第32話 女帝の策略

 案内されたのは白を基調とした、シンプルな調度品で飾られた小部屋。それはよく見れば質の良いものだとわかるが、王城の一室というには些か装飾が質素過ぎるような気もした。




 パウルは二人をこの部屋に案内すると、少し待つように指示して退室してしまった。アリシアは物珍しげに部屋を見回す。




「私は王国から出たのはこれが初めてですので、故郷以外の城内を見るのはこれが初めてなのですが・・・」




 なんと言ったものかと言葉を詰まらせるアリシアに、ローズは同意するように短く頷いた。




「言いたいことはわかるよレディ。確かに質は良いようだが、王城の調度品というにはあまりにも質素過ぎる・・・少し病的と感じるほどにね」




 いくら王族が華美を嫌う人物であったとしても、王城を飾る調度品には相応の威厳というものが求められる。好む好まざるに関わらず、周辺貴族に舐められないための最低限の装飾というものがあるからだ。




「それほど現皇帝が力を持っている・・・という事でしょうか? 調度品をシンプルにしても周辺の貴族に馬鹿にされないような・・・圧倒的な」




 真剣な顔で考察をするアリシア。そんな彼女に、ローズが何か答えようとしたその時、背後から聞き慣れない女性の声が響いた。




「面白い考察じゃな、是非続きをきかせてくれんかぇ」




 声を掛けられるまで、部屋に誰かが侵入してきたことに気がつかなかった。その事実がローズを一瞬で臨戦態勢にさせた。




 素早く振り返ったローズは迅速の動きで腰のレイピアに手を伸ばし・・・。




「無礼者!! 陛下の御前であるぞ!!」




 いつの間にか至近距離にいた老兵が、ローズの首元に刃をあてて動きを制する。顔に深く刻まれたシワに、まばらに白くなった短髪が彼の年齢を感じさせるが、ローズを睨め付けるその双眸は、歴戦の兵士のソレであった。




「よい、刃を下げよレイ将軍。その無礼は妾が許そう」




 その言葉に、将軍と呼ばれた老兵は無言で刃を納めた。




 自由になったローズがそっと視線を上げると、そこにあったのは黒髪金目の妖艶な女の姿だった。




「血気盛んな配下が失礼したな客人。妾こそがグランツ帝国現皇帝、クラーラ・モーントシャイン・グランツである」




 クラーラ・モーントシャイン・グランツ。




 グランツ帝国の最高権力者、麗しき女帝の出現に二人は絶句する。先に動いたのはローズ、騎士として王国の政に関わってきた彼は、反射的にその場で膝をつく。それに続いてアリシアも慌ててそれにならった。




 傅く二人を見て、クラーラは少し愉快そうに目を細める。




「よい、二人とも面を上げよ」




 なおも頭を下げたままの二人を見て、女帝はニヤリとその唇をめくれ上がらせた。




「ふふ・・・古びた風習だな。良い、先代の皇帝ならばその姿勢は美徳とされただろうが・・・・・・生憎と妾は古くさいだけで何の役にも立たないものは大嫌いだ。面を上げよ二人とも、もう一度は言わんぞ?」




 女帝の言葉に静かに顔を上げる二人。緊張した面持ちの二人を見て、女帝は愉快そうに高笑いすると、小部屋に備え付けられた簡素な椅子に、しだれかかるようにして行儀悪く腰掛けた。




「陛下、お行儀が悪うございますぞ」




 クラーラのだらしのない姿に、隣で控えていた老兵、レイ・ヴァハフント将軍は、その眉間にしわを寄せてたしなめる。




「うるさいぞ将軍、お前は妾の爺やか?」




 面倒くさそうにそう言って将軍を黙らせる。クラーラはその姿勢のまま、未だに固まっている二人に話しかけた。




「さて、何であったか・・・・・・そうそう、先程アリシア嬢が面白い考察をしていたようじゃな? 申してみよ」




「・・・・・・城の調度品を質素にしても舐められないほど、貴族をコントロールできているのかと考えました」




「なるほど、そう考えるのは道理じゃの。だが答えは否だ。そも、この国の貴族制度は貴様らフスティシア王国とは根本から異なる」




 その答えというよりも、二人がフスティシア王国からやってきたという事がすでに知られていることに驚愕するローズ。




 確かに入国審査時にそれを伝えはした、調べようと思えば調べられはするだろう。




 問題はそのスピード。




 ローズたちがこの城にやってきたのは本当に偶然だ。そしてこの城にやってきてからまだ時はそんなにたっていない・・・。まるで入国時から二人の動向がずっと追われていたかのような、そんな感覚に陥る。




 そんなローズを見て、麗しき女帝はその顔に意地の悪い笑みを浮かべた。




「甘いな騎士ローズ・テンタツォーネ。この国に来たときからではない、それよりもずぅっと前からお前達の事はよく知っている」




 驚く二人を眺めて、女帝は愉快そうに大きく両手を広げた。まるで旧友との再開を喜ぶかのように。




「ようこそグランツ帝国へ。我々はお前達を歓迎する」










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