第18話 凶刃再び

 夜闇に煌めく二筋の剣線。




 熱く燃える炎の赤、それを怪しく反射する漆黒の刃の光。その剣筋は尋常な速さではなく、しかし互いに一太刀も体に触れた攻撃は無し。




 ただただ、金属同士が交差する硬質な音が響き渡る。




「凄まじいな、強き戦士よ。オレも数多くの戦士と戦って来たが・・・お前ほどの剣術とは初めて刃を交える」




 男の賞賛に、アルフレートは無言で聖剣を構え直した。その表情に先ほどまでの余裕は感じられない。




「強き戦士よ、お前の名を聞かせて欲しい」




「・・・アルフレート・ベルフェクト・ビルドゥ、貴様を殺す者だ。その魂に刻んでおけよ?”光ヲ喰ラウ者”」




 その言葉に、男は驚いたような様子を見せた。




「ほう? オレを知っていたか。しかしオレを知ってなおその強気な発言・・・ますます素晴らしいな」




 次の瞬間、男は予備動作無しでいきなりアルフレートに斬り付けた。




 そのスピードもだが、男には構えというものが無い。自然体な立ち姿から繰り出される剣撃は予想することがひどく困難だった。




 しかしアルフレートは卓越した体捌きでその一撃を回避すると聖剣で返しの一撃。喉元を狙ったそれを男もスウェーの要領で回避する。




「今の一撃をかわしたばかりか反撃まで。アルフレートよ、運がなかったな。そこまでの実力を持ちながら今夜オレに出会ってしまったのだから」




 男の言葉に呼応するように、漆黒の刃に闇色のオーラがまとわりつく。まるでソレは意思を持っているかのようにうねうねと動き、アルフレートを威嚇した。




「私が不運だって? とんでもない私はとても幸運だ。この戦力・・・確かに私でなければ対処は難しいだろう。わざわざ君の方から会いに来てくれるとは、探す手間が省けたよ」




 対抗するようにアルフレートも聖剣の出力を解放する。




 刃に纏った太陽の炎がさらに勢いを増し、その熱で場の温度が数度上がったように感じられた。




 そしてアルフレートは思い出す。




 宮廷魔術師のセシリアが教えてくれた。”光ヲ喰ラウ者”という名の怪物の伝承を・・・。























「いいかい坊や。”光ヲ喰ラウ者”なんだけど、コイツの正体は”呪われた剣”だ」




「・・・呪われた剣・・・ですか」




 セシリアの言葉に、アルフレートは困惑の声を上げた。




 いわゆる宝具と呼ばれる特別な武器の中には、”呪われた”と称される武器がいくつか存在する。




 有名どころで言うと、使用者の血を消費することで能力を発揮する”反逆者の剣”(レベリオン)や常時使用者にダメージを与え続ける”氷と炎の槍”(フロストバーン)などの伝承が残っている。




 それらはデメリットがある代わりに強力な代物が多く、その使い手ともなればやっかい極まりない。




 もしや”光ヲ喰ラウ者”とは、その呪われた剣を使用する者の総称を言うのだろうか。




「ふふ、坊やが何を考えているのかはわかるよ。だけどそれは違うと先に言っておく。”光ヲ喰ラウ者”は紛れもなく一振りの呪われた武器に与えられた名前だ」




 セシリアはアルフレートの反応を確かめるようにゆっくりと続けた。




「その剣の能力で分かっている物は使用者の身体能力向上、そして闇色のオーラを自在に操って攻撃する事ができるらしい」




「それで、その武器の呪いとは?」




 アルフレートの質問に、セシリアは眼鏡を外してぐりぐりと目をマッサージする。そして一呼吸おいてから答えを口にした。




「人格の乗っ取り。つまりこの剣を手にした瞬間、その人間は”光ヲ喰ラウ者”の奴隷と化するのさ」




「・・・意思を持った武器だと?」




 そんな武器の話など聞いたことがない。




「ああ馬鹿げてるだろ? そしてどうやら”光ヲ喰ラウ者”の目的は強者と刃を交える事、これに尽きるらしい」




「それは・・・戦闘狂ということですか?」




 セシリアは首を横に振る。




「んー多少はそれもあるかもしれないけど。大きな目的はもっと俗物的なものさ。自己強化、まあ言わばコイツに取っての食事かな。斬った人間が強ければ強いほど”光ヲ喰ラウ者”に帯びた呪いが強まるんだそうだ」




 その言葉を聞いたアルフレートは眉をひそめた。




「・・・呪いが強まるとは?」




「わからん! 所詮アタシの知識も資料頼みだからな。だがコイツが最後に確認されたのは百年ほど前らしいが・・・その時にはコイツによって千人以上の武芸者が斬り殺されたらしい」




「千人・・・やっかいな相手のようですね」




「ああ。坊やが簡単に動けない事は分かっている。だけどもしコイツが坊やの目の前に現れたら・・・その時は坊やの”史上最強”と称される力でこの剣をへし折ってくれると助かるよ」





















 交差する赤と黒、甲高い金属音が夜闇に響き渡る。




 男がバックステップで距離を取り、間合いの外から剣を一振り。刃にまとわりついた闇色のオーラが剣から放たれ、アルフレートへと襲い来る。




「”沈まぬ太陽の剣”(サント・ルス)」




 聖剣の真名を解放。




 聖剣から深紅の炎が激しく噴出、襲い来る闇を焼き払う。勢い衰えぬ聖なる炎はそのまま闇に隠れた男へと進む。




「・・・こりゃあ驚いた。凄まじい出力の聖剣もあったものだね」




 迫り来る炎を闇色のオーラで防御しつつ、男は驚いたような声を上げた。その顔は依然として闇に隠れて判別できない。




「今の出力を防ぐ・・・か。しょうがないね、あまり本気出しすぎると周りに影響が出るから好きじゃないんだけど・・・まあ、さっきの騒ぎで住人はみんな避難してるし、本当に良いタイミングで来てくれたね」




 アルフレートはそう言うと聖剣を握り直した。




「焼き払え!”沈まぬ太陽の剣”」




 その瞬間、周囲が灼熱の地獄へと変わる。




 剣を覆うなんてレベルではない。アルフレートを中心とした30メートル四辺の大地全てが聖剣の炎に覆われた。




「っつぅ!? 馬鹿な!? こんな威力の聖剣があってたまるか!?」




 かろうじて闇のオーラでの防御が間に合った男が驚愕の叫びを上げる。しかし、男のいる場所は未だアルフレートの射程範囲内・・・。




 不敵な笑みを浮かべたアルフレートが再び聖剣を振りかぶる。




「ち、ちくしょぉおお!!!」




 強大な炎の本流が男を飲み込み・・・。


























「騎士長! ご無事でしたか!」




 灰の焦土と化した城門前の広場が、戦いの激しさを物語っていた。そこに一人佇んだ騎士の中の騎士は深いため息をつき、駆け寄ってくる部下に手を上げて答える。




「やれやれ、どうやら逃げられたようだね」




 ”光ヲ喰ラウ者”はまたやってくるだろう。




 アルフレートは今一度気を引き締めるのであった。








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