルフレートはソッとため息をついた。どんな話であれ、自分が王国騎士長という地位についている以上、避けては通れないのだろうから。




「・・・私より先にセシリア様が知っている事実は不可解ですが、何でしょうか? ご教授下さるのなら、是非教えていただきたいですね」




「ふふふ、この城内で起こっている出来事で、このアタシに隠し事をするなんて不可能なのさ。よろしい! そんなに知りたいのなら、このセシリア・ガーネット様が教えてやろう」




 フンとエラそうに踏ん反りがえるセシリア。しかし、その少女のような容姿では威厳も何も無いのだが。




 セシリアは、長身のアルフレートの肩を掴むと、自分の目線の高さになるようにグイッと引き寄せた。




 しゃがみ込んだアルフレートの耳元に、セシリアは可愛らしい桜色の唇を寄せ、そっとその事実を伝える。




「”いよいよグランツ帝国との戦争だよ” とっても楽しみだ。ねえ、坊や?」




















 早足で立ち去る最強の騎士の後ろ姿を見送って、セシリアは小さくため息をついた。




 あの真面目な騎士長様は、きっとこれからやってくる全体未聞の大戦に向けて、色々と準備を行うのだろう。




 個人的には、大将であるアルフレートは大物らしく後ろでデンと構えていれば良いと思うのだが・・・彼の性格上、何も動かないという事が性に合わないらしい。




 損なことだ。




 そして、とても不憫な子だ。




 フスティシア王国に、騎士の国になんて生まれてしまったせいで、その類い希な能力も、高潔な精神も、その全てを ”騎士道” なんて形の無い偶像に捧げることになってしまっている・・・。




「・・・・・・ま、アタシも人のことは言えない・・・かな」




 ポツリと呟く。




 セシリアは自分の右手に視線を降ろした。




 傷一つ・・・それどころかシワ一つ、シミ一つすらない透けるような白い肌。気が遠くなるほどの永きに渡って、セシリアが研究してきた魔法の到達点・・・・・・。




 ニヤリとニヒルな笑みを浮かべる。




「・・・醜いな。アタシはこんなものを得るために生涯を魔術に捧げてきたのか」




 そして前に向き直ったその顔には、一切の表情というものが浮かんでいなかった。美しい少女の外見も相まって、何か人間離れした・・・人形のようにすら見える。




「帝国・・・か。ロイ坊と合うのは10年ぶりくらいかね?」




 帝国の宮廷魔術師、ロイ・グラベル。彼は昔、その魔術のいろはをセシリアから教わっていた。ロイ・グラベルは、セシリアの一番弟子であったのだ。






(ロイ坊、お前は確かに ”魔法” という概念そのものを超えると・・・新たに自分が作り替えるとそう言ったね? 楽しみだよ、そんな大口を叩いたお前が、どれだけの力を身に付けているのか見定めてやろうじゃないか)






 ソッと舌なめずりをしたその姿は、獲物を前にした大蛇のように不気味な迫力を持っていた。












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